第167話 飛鳥くんと大野さん
唐突に飛び出した大野の言葉に、穏やかだった鼓動が微かに心拍を早めた。
あれ? バレてる??
だが、飛鳥はあくまでも平静を装うと、ニコリと笑顔を貼り付けて、大野に微笑みかける。
「好きだよ。なんでそんなこと聞くの?」
夜7時をまわり、アパートの廊下は、もう薄暗くなっていた。落ちかけの夕日が辺りを紫色に染める中、コツコツとこちらに向かってくる大野の靴の音が、やけに耳に響く。
すると、自分の家の前でピタリと足を止めた大野は、数歩先にいる飛鳥をじっと睨みつけると
「だって君、あかりちゃんのこと、本気じゃないだろ?」
「…………」
あまりにも、的を得た返答に、一瞬、笑顔が崩れそうになる。
そりゃ、こちらは、"偽物の彼氏"ですから、本気なわけがない。
「それに、俺、まだ諦めてないから」
そして、その後さらに続いた言葉に、笑顔も引きつる。
(……この人、まだ諦めてなかったんだ)
確かに、先日会った時、少し強引すぎる気はしていた。
あかりは、あからさまに迷惑そうな態度をみせていたのに、全く気づくこともなく。
なるほど。現実見せつけてもダメな、かなり厄介なタイプだったらしい。
飛鳥は、大野を真っ直ぐに見据えると、その後、どうするべきかを考える。
もしここで、自分たちの嘘がバレたら、大野は更に、あかりに付き纏うようになるのだろう。
だが、下手に相手にすれば、火に油を注ぐことにもなりかねない。飛鳥はそう考えると
「そうですか。じゃぁ──」
と、大野の横をすり抜け、そのまま笑顔で立ち去ることにした。
だが、そんな飛鳥を、大野があたふたと引き止める。
「ちょ、ちょっと待ってぇぇ!? 行くの!?いっちゃうの!? これあれだよ! ライバルが現れた的な熱い展開だよ!! 彼女とられちゃうかもしれないんだよ!! もっとこう、危機感とかないの?!」
「ないよ」
「言い切ったよ!? なに、その余裕!? イケメンだから!? イケメンだからなの!? 確かに君、ずっこい綺麗な顔してるもんね!!」
スタスタと歩いていく飛鳥の肩を掴み、必死に食い下がる大野。もっと火花散る展開を望んでいたのか、あっさり帰ろうとした飛鳥に驚いたのだろう。
「あのさ! もう少し、焦ろうよ! 年上社会人の包容力ある大人の男が、君の彼女あきらめないって言ってるんだよ! 三角関係はじまるんだよ!!」
「始まらないよ。あかりは、お兄さんには、絶対なびかないよ」
「ハッキリいうね!? 自信満々だね!!」
そして、その言葉には、さすがの大野も驚愕する。
これは、イケメンだからなのか!?
それとも、ふられたことがないからなのか!?
大野は早くも、心が折れそうになった。
「だいたい、あかりは俺の彼女だって、この前いったよね。なに、人の彼女に手だそうとしてんの? しつこい男は嫌われるよ」
「いや、君こそ、本気じゃないくせに、なんで付き合ってんだよ!?」
「っ……さっきから、なんで本気じゃないとか決めつけるの?(本気じゃないけど)」
「じゃぁ、言わせてもらうが、はっきり言って、君みたいな子に、あかりちゃんを幸せにできるとは思えない!!」
「…………」
なにやら、不快な言葉が聞こえてきて、飛鳥は眉をひそめた。
君……みたいな子??
「なにそれ、どういう意味?」
「だって君、あかりちゃんのこと、遊びでつきあってるんだろ!!」
「は?」
なんか、とてつもなく不愉快なワードが聞こえた。
確実に、今年のワースト5に入るほど、腹ただしい言葉だった。
だが、大野はさらに続ける。
「君、その顔なら絶対モテるよね! 正直、女の子取っかえ引っ変えしてそうだし、どうせ、あかりちゃんのことも、飽きたらすぐ捨てるんだろ! あかりちゃん、凄く優しくていい子なんだ! そんな子に、遊びや体目当てで近づくのは、やめて欲しい! 俺は、あかりちゃんが、君みたいな、ダメな男に引っかかってるのを見てられない!」
(……うわ、なんか、凄いこと言われてる)
一度しかあってないのに、とんでもないクズでダメな男だと思われてる!
これは、身体目当てで、付き合ってるように見えたから「本当に好きなのか」とか「本気じゃない」とか、言われてるのだろうか?
心外だ。とてつもなく気分が悪い。
大体なんで、あかりと付き合ってる(嘘)だけで、ここまで侮辱されなくてはならないのか?
「それに、俺は、本気であかりちゃんのことが好きなんだ!」
「!」
だが、その後も大野は止まらず、あかりへの愛をこれでもかと伝えてくる。
「俺、あかりちゃんに初めてあった時、運命を感じたんだ! なにより俺は、君と違って一途だし、あかりちゃんを悲しませるような事は絶対しないし、幸せにする自信だってある! だから、本気じゃないなら、今すぐあかりちゃんと別れてほしい!」
「…………」
感情が高ぶるままに一方的に告げられる話を、飛鳥は笑顔を作るのも忘れ、真顔で聞いていた。
運命──正直、そこまで言えるほど、真剣に相手のことを好きだと言えるのは、すごいと思った。
自分にはない、感情。
確かに、こうして一途に愛してくれる相手がいるなら、それは女の子にとって、とても幸せなことなのかもしれない。
でも──
「別れないよ」
「え?」
「誰が、遊びだなんていったの? 俺は、あかりと別れるつもりはないし、お兄さんみたいな人には──絶対、渡さない」
「ッ……」
大野を見つめると、飛鳥はハッキリとそう言い放つ。
それを運命だと思いたいなら、別に構わない。だけど、何故かこの人には、本気で渡したくないと思った。
「な、俺みたいなって、どういう……っ」
「あれ? 決めつけられるの嫌? でも、お兄さんも、俺に同じこといったんだよ。それに、お兄さんこそ、本当に、あかりのこと好きなの?」
「え?」
「さっきから、自分の気持ちばかりだけど、あかりの気持ち、ちゃんと考えたことある? ハッキリいって、運命なんて勘違いだよ。あかりは、お兄さんのこと、なんとも思ってないし、むしろ迷惑してるくらい」
「ッそんなこと、あるわけないだら! あかりちゃん全く嫌な顔してなかったし、俺と話す時はいつも楽しそうにしてた! 大体、君に何が分かるんだ!」
「……」
その返答を聞いて、飛鳥はまた眉を顰めた。
どうやら、大野は、あかりが困っていたことに、全く気づいていないようで……
「わかるよ。少なくともお兄さんよりはね? あかりが嫌な顔しないのは、お隣さんと気まづい関係になりたくないから。でもそれは、あかりからの"思いやり"であって、好きだからとか、そういう"好意"からくるものじゃない。むしろ、隣人ってことを利用して、あかりから"逃げ道"を塞いでたのは、あんたの方だろ?」
「……ッ」
ハッキリと、歯に衣を着せないその言葉に、大野が一瞬たじろいた。
「……そんな、ことは」
「いや、だからしてるんだって。別に、俺のことを敵視したいならすればいいし、あかりのことが好きなら、好きなままでもいいよ。でも、本当にあかりのことを思うなら、あかりの気持ちも、少し考えてあげて」
「………」
「気をひきたいのはわかるけど、強引に家に誘って断る隙も与えないとか、そんな困らせたり、怖がらせるようなことしないでやって……男の家に一人で呼ばれるとか、女の子にとっては恐怖でしかないし、はっきりいって、今のお兄さんの"愛情"は、あかりにとっては、ただの"暴力"でしかないよ。好きなら……何してもいいってわけじゃない」
「……っ」
それは、どこか諭すような、そんな柔らかな語りかけだった。
大野は、その言葉になにか思うところがあったのか、飛鳥をみつめ、じっと黙り込む。
夕日が落ちる寸前、暗くなるにつれ、道路脇の街灯がチラホラと灯りをともし始めた。
すると、二人の間に暫く沈黙が続いた後、大野がギュッと奥歯を噛み締め、その後小さく声を発した。
「っ……確かに、あかりちゃんの気持ちは、あまり考えたことなかったかも……しれない……っ」
視線を落とし、反省の色を見せ始めた大野をみて、飛鳥はホッと息をつく。
どうやら、聞く耳は持っているらしい。
「分かってくれた? てか、好きな女の気持ちも考えられない奴が、よく『幸せにできる』とか『包容力ある』とか言えたよね?」
「……うっ」
「それに、そんな強引に攻めても、逆効果だと思うよ?」
「え!? そうなの!?」
「うん。女の子の言う、強引に口説かれたいなんて、あんなの好きな男限定の話だよ。実際にそんなことしたら、キモがられておしまいだと思う。あと、俺、金髪だけど、この髪、地毛だから、見た目で判断しないでね」
「え!? そうなの!? 俺は、てっきりホストかなにかの毒牙にでもかかったのかと」
(……ホスト)
あー、だから、あそこまで言われたのか。
まぁ、気持ちはわからなくはないけど……
「あの、あかりちゃん、本当に俺の事なんとも思ってないのか?」
「思ってないよ。だから、お兄さんには、なびかないって言ったの」
「そうか……いや、でも、そうだよな。俺に気があるなら彼氏なんて作らないし。いつも断られてたし、近づくと逃げるし、改めて考えたら、さけられてたのかなー?」
(そこまでされてて、気づかないって……)
大野が訪ねてきた時、あかりがひどく不安そうな顔をしていたのを思い出した。
まぁ、現実を見せつけたにも拘わらず、その彼氏(偽)に、直接別れろ!なんて言ってくる奴だ。
あかりも、さぞかし困っていたことだろう。
「まぁ、俺と付き合ってる間は、あかりにちょっかい出さないでね」
「っ……分かったよ。でも、まさか君がそこまで、あかりちゃんのこと思ってるなんて思わなかった。悔しいけど、あかりちゃんが君を選んだのが、少しだけ分かった気がするよ」
(いや、一切選ばれてないけど……)
嘘をついていることに、若干の罪悪感を抱きつつも、飛鳥は、やっと大野から牙が折れたのだと確信すると、あかりの顔を思い浮かべ、ほっと胸を撫で下ろした。
こうして暫く、自分が彼氏のフリをしていれば、いずれ大野も気持ちも、薄れていくかもしれない。
「あ、でも、破局しそうになったら教えてね!」
だが、その後の大野の返答に飛鳥は……
「……あのさ、俺の話聞いてた? 俺達、一生別れるつもりないから、早いとこ諦めて、別の運命の相手、探しに行けば!?」
「いや、俺は自分の直感を信じる!!」
なかなか、しぶとそうな大野。
これは、何がなんでも彼氏のふりを貫き通さねば!と、飛鳥は一人そう思うのだった。
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