第98話 理想と現実

「えー、少しくらいはあるでしょ! それに、私よく聞かれるんだよ! この際だから教えてよ、好きなタイプ!」


「……」


 すると飛鳥は、とたんに困ったような表情を見せた。


 タイプと言われても困る。


 今までだって、自分から好きになったわけじゃないし、相手からの告白を、ただ受け入れただけだった。


 それに今は、 彼女を作る気すらないわけだし、タイプ以前の問題だろう。


「性格とか、外見とかなんでもいいよ!」


「オレも興味あるかも、兄貴の好きなタイプ」


「……」


 だが、興味津々に飛鳥に身を乗り出してくる二人をみて、 これは逃げられなさそうだな、と思った飛鳥は腹をくくることにした。


 答えるなら、どんなタイプと言えばよいのか。


 もう失うのは嫌だし。

 正直、守れる自信すらないし。


「そうだな。しいて言うなら……」


 すると飛鳥は、顎に手を当て考え込むと


「俺が守ってあげなくてもいい、強い女の子……かな?」


 真剣な表情で、そう言った兄。

 だが、そんな兄に双子は


((強い女の子って、まさかのレスラー系!?))


 兄からでてきた 予想外のタイプに、双子は言葉をうしなった。


(え、マジか? 腕っぷし強い女の子がタイプってこと!? 守るより、守られたいってこと!? え? 兄貴って、そんなタイプだった?)


(いやいや、全然イメージつかないんだけど!? マジで筋肉隆々な彼女つれてきたら、どうすればいいの!? てか、そういう人は、こんな女顔のひ弱そうな男好きになったりしないでしょ!? 絶対、自分より強い男の人、好きになるでしょ!?)


 目の前のこの女顔の兄と、レスラー系の厳つい女子が一緒にいるイメージが、大変申し訳ないが、全くできなかった。


「そ、そうなんだーそれは……」


「ハードル高そうだね?」


「だろ?」


 飛鳥の言葉に、多大なる勘違いを始めた華と蓮の思考は最終的にはそこに達した。


 だが、この兄がレスラー系の女の子が好みだと言うのならば、そこはしっかりと受け止めよう!


 しかし、長年一緒にいたのに、まさかそんなタイプが好きだとは微塵も思ってなかった!


(飛鳥兄ぃが、彼女作らないのって、もしかして 好みの女の子に巡り合わないからなんじゃ……)


 そして、 その勘違いは更に急加速する。


「あ、そうだった!」


 だが、そんな困惑する双子に気づくことなく、飛鳥は急に声を上げると


「俺、今から ピアノの練習するから、少しうるさいかも?」


「あ……うん。わかった」


 そう言うと、飛鳥はソファーから立ちあがると「もう、ケンカするなよ」と改めて忠告し、再びリビングから出ていった。


 そして、そんな兄の姿を見て、華がボソリと一言。


「飛鳥兄ぃって……本当なんでもできるよね~?」


「ピアノまで弾けるんだからな。ある意味完璧だろうな?」


「まー、運動は苦手みたいだけどね? でも、みんなにスペック高いって言われるのもわかるよねー。本当に王子様みたいだし」


「好みのタイプが レスラー系なのには、驚いたけどな……」


「うん、それは私もビックリした……っ」


 ~~♪♪


 先ほどの話を思い出し、再び双子が、顔を曇らせると、どうやら兄が自室でピアノの練習をはじめたらしい。微かにピアノの音が響き始めた。


「「…………」」


 だが、双子はその音を聞いた瞬間


 ────バタン!!!!


「ちょっと、飛鳥兄ぃ!!」


 勢いよく飛鳥の部屋に駆け込んだ双子は、大きく声を発した!


「?」


 飛鳥は、突然突入してきた双子をみて、電子ピアノを弾いていた指をピタリととめると


「え?なに?」


「前から思ってたんだけど、その見た目でピアノ弾くのに『童謡』ってどういうこと!?」


「もう「森のくまさん」も「かえるの合唱」も「チューリップ」も聞きあきたんだけど!!!たまにはクラシックとか、まともな曲弾けよ!!」


「なんでキレてんの!?」


 そう、兄が弾く曲は基本的に 童謡ばかりだった。なぜなら、飛鳥がピアノを練習するのは、あくまでも保育士を目指すからであり、大学の音楽で学ぶのも基本、童謡がメインだからだ。


「ピアノ弾けるって聞いて、誰が 童謡弾いてるなんて思う!? なに、この残念なイケメン!」


「もうこれ以上、オレたちの期待を裏切らないでほしい……っ」


「お前ら、俺に何を求めてるの?」


 スペックは高いのかもしれないが、どこか節々に感じるこの残念オーラに、やはり現実はこんなもんだと、華と蓮は改めて実感するのであった。

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