第5章 大学生の神木くん

第72話 遊園地と髪


「ねぇ、今度のゴールデンウィーク、みんなでどっか行こうよ!」


 風呂上がり、飛鳥がリビングに顔を出すと、突然華に問いかけられた。


 4月も末にさしかかり、もうすぐゴールデンウィークがやってくる。


 ゴールデンウィークともなれば、誰しもどこかへ出掛けたくなるだろうが


「なに、いきなり。いつもは、そんなこと言わないだろ?」


 突然飛び出した華の提案に、飛鳥はめんどくさそうに返事すと、ソファーに座る華の隣に腰掛け、濡れた髪をタオルで乾かし始めた。


「どこか、行きたい所でもあるの?」


 すると、華を挟んで、飛鳥とは反対側に腰掛けていた蓮が、テレビを見ながら


「天気がよければ、ピクニック行きたい! お弁当持って!!」


「「はぁ!? ピクニック!?」」


 華の言葉に、両サイドにいた飛鳥と蓮が同時に声を上げた。


 夏休みや冬休みに「どっか行こー」とは言われるが、ゴールデンウィークに、お出かけの催促をされたことは、ここ数年ない。


 しかも、ピクニックなんて、かれこれ4~5年はいってない気がする。


「昔は、よく4人でいってたじゃん。レジャー費を節約するために!」


「節約して、なにが悪い。うちの家計は父さん一人で成り立ってるんだよ……だいたい、連休はどこも人が多いだろ。いきなり、何そんなお出かけモードになってんの?」


「だって、三人で出かけられるのも、あと数えるくらいしか出来ないかもしれないんだよ!!」


「はぁ?」


 何を言い出すんだ、この娘は?

 飛鳥が、眉を顰めると


「だって、みんなかもしれないから。だから一緒にいれるうちに!」


「…………」


 そう、先日のナンパ事件をきっかけに、華と蓮は、どうやら大人になることに前向きになり、しっかりと前に進み始めたようなのだが……


「高校の三年間なんて意外とあっという間だし! 恋人とかできたら、それこそ一緒の時間持てなくなるし、今は今で、いっぱい思い出つくって楽まなきゃ! それで、私もいつか大学にいったら、この家をでて一人暮らしでも始めてみようかな~と思って!」


(あれ……なんか、凄く心が痛い)

(華、お前いくらなんでも、進むの早すぎ)


 満面の笑みで未来について語る華に、飛鳥が心を痛め、蓮が突っ込む。


 先日まで、家族と離れたくないと泣いていたあの華が、今ではニコニコと家族と別れたあとの話をしている。


 もうこれは一歩どころではなく、200歩くらい進んでるのではないだろうか?


 こうと決めてしまえば、その後の切り替えが早いのは、さすが"女"とでもいうべきか、それに加え、片や進み始めたばかりの弟と、まだスタートラインにすらたっていない兄。


 もう、二人してを置いてきぼり状態で、まっしぐらに先へ先へと進む華に、蓮と飛鳥は言葉もでなかった。


「というわけで、行こうよ飛鳥兄ぃ!ピクニック!」


「ヤダ」


「えー!?」


「ゴールデンウィークとか、人が多い時期は出かけないって、我が家の暗黙のルールだろ?」


「もぅ、誰のせいでそうなってると思ってるの!? 飛鳥兄ぃのせいでしょ!?」


「分かってんなら、諦めろよ。俺、嫌だし、わざわざ人混みにいくの」


「オレも嫌だ。それに、兄貴と一緒に遊園地行った時のこと忘れたの? あれもゴールデンウィークだったじゃん。あの時、どんだけ大変だったと思ってんだよ!」


「あれは、飛鳥兄ぃが変装してなかったせいでしょ! 変装していけば、あそこまでならなかったよ」


「なんで、わざわざ変装しなきゃならないの? 俺、一般人なんだけど」


 とても懐かしい話なのだが、あれは飛鳥が高一で、双子が小学五年生の時、ゴールデンウィークに入り、隣町にある遊園地「ラビットランド」に出掛けたことがあった。


 本来なら、父も一緒に行くはずだったのだが、その日は急に仕事が入ってしまったため、飛鳥が保護者として、三人で出掛けることになったのだが、行ったはいいが、例のごとく目立ちまくる、この兄!


 一般人だというのに、なぜか飛鳥をみて「アイドルがお忍びで遊園地にきている」などという噂が他の客の間で勝手に広がり、いきなり声をかけられ、女の子に取り囲まれだしたかと思えば、考えたこともないサインをねだられ、写真を催促され、まさに、芸能人並みの扱いを受けたのだ!


 たまたま似ていたアイドルがいたのか?

 はたまた、飛鳥をみて一般人であるはずがないと思ったのかはわからないが、飛鳥がどんなに「一般人だ」と否定しても


「芸能人は、みんなそういうんです」


「ワタシにはわかります。だまされません!」


「嘘つかないでください。テレビで見たことあるんです!」


「大丈夫です。お忍びだってちゃんと、わかってますから。たまにしか羽目外せないんですし、楽しんでくださいね!」


 もちろん騙してないし、嘘もついてないし、テレビにも出てなければ、お忍びでもない。


 だが、人の勘違いも、尾ひれが付き束になると、こうも恐ろしい事態になる。そして双子はそれを、小五にして苦々しくも実感したのだ。


 しかも、話はそれで終わりではなく、なんとか女の子たちを巻き、三人がベンチでくつろいでいた時、遊園地のマスコットキャラクターである、愛くるしいウサギのラビリオくんが、なぜか三人めがけて、ものすごい勢いで追いかけてきた。


 ちなみに、ラビリオくんが、何故追いかけてきたのかは、いまだに謎のまま。


 人気を独占され怒ったのか?

 はたまた、サインがほしかったのか?

 落とし物を届けようとしていたのか?


 人(着ぐるみ)が追いかけてくる事案は、悪意から善意まで様々あるだろうが、正直、笑顔を浮かべたラビリオくんが、猛ダッシュで追いかけてくる様は、もはやホラーでしかなかった。


「あの時のラビリオくん、マジで怖かったよね。ほんと、なんで追いかけてきたんだろ?」


「てか、なんでオレたち兄貴と一緒に逃げたんだろ?」


「だよね? 飛鳥兄ぃ差し出せば、私たち、あんなにくたくたになるまで逃げなくてよかったよね」


「おい、あの頃の純粋なお前達は、どこ行った」


 もはや、生贄に差し出すべきだったと、当時のことを振り返る双子たち。


 これが今なら、なんの躊躇いもなく差し出されてしまいそうだ。


「はぁ……とにかく、ピクニックとかいかないよ」


 すると、先の話を思い出したのか、飛鳥が再びNOの返事を出した。


「大体、高校生にもなって兄妹弟でピクニックとか行く普通? 友達と行けよ」


「だって、みんなゴールデンウィークは家族で旅行したり帰省したりで予定あいてないんだもん。あ、じゃぁ、隣町に新しくできたショッピングモールにいこう!」


「はぁ、お前バカなの。それ電車使うじゃん。兄貴と一緒に満員電車とか絶対無理」


「俺も無理」


「もう! なんで二人とも、頑なに拒否すんの!?」


 またしても、拒否!拒否!拒否!の連続!


 華は、なんとてもOKの返事を出さない兄と弟に業を煮やす。だが、そんな華を、飛鳥が呆れたように一睨みすると


「お前さ、この前、気を付けろって言ったばかりだろ?」

 

「え? なにが?」

 

「今だから言うけど、お前、今までに三回くらい痴漢にあいかけてるんだよ」

 

「!!?」


 兄から飛び出した驚愕の事実!

 痴漢にあいかけてただと!? それも3回も!?


「なにそれ、嘘でしょ!?」


「嘘ついてどうすんの? 俺たちが阻止してやったんだよ。本当、どんだけ無防備なんだか?」


「どんな奴だったか、教えてやろうか? かなりキモイ」


「ひぃぃぃぃ、いいです、言わなくていい!! てか、言うそれ!?」


「ま。そういうわけだから、却下ね。俺もわざわざ痴漢されに行きたくないし」


「つーか、華に加えて、兄貴も一緒に満員電車に乗るとか、オレの胃が限界点突破するから、マジ勘弁して」


「あー、そういえば、飛鳥兄ぃも痴漢にあったことあるとかいってたね……」


 もはや、打つ手なし!


 いくら家族との思い出を作りたいからと言って、よく女に間違えられるこのとゴールデンウィークにでかけるのは、ある意味、戦場に出かけるようなものなのかもしれない。


 華はそう考えると、再びソファーにもたれかかり、深くため息をついた。


 だが、その後、一瞬だけ静かになったリビングで、ふと兄の長い髪を見て、華が呟く。


「ねぇ、そういえば、前から気になってたんだけど……飛鳥兄ぃ、なんで髪切らないの?」


「…………」


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