第472話 合流とシスコン


 夏の夕景色は、とても風流だった。


 赤から紫に変わるコントラスト。それが美しく空を彩り、情緒あふれる風景を描き出す。


 そして、どこからか風鈴の音が響けば、町をすり抜ける風が、夏の暑さを和らげてくれた。



「華、めちゃくちゃ綺麗になってない?」


 そして、約束通り、華たちを迎えに行った神木家一行は、無事に紺野家と合流し、夏祭り会場である榊神社へ向かっていた。

 

 そして、先導する華とエレナの後ろで、蓮がひそかに呟く。


 いつもは天真爛漫で、女らしさなんて微塵みじんも感じさせない華が、この数時間のうちに、上品なお嬢様みたいになっていたからだ。


「なんで、あんなに変わってんの? 浴衣って、すごいね」

 

「浴衣が凄いっていうよりは、化粧をしてるからじゃない?」


 蓮の言葉に、飛鳥がさらりと答えた。


 だが、平然と答えつつも、お兄ちゃんだって、これには驚いていた。


 というか、予想外の事態だ。

 まさか、紺野家で、化粧までしていたなんて!?

 

「多分、ミサさんにしてもらったと思うよ。華は、メイク下手だし」


「あー……なるほど。確かに、ミサさんって、めちゃくちゃメイク上手そう。兄貴もしてもらったことあるの?」


「ないよ。俺はまだ子供だったし。それに、撮影する時は、いつもメイクさんが……て、俺の話はいいよ」


 どさくさに紛れて、モデル時代のことを聞き出され、飛鳥はとっさに言葉をつぐんだ。


 だが、昔は、話題にするのすら嫌だったが、今は、そうでもない。


 これも、きっと、華と蓮に全てを打ち明けたからなのだろう。


「それより、夏祭り、大丈夫かな?」


 すると、また蓮が不安げに呟き


「あんなに綺麗になって、ナンパとかされたらどうする?」


「ホント。エレナだけでも心配だってのに、何でわざわざ心配ごとを増やしてくるかな?」


「お前ら、相変わらず、だな」


 すると、二人の会話を聞いていた隆臣が、呆れながら、そう言って


「いい加減、そのシスコン治せ。それに、せっかく綺麗になってるんだから、素直に褒めてやれよ」


「ダメだよ、隆臣さん! 褒めたら、華のやつ、絶対、図に乗るから!」


「そうそう。それに、ただでさえ可愛いのに、更に可愛くなったらどうすんの? 大体、隆ちゃんも知ってるでしょ。俺たちが、今まで、どんな思いで悪い虫を排除してきたか」


「……あぁ、お前らのせいで、華のことを諦めた男子が、たくさんいるのは知ってる」


 なんとも気の毒な話だ。

 

 邪魔をしなければ、華もそこそこモテただろうに、こんなにも重度のシスコン兄弟がいたせいで、華は自分は全くモテないと思い込んでいる!


「まぁ、妹(姉)が大切なのは分かるが、華も高校生なんだから、メイクくらい許してやれよ」


「えー。でも、化粧って必要? 社会人になるまではしなくていいんじゃない?」


「つーか、文句があるなら、俺じゃなくて、化粧したに言えよ!」


「……っ」


 だが、突如、痛いところをつかれ、飛鳥と蓮は黙り込んだ。


 あのミサさんに!?

 そんなの、絶対に言えるわけない!!


 だが、これは仕方ないことでもある。


 なぜなら、未だにどう接するべきか、手探り状態なのだ。


 余計なことを言ったら、せっかく打ち解けたこの空気ですら、あっさり壊れてしまいそう。

 

 なにより、良かれと思ってしてくれたとこに、感謝こそすれど、文句を言うつもりはない。


 妹が綺麗になるのは、決して悪いことではないのだ。

 

 そう、これは完全に、兄と弟の心情的な問題だ!!


 ちなみに、その化粧をしてくれたであろうミサは、列の後方で、侑斗と二人で歩いていた。


 あれは、あれで、飛鳥には複雑な光景だった。


 泥沼の離婚劇の末、最悪な別れ方をした自分の両親が、にこやかに並んで歩いているのだから──…


(……なんか、変な感じ)


 前方には、化粧をして大人っぽくなった華と、浴衣を着て楽しそうに笑うエレナがいる。


 そして、横には、去年より背が伸びた蓮。


 更に後方には、もう二度と接触しないと思っていた侑斗とミサ。


 昨年の夏祭りとは、大違いだ。


 しかも、一年前は、兄妹弟きょうだい三人で夏祭りに来たのに対し、今回は、かなりの大所帯。


 そして、それぞれ間隔をあけて、進んでいるにもかかわらず、これだけの美形集団が群れでやってきたからか、かなり人目を引いていた。


「ねぇ、あの人たち、なんの集まり?」


「芸能人か何か?」

 

「私、知ってる、神木さんちの子達よ。長男の飛鳥くんが、めちゃくちゃ美人で」

 

「あー、あの真ん中の子でしょ!」

 

「そうそう! でも、顔立ちが似てる女の子が二人もいるよね? 誰だろう?」

 

「従兄弟とか、親戚じゃない?」

 

「あー、そうかも!!」


 街ゆく人々が、ちらほらと飛鳥たちを見て話をする。


 しかも、その話の中で、ミサを飛鳥の母親だという人は誰一人としていなかった。


 そして、その話を聞き、隆臣が呟く。


「飛鳥も大概だが、ミサさんもスゲーな」


「まぁ、見た目は20代だし、顔は俺とほぼ同じ作りだしね」


「つーか、お前も40代になったら、ミサさんみたいになるのか?」


「そんなわけないじゃん。もっとしぶめの紳士になってるよ」


「どうだか? お前、けっこう童顔だし」


「っ……うるさいな! そういう隆ちゃんは、ハゲてんじゃない?」

 

「なんでだよ!? 俺の親父、ハゲてねーし!」


 確かに、隆臣の父・昌樹は、ハゲてないし、あの親に似たとしたら、隆臣も、それなりにダンディなおじ様になるだろう。

 

 そして、それは、線が細い飛鳥からしたら、羨ましいくらいだった。


 だが、そんな感じで、賑やかに雑談を繰り返していると、飛鳥たちは、あっという間に神社に辿り着いた。


 祭りの会場である榊神社は、人々で賑わい、活気にあふれていた。


 赤い鳥居とりいをくぐれば、その先は、幻想的な世界が広がる。


 参道を暖かく照らすのは、ユラユラと揺らめく灯篭とうろうだ。

 

 中のライトの色が違うのか、色とりどりのあかりが、点々とともり、その光は、神様のいるおやしろまで続いていた。


「わぁ、綺麗~」


「エレナちゃん、今日は、いっぱい遊ぼう~!」


 そして、初めて夏祭りに訪れたエレナが、まさに天使のような笑顔を浮かべれば、それに続き、華が意気揚々とした声を上げ、さっきまでの奥ゆかしい姿は、あっさり消え失せた。


 いくら、見た目がお嬢様らしくなっても、中身は、いつもの華のまま。


 だからか、飛鳥と蓮は、ちょっとだけ安心する。


((……あれなら、大丈夫そう))


「神木くーん!!」

「久しぶり~!」


 するとそこに、今度は、数人の女子たちが声をかけてきた。


 浴衣やオシャレな服装で、わらわらと集まって来た女子たち。


 そして、彼女らは、飛鳥が通う桜聖福祉大学で、同じく教育学部を専攻している女子大生たちだった。

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