第169話 お菓子と疑惑
ピチャン──と、湯船に張ったお湯が跳ねる。
あかりは、その後、飛鳥と別れ自宅に戻ると、夕食をとり、お風呂に浸かっていた。
湯気が上気する浴槽の中。膝を抱えるようにして、湯船に浸かるあかりは、一人エレナのことを考えていた。
『あの子に友達なんて必要ないの。あなたのようなお友達もね?』
さっき、ミサから、ハッキリと忠告を受けた。
娘に近づくなと──
だが、その忠告を、そのまま鵜呑みにする気など、あかりにはなかった。
目を閉じると、泣きながら話すエレナの姿を思い出す。
『私のお母さん、怒ると凄く怖くて、部屋から、だしてもらえないことも、あって……っ』
そう言っていた、エレナ。
今どうしているのだろう。閉じ込められたり、怖い思いをしていないだろうか?
身体に危害は加えられなくても、その心のキズが、心配で仕方ない。
(……まずは、エレナちゃんに会わなきゃ)
ミサさんに、バレないように──
あかりは、決心し、湯船から出ると、そのまま脱衣所に向かう。
濡れた髪や身体をタオルで丁寧に拭き取ると、下着の上にゆったりとしたロングTシャツを一枚だけ着て、キッチンに向かった。
冷蔵庫から、ミネラルウォーターをとりだして、コップに注ぎ、喉を潤す。
冷たい水は、火照った身体に染み入るように流れ、それは同時に不安な心を、少しだけ落ち着かせてれるようだった。
その後、小さく息をついて、キッチンから隣の部屋に移動すると、ベッドの前、テーブルの上に置かれた、可愛らしいお菓子に目が止まった。
それは、飛鳥があかりに、お礼として渡してきた、喫茶店のお菓子だった。
ベッドの上に腰かけ、ラッピングされそのお菓子を手に取ると、あかりは、それを見て、申し訳なさそうに目を細めた。
「……神木さんに、悪いことしちゃった」
あの時の彼は、とても真剣な表情をしていた。
本気で心配しているのが伝わってきて、見つめられた瞬間、泣いてしまいそうだった。
きづかれたくなかったのに、気づいてくれたことが嬉しくて、一度は飲み込んだはずの言葉が、一気に溢れそうになった。
(なんで、私……)
彼に話したところで、エレナの事が解決するわけじゃない。
それなのに、どうして頼りたくなってしまったんだろう。
それに……
(頭、撫でられたの、どのくらいぶりかな)
不意に触れた温もりを思い出して、胸の奥が熱くなった。
きっと、慰めてくれたのだろう。
『笑ってる方が可愛いよ』
そう言って、どこか安心したように笑いかけてくれた言葉も、まるで泣いた子供に囁きかけるような優しい声だった。
「……お兄ちゃんがいたら、あんな感じなのかな?」
長女だったからか、兄に憧れたことはあった。
もしかしたら、彼の放つ、お兄ちゃんらしい雰囲気に、つい甘えたくなってしまったのか?
「可愛いとか言えるんだ、あの人。なんか……変な感じ」
だが、散々「可愛くない」と罵られてきたせいか、どこかくすぐったい言葉でもあった。
あかりは、貰ったお菓子を見つめ、頬を緩めると、少し恥ずかしそうに目を細める。
だが、それと同時に過ぎった──ある疑惑。
(ミサさんと、神木さんて……)
ミサと初めて話をして感じた、あの既視感。
彼女の放つ、あの独特な雰囲気は──
(神木さんが、怒ったときの雰囲気と、よく似ているんだ)
前に、彼を怒らせてしまった時に感じたあの冷たい雰囲気。それと、よく似ている気がした。
それに、あの日、ミサを直接みかけた日。
『お前、あの女の人のこと、何か知ってる?』
そう、聞いてきた彼は、明らかにミサさんと面識があるように見えた。
(知り合い……なのかな? もし、そうだとしたら……親戚、姉弟、それとも──)
──────親子?
(いやいや、さすがに、それはないよね? ミサさん、まだ若いし、それに神木さんのお母さんは……)
確か、もう、亡くなってるって……
──トゥルルル!!
「!?」
瞬間、静かな室内に突然鳴り響いた音に、あかりは、その身をびくりと弾ませた。
見れば、テーブルの上に置いていたスマホが音をたてていて、あかりは慌ててスマホをとると、相手を確認し、電話に出る。
「もしもし?」
『よー、元気か?』
それは、とてもとても、久しぶりに聞く声だった。
「
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