第124話 偏愛と崩壊のカタルシス⑩ ~疑念~



「あれ……でないな」


 その後、公園では、泣き止んだ俺を父が自宅に連れ帰る事になり、母に電話をしていた。


 でも、何度かけても母は携帯にも、自宅の電話にもでず、父が途方に暮れる。


「奥さん、出ないの?」


「あぁ、あいつのことだから、きっと心配してると思うんだけど」


 息子がいなくなり警察にでもいったのかもしれないが、母の足取りは全くつかめないままだった。


「まぁ、留守電にはいれたし、またかけてみるよ。それより、今日はありがとう。飛鳥を助けてくれて」


 すると、父は携帯を切ると、その後俺の頭をなでながら、ゆりさんにお礼の言葉を述べた。


「事故にでもあってたら、大変なところだった」


 そう言って、どこかほっとしたような声を発した父に、嬉しさがこみあげてきた。


 もう、久しく聞いてなかったけど、その父の声は、あの優しかったころの父の声と同じで、なんだかやっと、父が帰ってきてくれたような気がしたから……


「別にいいよ、私が勝手に世話焼いてただけだし! よかったね、飛鳥!」


 ゆりさんは、父に向け明るく返事を返すと、続けて俺の目線に座り込み、にっこりと笑いかけた。


「飛鳥、言いたいことがあったら、ちゃんと言葉にして言うんだよ。じゃなきゃ、伝わるものも、伝わらないからね?」


「うん! ゆりさん、ありがとう!」


「あ~やっぱり飛鳥、笑った顔すっごく可愛い~♪」


 その後ゆりさんは、初めて見たであろう俺の笑顔を見て、名残惜しそうに俺にすり寄り、ぎゅっと抱きしめてくれた。


 ゆりさんに抱きしめられていると、とても安心した。


 だけど、もうゆりさんともお別れなのかな?そう思うと、なんだか急に寂しくなった。


「じゃぁ、お兄さん! 後は宜しくね。しっかり奥さんと話し合って、親権ゲットしてきてよ!」


「………まぁ、頑張るよ」


 だが、その言葉に、歯切れの悪い父の言葉に、ゆりさんは首を傾げる。


「……あれ? なんかあるの? もしかして、子どもは絶対渡さないとか、そんなって感じ?」


「まー……」


「へー、なら話し合うついでに、いっそ奥さんとより戻しちゃえば~?」


「あのなぁ、そんな簡単な話じゃないんだよ。アイツはオレの事、もう疑いの目でしか見てないし……それに、さすがの俺も、もう………」


 ──疲れた。


 そう言って、目線を落とし深く深くため息をついた父。


 それを見て、きっと二人の関係は、もう二度と元には戻らないのだと子供ながらに悟った。


 仲が良かった二人は、いつからこうなってしまったのだろう。その頃の俺には、全くわからなかったけど、この後の母との話し合いも、きっと一筋縄ではいかないことは、父の雰囲気から何となく察した。


「あー浮気したんだ、お兄さん! モテそうだもんね~!」


「いや、してないから!? てか、子供の前で、変なこというのやめてくれない!?」


「だって、疑われるって、女関係じゃないの?」


「まー確かに、そうだけど……でも、本当に浮気なんてしてないし、仕事が忙しかっただけなんだよ。人が少ない部署に移動になって、残業も増えて……」


「ふーん……でも、家に帰ってこなければ疑いたくもなるよね~? それに、一度疑いだしたらキリが無くなるし! でも、飛鳥のことは、ちゃんとしてよね」


「分かってるよ……飛鳥がここまでいってるんだ。なんとか、説得してみるよ」


 そう言いつつも、表情を曇らせた父をみて、少し不安が過ぎった。


 モデルの仕事のこともあるし、母がすんなり首を縦にふるわけがない。


(もし、お母さんが嫌だって言ったら……俺、どうなるんだろう……)


 ──漠然とした不安。だけど、それでも俺は


(でも、お父さんとちゃんとお話できたら、お母さんも、前みたいに優しいお母さんに戻ってくれるかも?)


 と、母に淡い期待を抱いていた。


 本当の母は、優しくて温かかった頃の母だと、信じたかったのかもしれない。


「あ、そういえば、君、家はどこ? 迷惑かけたし送っていくよ」


 すると父は、ポケットから車のキーを取り出し、ゆりさんに声をかけた。


 どうやら車できているらしく、公園外の駐車場に停めているようだった。


「いや、私はいいです。家には帰りたくないんで!」


「は? 何言ってるんだ? 君、学生だろ?」


「う……そうだけど……」


「遠慮しなくていいよ」


「いやいや、遠慮なんて、マジでしてないから!」


 さっきの殺伐とした雰囲気とは一変して、父とゆりさんは穏やかな口調で話をしていた。


 だから、安心していたのかもしれない。




 ザリッ───



 あの時、気付いたのは、きっと俺だけだった。


 二人が話している背後に見えた。




 ────「あの人」の姿に。




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