第97話 映画とタイプ

「う……すっごく、いい話だったッ」


 リビングのソファーに膝を抱えながら座っていた華が、涙目になり、すすり泣きながら声を上げる。


 日曜の午後ともあり、時間を持て余した華は、友人から借りてきたDVDを鑑賞していたのだが、どうやら感動のラストを見たせいで、涙を抑えきれなくなったようだった。


「いいなーこんな恋愛してみたい」

「いや、華には無理だろ」


 タオルで目を押さえながら、つぶやいた華の言葉に、床にすわり、ローテーブルの上に数冊積み上げた漫画を、すでに二冊読破し三冊目に移った蓮が小さくつっこむ。


 どうやら蓮は、ただひたすら甘い映画の王道展開に、途中で飽きてしまったようだった。


「もう! なんで蓮は、 この感動的なラストが心に響かないの!?」


「だって、途中から展開見えてたじゃん。確実にあの男が助けに来るってわかってたじゃん。なんかしらける」


「ちょっ……あんた絶対、主人公にはなれないタイプだ!!」


「そういう華は、 ヒロインにはなれないだろ?」


「はぁ!? なにそれ~」


「少女漫画とかドラマのヒロインって、可愛くて、家庭的でピュアな子って大体相場は決まってんじゃん。華は家庭的じゃないし、女捨ててるし、ピュアでもないし!」


「言いたい放題!? ほんと可愛くない弟!!」


「別に、可愛くなくてけっこうでーす」


 素知らぬ顔で返事を返すと、蓮は再び漫画を読み始め、華は悔しそうに眉を顰める。


「も~どうして蓮は、もっと純粋な目で物語を楽しめないの? 喧嘩ばかりしてた二人が色々あって、最終的には結ばれるなんて……あ!」


 だが、そこまでいいかけて、華は


「そういえばさ……飛鳥兄ぃ、この前凄く機嫌悪かったじゃん。あれ女の子と喧嘩したらしいよ?」


「ん?」


 突如放たれた華の言葉に、今度は蓮は首を傾げる。


「何言ってんの? あの兄貴が女の子と喧嘩になるわけないじゃん」


「だよね!! おかしいよね!? でもこれが本当なんだよ!! なんせ本人がそう言ったんだからね!」


「またいつもの冗談じゃないの?」


「ちょっと、真面目にきいてよ!」


「聞いてるよ」


 華が蓮をひとにらみすると、蓮は涼しげな顔で返事を返す。


「もしかして、 彼女かとおもって聞いてみたけど、違ったし。むしろ天敵扱いだよ?」


「天敵? それ、よっぽど酷いこと言われたんじゃないの? 尋常じゃなくイラついてたし」


「でも、次の日にはケロッとしてたんだよね?むしろ……」


 どこか、雰囲気も和らいでいたような……。


「てか、お前なにイラついてんの?」


「!?……別に、イラついてるわけじゃ……ただ、飛鳥兄ぃが、珍しく女の人の話なんてするから……なんか……っ」


 幸せになってほしいのは確かなのに、兄もいつか彼女を作って、結婚して、新しく『家族』を作るのかな?


 そう考えると、不思議と寂しくなるのは、なぜなのだろう……


「お前、 そのブラコンなんとかしろよ。だから、華はヒロインにはなれないんだよ」


「もう! また、その話。大体、私ブラコンじゃないし!!」


 ──ガチャ。


「おい……さっきから、なにケンカしてんの? 俺の部屋まで聞こえてんだけど?」


 すると、なにやら騒がしい二人の声を聞き、部屋にいたはずの飛鳥が、難しい顔をしてリビングに顔を出した。


 なんの話しをしていたのかまではわからなかったが、飛鳥が、ケンカの原因を探りつつ二人をみると、エンドロールが流れるテレビをみて、何となくその原因を察し、腕を組む。


「飛鳥兄ぃ、聞いてよ! 蓮ってば、私はヒロインにはなれないとか言うんだよ! コイツ女心全然わかってない!」


「わからなくてけっこう…華こそ、もっと現実みろよ! どこの世界にあんなハイスペックなイケメンがいるんだ……」


「……」


 いや、いましたね。目の前に……


「飛鳥兄ぃは、まさにそうでしょうが!!」


「あのな、兄貴は血と涙と努力の結晶が生んだ奇跡的なイケメンなんだよ!? あんな、生まれた時から文武両道だったような二次元のイケメン共と一緒にすんな!」


「うるさい!!」


 ヒートアップし始めた双子の喧嘩に、飛鳥はにっこり笑顔で低い声を発すると、二人に制止の合図を出す。


 そして、リモコンをとりDVDをとめると、テーブルの上に投げ出された、その映画のパッケージを見ながら、膝を抱えて座ってる華の横に腰を下ろした。


 一息つくように、ふかふかのソファーに身をゆだね、そのパッケージを見れば、それは高校生の男女の恋愛映画のようだった。


「全く、映画ひとつで、なにもめてんだか? でも、確かに蓮のいうとおり、華はヒロインにはなれないかもね」


「えー飛鳥兄ぃまで、そんなこと言うの!?」


「先日ナンパされたときのこと、思い出してみろよ。ヒロインにはなれる女は、あそこで王子様があらわれるんだよ。助けに来たの誰だった? 俺だろ?」


「く……っ」


「身内に助けられてちゃ、一生、恋ははじまらないよねー」


「ちなみに、少年漫画のヒロインはたいてい、 巨乳だからな」


「少年漫画のヒロインにもなれないんですか、私は!? てか、失礼! これでも少しずつ大きくなってるんですけど!?」


「え? どこが?」


「もぅ!! なんでうちには姉や妹がいないんだろう。いたら語り合えたのに……!」


 ふてくされソファーの上にあった小ぶりのクッションを抱きしめると、華は女が自分一人しかいないことにむくれて不満げな顔をする。


「見た目、姉な兄貴ならいるだろ?」


「いや、 見た目が姉でも中身が男なら、全く意味ないから、それ」


「誰の見た目が、姉だって? 本気で、黙らせようか?」


 自分の左右で駆け巡る双子のやり取りに、飛鳥はいつもの笑顔で権勢する。


「てかさ……飛鳥兄ぃみたいな人と付き合う女の子って、やっぱりヒロイン属性、高いの?」


「ヒロイン属性って何?」


「いや、飛鳥兄ぃ絵にかいたようなイケメンだし、彼女になる人って、やっぱり漫画のヒロインみたいに、可愛くて家庭的でピュアな子となのかなっとか思って?」


「そんなことないよ……(みんな普通の子だったし……)」


「てか、兄貴は好みのタイプとかあるの?」


「いや、特にない」


「えー、少しくらいはあるでしょ! それに、私よく聞かれるんだよ! この際だから教えてよ、好きなタイプ!」


「……」


 すると飛鳥は、とたんに困ったような表情を見せた。

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