侑斗さんとゆりちゃん ③


 その後、写真たてと指輪を選びにいった侑斗とゆりは、夕方になり、飛鳥を保育園まで迎えに来ていた。


「おかえり、飛鳥~!」

「ただいま、ゆりさん!」


 保育園から出てきた飛鳥に声をかければ、飛鳥は満面の笑みで、ゆりに抱きついてきたた。


 そして、そんな息子と妻の姿を見て、侑斗はなんだか温かい気持ちになった。


 少し前までは、こんなに穏やかな時間を、再び味わえるとは思っていなかった。


 それに、今またこうして、飛鳥が子供らしく笑ってくれる。それが、たまらなく嬉しくもあって……


「飛鳥、おかえり。今からケーキ買いに行くぞ」

「え? ケーキ?」


 侑斗が、優しく飛鳥を見下せば、飛鳥はその言葉に、キョトンと首を傾げた。


「なにかの、お祝い?」


「あのね、飛鳥……私、今日から『神木 ゆり』になりました~」

 

 すると、今度はゆりが、ニッコリ笑ってそう言って。飛鳥が目を見開いた。


「俺と……おんなじ名前?」


「うん、おんなじ名前」


「…………」


 園児には、まだ少し難しい話だったのかもしれない。飛鳥は、上手く理解できないようだった。

 だが、それもほんの一時で、飛鳥はその後、ぱっと顔を明るくすると


「結婚したの!?」


 そう、侑斗とゆりを交互に見つめ、嬉しそうな声を上そう飛鳥に、二人は頬を緩めた。


 やはり、結婚したことを一番に伝えたかったのは、最愛の息子である飛鳥だった。


 侑斗とゆりは、すこし擽ったい気持ちになりながらも、素直に肯定の言葉を返す。


「うん、結婚したよ」


「今日から、ゆりは俺の奥さんで、飛鳥のお母さんだ」


「お母さん?」


 その言葉に、飛鳥は改めて、ゆりを見つめた。


 前に『母親になっていい?』と聞かれ、とても嬉しかった。だが、それが現実になるとは、なかなか思えなくて……


「ほんとに?」


「うん、ホント」


「じゃぁ、これからは……ずっと一緒にいられるの?」


「うん。……ずっと一緒だよ」


 そのゆりの言葉に、家族になったという自覚が、ぐっと現実味を帯びてくる。


 飛鳥は、その後、安心したような顔をすると


「っ……よかった。ゆりさんが、お父さんと結婚してくれて!」


「え?」


「だってね……ゆりさんと、ずっと一緒にいたいなら、結婚しなきゃダメだって聞いたから、お父さんが結婚しないなら、俺がゆりさんと結婚しなきゃと思ってたの!」


「え、飛鳥が?」


「うん! でも、俺まだ4歳だし、結婚するなら18歳になるまで待っててもらわなきゃいけないし、だけど、ゆりさん、そんなに待っててくれるかなーって……だから、ゆりさんが、お父さんと結婚してくれて、良かった!」


 決して冗談ではなき、あくまでも真剣な表情で話す飛鳥に、ゆりはキュンとし、飛鳥を抱きしめた。


 なんだろうか!

 この超絶、可愛い生き物は!!?


「あーもう! 飛鳥って、なんでそんなに可愛いの~! どうしよう。私、結婚はやまったかな~」


「ちょっと、ゆりちゃん!?」


「あはは、冗談だよ。あのね飛鳥、気持ちは嬉しいけど、ゆりさんは、永遠の女子高生じゃないんだぞ~。飛鳥が18歳になる頃には、私は33歳のオバサンになっちゃってるよ?」


「え!? 飛鳥が18の時、お前、まだ33なの!?」


 今の自分と、さほど変わらない年齢に、侑斗が更に仰天する。


 だが、無理もない。侑斗とゆりの年の差は、12歳。対する飛鳥とゆりの年の差は、14歳。ある意味、どっちと結婚してもおかしくない年齢だ。


「うーん……でも俺は、ゆりさんが、オバサンになっても好きだよ」


「えー、本当かな~」


「ホントだよ! 俺、ずっとずっと、ゆりさんのこと大好きだもん!」


「飛鳥……お前、なに人妻、口説いてんの?」


 我ながら、末恐ろしい息子である。


 この容姿に、この笑顔!更には、この人たらしなこの性格!これは、しっかり躾なくては、将来、絶対やばいことになる!


 侑斗は改めて、そう思った。


「飛鳥、ゆりは、俺の奥さんだからな?」


「ん?」


「もう、息子にヤキモチ焼いてどーすんの。それに飛鳥には、いつか、私以上に素敵な子ができるよ……そういえば、飛鳥は、どんな女の子が好きなの?」


「え?」


 不意に、そんなことを聞かれ、飛鳥は目をぱちくりと瞬かせた。


 好きな女の子──そんなこと、考えたことなかったから……


「うーん……じゃぁ、ゆりさんみたいに


「え? 優しい?」


「うん。だって、ゆりさんの笑顔見てると、すっごく安心するし、なんだか、あったかい気持ちになるから」


「………」


 そういって、また、ほんわかした笑顔を浮かる飛鳥を見て、ゆりは優しく微笑んだ。


「そっか。なら、いつか、そんな子が現れるといいね?」


 その子の笑顔をみて


 心が暖かくなるような

 側にいて、安らげるような


 そんな女の子が

 いつか飛鳥の元に現れますように……


 そう願いを込めながら、ゆりは、また飛鳥の頭を撫でた。


 夕方の空には、一番星が輝き始めていた。


 チラチラと星が輝き始める中、微笑ましく会話をする二人に、侑斗がまた声をかける。


「ほら、ケーキ選びにいくぞ」


「あ、そうだった。ねぇ、飛鳥は、どんなケーキがいい?」


「うーん、イチゴがのったやつ!」


「よし、じゃぁ、いっぱいイチゴが乗ったやつにしようね~。あ、そういえば、今日は、七夕飾り作ったんでしょ?」


「うん! みんな、短冊に絵を書いてたけど、俺は字かけるから、自分で書いたよー」


 満面の笑みで、そう言った飛鳥に、侑斗とゆりは、一瞬だけ苦笑いを浮かべた。


 そうだった。この子、前の母親に超スパルタ教育受けてたんだった!! 4歳にして、ひらがなとカタカナ完璧に書けるんだった!!


 だが、そんな心の声を微塵も感じさせないように、侑斗は素直に書けたことを褒める。


「そうか~すごいな、飛鳥は。短冊に何をお願いしたんだ?」


「えっとね。お父さんとゆりさんが、ずっと仲良しでいられますように……って!」


「「……え?」」


 その願いに、侑斗とゆりは同時に足を止めた。


 子供特有の「なにかになりたい」や「なにが欲しい」ではなく、誰かの幸せを願う言葉なのが、ひどく胸に響いた。


 きっと、その願いは、二人の幸せを願うのと同時に、自分自身の願いでもあるのだろう。


 物心つく頃から、両親がケンカをする声を聞いてきた。きっと、親が喧嘩している姿を見るのは、飛鳥にとって、なによりも辛いことだったのかもしれない。


 小さなわが子の、そんな些細な願い。


 だけど、だからこそ、その願いを、今度こそ叶えてやりたいと思った。


「……そうだな」


 侑斗が飛鳥の手を取れば、もう片方の手を、ゆりが同じように手に取った。


 三人手を繋いで、侑斗とゆりは、飛鳥の手をぎゅっと握りしめると


「どうか、家族みんなが、ずっとずっと仲良しでいられますように……!」


 そう、ゆりが、空に浮かぶ星を見上げながら言うて、侑斗と飛鳥も同時に空を見上げた。



 夕日が沈み始めた、小さな町の片隅。

 一番星が輝く、7月7日。


 いくつかの願いを願った、新しい家族の足元には、3人しっかりと手を繋いだ影が、ゆらゆらと揺らいでいた。

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