第168話 紅茶と疑惑


「あー、やられた~」


 19時15分──時計の音がチクタクと響くリビングで、夕食の準備を終えた華と蓮は、兄の帰りを待つ間、二人でテレビゲームをしていた。


 二人バディを組んでのロールプレイングゲーム。


 残念なことに、後一歩の所でボスに敗れ、二人してHP0となってしまい、華は悔しそうな顔をして、ソファーにしなだれかかった。


「もー! 蓮、回復魔法つかうの遅すぎ!」


「仕方ねーだろ。俺も攻撃交わすので精一杯だったんだから。しかし、このボス強すぎ」


「アイテム、取り忘れてたかな? 一旦、町戻るー?」


「そうだなー」


 一旦セーブして、また町に戻り、ボスを倒すためのアイテム探しに勤しむ。


 そんな中、ゲームの画面から視線をそらすことなく、蓮がボソリと華に問いかける。


「それより、飯どうする?」


「うーん……飛鳥兄ぃ、今日は何時だと思う?」


「ゴム持参で行って、傘返してサヨナラなわけがないだろ。あと一時間は帰って来ないと思う」


「っ……」


 その蓮の返答に、華は、今朝の兄弟の会話を思い出し、顔を真っ赤にする。


「もう、変なこと言わないでよっ! 大体、なんなの、朝のあの話!?」


「なんなのって、大事なことだろ。大学で内緒にしなきゃいけない関係なら、絶対まともな関係じゃないし……多分、先生か、人妻か、セフレかだ」


「きゃぁぁぁ、やめて! ほんと、やめて!! 私はやっぱり信じられない!! あの飛鳥兄ぃに限ってそんなこと、絶対あるわけない!!」


 次々と飛び出す禁断の相手に、華はゲームそっちのけで声を上げた。


「全くなぁ。お前、そのブラコン早く直せよ」


「だから、ブラコンではないって! それに、今まで私たちに人の道踏み外すなって、厳しく躾て来たあの飛鳥兄ぃが、自ら踏み外してるわけないでしょ!?」


「そりゃ、そうだけど……実際に……っ」


 ガチャ──!


「ただいまー」


「「!?」」


 すると、突然玄関から解錠する音が響いた。


 聞きなれた声を聞いて、華と蓮はコントローラーを手にしたまま硬直する。


 無理もない。

 あと一時間は帰って来ないと思っていた兄。


 その兄が、なんと、もう帰宅したのだ!!


「え!? 早っ!?」

「今、何時!?」


 女の家にいったなら、今頃、お楽しみ中だろうと、疑いまくっていた華と蓮。


 二人は、驚きのあまり手にしたコントローラーをその場に頬り投げると、同時に立ちがある。


「ただいま。遅くなって、ごめ……」


 ──ゴッ!!


 たが、飛鳥がリビングの扉を開けた瞬間、何かがぶつかるような音が響いた。


 飛鳥がキョトンと目を丸くし、華と蓮を見ると、頭を押さえながら悶えている二人の姿が目に入った。


「いっ~~、痛っ、いたぃ、バカ蓮」


「っ、お前こそ、いきなり立ち上がるなよ」


「なにしてんの?」


 同時に立ち上がったせいで、お互いに頭突きしあい、頭を強打した華と蓮。


 こういった時、絶妙にタイミングがあい、今までにも何度か、頭突きし合ったことがある。


 ちなみに、当たるとめちゃくちゃ痛い。


「あーぁ、痛そう。大丈夫?」


 すると、ソファーの前で痛がる双子に近寄り、飛鳥が呆れたように笑い声をかける。


「あ、飛鳥兄ぃ、早かったね!」


「なんで、早かったの!?」


「え? 早かった? 本当は、もう少し早く帰るつもりだったんだけど」


 あかりを引き止め、大野に引き止められ、予定よりも遅くなったため、早いと言われて飛鳥は首を傾げる。


 すると華と蓮は、自分たちを不思議そうに見下す兄をじっくりと観察し、女の痕跡がないかを確認する。


 衣服の乱れ──なし。

 女物の香水の匂い──なし。

 キスマークらしき跡──なし。


(ねぇ、本当に傘返してきただけなんじゃないの?)


(確かに、大学終わるの6時前で、今7時すぎだしな)


 それが、どのくらいの時間を要するのかは未知の世界だが、女の家にいき、それなりの事をシて帰ってくるには、流石に早い帰宅だと思った。


 華と蓮は、複雑な心境ながらも、再び兄に話しかける。


「傘、かえせたの?」


「え? あぁ、返せたよ。これ、本のお礼だって」


 すると、飛鳥はあかりから貰った、紅茶の缶をサッと華に差し出した。


「わ、可愛い~♪」


「紅茶だって。飲み終わったら缶、使っていいよ!」


「いいの~やったー」


 可愛らしいアンティークの缶を見て、華が顔を綻ばせる。このように可愛らしい缶は、小物入れにも最適だ。


「夕飯は?」


「あ、飛鳥兄ぃ、遅くなると思ったから、二人で作っといたよ!」


 飛鳥はソファーにバッグを置くと「へー」と相槌をうちながら、キッチンに移動し、今夜の夕食を覗き見る。


 そして、その姿を見ながら、蓮が、また華に小声で話しかけてきた。


(その紅茶、例の後輩からだろ? なに喜んでんだよ)


(でも、本のお礼って言ってたし、なかなか律儀な人だし……もしかしたら普通にお友達って可能性はない?)


(女の子の? じゃぁ、なんで大学で話しちゃいけないんだよ)


(そ、それは、わからないけど……っ)


 華と蓮は考え込む。

 だが、もちろん答えには辿り着かなかった。


(でも、確かに、友達の可能性も無くはないよな)


(でしょ?)


(ま。それでも、女の子の家に上がり込むのはどうかと思うけど、疑わしきは罰せずっていうし、とりあえず、決定的な証拠を掴むまでは、俺たちの胸にしまっとくぞ)


(決定的な証拠ってなに!? 掴みたくないんだけど!?)


 その後、華と蓮は、またキッチンの中に視線をむけると、二人が作ったシチューを味見している飛鳥をみつめ、ほっとしたように息をついた。


 疑わしいことは、まだ沢山あるが、とりあえず早く帰ってきてくれたことに、思いのほか安心していた。


 華は、兄を見つめたあと、手にした紅茶の缶に再び目を向けると


(一体、どんな人なんだろう。その、後輩って……)


少しの不安と疑惑を抱えたまま、華は夕食の準備を始めたのだった。

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