第182話 いい人とトラブル

「あー、怖かったぁぁぁぁ」


 葉月の腕にしがみつき、やっとのことお化け屋敷から出てきた華は、涙目になりながら、声を発した。


「もう、なにあれー、コンニャクとかありえない!? キョンシーまで追いかけてくるし」


「あはは。私は、ある意味笑えたけどねー」


 泣きそうな華とは対照的に、さほど恐怖を感じなかった葉月が、しがみつく華にヨシヨシする。


 すると、自分より更に怖がりな蓮の身を案じたのか、華は、お化け屋敷を見返しながら、小さく呟いた。


「蓮は、大丈夫かな?」


「大丈夫だよ。榊が一緒にいるんだし」


「そう……だよね。榊くん、すっごく頼りになるし」


 すると、ホッとしたように航太を褒めた華に、葉月は先ほどのことを思い出した。


「ねぇ、華は榊のこと、どう思う?」


「え?」


 唐突に問われた質問に、華は目を丸くする。


「どうって?」


「ほら、榊って、そこそこカッコイイじゃん! 女子にも人気あるみたいだし。榊みたいなタイプって、華はどうなのかな~なんて?」


 冗談交じりに葉月が笑いかければ、華は一瞬、考えたあと


「榊くんて、人気あるの?」


「あんた今、飛鳥さんと比べたでしょ! あのレベルと比べちゃダメだから!! 飛鳥さんと比べたら、榊は月とスッポンだから!」


 どうやら、華の「女子に人気」の基準は、あの「兄」らしい。


 あんな美形な兄を持つと、一般的なイケメンが、ただの凡人レベルまで下がってしまうのだろうが、飛鳥さんと比べられるのは、流石に榊が可哀想だ!


「あのね、華! いっとくけど、飛鳥さんは次元が違うの!! 華は知らないかもしれないけど、榊も弟くんも、バスケしてる時とか結構カッコイイ~って言われてるんだよ!!」


「へーそうなんだ~。でも、榊くんはともかく、蓮はないんじゃないかな~。あの蓮がモテてるところなんて、見たことないし!」


 そりゃ、あれだけ目立つ兄がいれば、弟の影は薄くなるのだろう。葉月は、微かに哀れみの表情を浮かべてた。すると、華が


「それより、いきなりどうしたの? 榊くんは、だと思うよ。蓮のお友達だし、私にもいろいろ良くしてくれるし」


「お、お友達って……それだけ?」


「うん、それだけだけど?」


(あー……こりゃ、全くの脈ナシだな)


 なんと、嘆かわしいことか!


 航太は、2年も華に片思いをしてるらしいのに、華は全く気づいていないばかりか、ただの「いい人」止まり。


 だが、そうして葉月が頭を悩ませていると、華は、そんな葉月をみつめ、不思議そうに首を傾げた。


(なんで、いきなり、そんなこと聞いてきたんだろう?)


 華は、疑問に思う。


 今まで、葉月が特定の近しい人物について「カッコイイ」とか「どう思う?」などと、聞いてきたことはなかった。


 ということは……


(あ! もしかして葉月、榊くんのことが、好きだとか!?)


 不意に過ぎったその答えに、思考をすべて持っていかれた。


 しかも、自分は先ほど、その榊くんと、弟と間違えて腕まで組んでしまったわけで……


(もしかして、さっき私があんなことしちゃったから? 私が榊くんのこと好きなのかもって、勘違いしてるんじゃ)


 だとしたら、長年一緒にいる幼馴染みとの友情に亀裂が入りかねない!まさに、危機的状況だ!


 となると、葉月も親友(華)と同じ人を好きになっているのではと、遠回しに聞いてきのかもしれない!!


「は、葉月!!」

「?」


 すると、華は慌てた様子で、葉月の手を取ると


「私、榊くんのこと、好きじゃないし! これから先も、!」


「……え?」


 だが、その言葉を聞いた葉月は、絶句する。


「ぜ、絶対って……」


「ホントに、ホントだよ! 絶対に」


「ちょっと待って、華!」


「ねえー、君たち、いくつ~?」


「「!?」」


 だが、その瞬間、突然、背後から声をかけられた。


 華と葉月が同時に振り向くと、そこには同年代のチャラそうな男が二人いて、何やら親しげに話しかけてくる。


「ねえ、君たち、高校生? 二人できたの~?」


 多分、ナンパだろう。

 すると、葉月は、すぐさまその男達を追い払う。


「あのさ、私たち連れがいるの。ナンパなら、諦めた方がいいよ」


「えー連れがいたら、女の子二人でお化け屋敷には、入らないでしょ~」


「バレバレだって!」


「「っ……」」


 しまった!


 確かに男の連れがいるなら、普通は女の子だけで、お化け屋敷に入ったりしないだろう。だが


「あ、あの、本当なんです! 今、お化け屋敷に、入ってて!」


 葉月に加勢する形で、華もそれに加わりはじめる。だが、男達が、その言葉を信じることはなく


「女の子と一緒に来てて、男だけでお化け屋敷はいるなんて、ありえないでしょー。それよりさ! 君、可愛いね!」


「きゃっ!?」


「ちょっと、いい加減にしてよ!!」


 男の一人が華の腕を掴めば、それを見た葉月が、限界とばかりに声を荒らげた。


「ホントに、連れがいるんだってば!」


「おー怖、そんなに怒んなよー」


 だが、男たちは、葉月の言葉に一切耳を傾けることなく更に食い下がってきた。


 掴まれた腕は痛いし、引き剥がそうとしても、華の力ではビクともしない。


(どうしよう……っ)


 そして、その瞬間、思い出したのは、前にナンパされた時のことだった。


 あの日──


『うちの妹に、なにしてんの?』


 そう言って、助けに来てくれた兄の姿。


 でも、あの時、誓ったはずだった。


 もう、守られるだけじゃなく、自分の身くらい自分で守れるようになろうと。


 それなのに──


(これじゃ、あの時と、何もかわらない……っ)


 すると華は、勇気を振り絞ると


「は、離してください!」


「そういわないでさー、女の子二人で、遊園地なんてつまんないし、これも、なにかの縁だって!」


「……ッ!」


 必死に反論するも、掴まれた腕を更に強く引き寄せられた。だが、その直後


 ザッ──!!


 と、華の目の前に誰かの影が横切った。強引な男達から、華と葉月を庇うようにして現れたのは──



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