第29話 人気者と救世主


「ねーねー、あんただよな? 桜聖大の神木くんて」


「!?」


 瞬間、飛鳥は目を見張った。


(なんで、コイツ……っ)


 額にじわりと嫌な汗をかく。


 無理もない。飛鳥はこの男に名乗った覚えもなければ、会った記憶すらないのだから。


「実はさー。桜聖大にスッゲーイケメンがいるって、うちの大学で噂になってさ」


 すると男は、またヘラヘラと腑抜け笑顔を浮かべながら、飛鳥に話しはじめた。


「しかも、金髪碧眼だって言うから、すぐ分かったよ。マジで噂以上の美人じゃん! あんたもしかして、モデルとかしてる? その見た目なら、マジモテるっしょ?」


「……」


「俺さ、実はこの前ゲームで負けちゃってさー。罰として『君の写真とってこい』って言われちゃったんだよね。だからさー、悪いけど、見逃してくんない?」


 不愉快な言葉の羅列に、苛立ちが募る。どうやら男は、近隣の大学に通う学生らしい。


 だが、罰ゲームだかなんだかしらないが、なぜそれで、自分が写真を撮られなくてはならないのか。


「それ、俺には関係ないよね。消せ。今すぐ」


「おー怖。アンタ見かけによらず口悪いんだね。さっきは、あんなに綺麗な顔して笑ってたのにー」


「……」


 スマホの中の飛鳥と見比べながら、男が嘲笑えば、その態度や言動には、ほとほと呆れるばかりだった。

 

 だが、こういう容姿をしていると、変な奴にからまれのは、ある意味日常茶飯事だ。


 それでも、大抵のやからは軽くあしらうか、睨みつけでもすれば去っていくのだが、どうやらこの男は、睨み付けたくらいでは、ものともしないらしい。


 まぁ、本人の目の前で堂々と写真を撮るくらいのやつだ。そのくらいの肝は、据わっているのかもしれない。


(さて、どうするな……)


 このまま引き下がれば、後々厄介なことになりそうだ──と、飛鳥はガードレールから離れ、ジッとその男を睨みつけた。


 あまり、手荒なことはしたくないが、悪いのはあちらの方。それに、なんとしても、写真は消去させておきたい。


 だが、その瞬間──


「あー!! イケメン困らせて喜んでるダメ男、発見~!」


「!?」


 突如、別の声が、割こんできた。

 明るい男の声。それにより、飛鳥は驚き、動きをとめる。


「はぁ?誰だよ、お前」


 すると、黒髪の男も同時に、その声の持ち主に視線を向けた。

 

 そして、左方から現れたのは、人なっこそうな顔をした


 そして、その茶髪の男を、黒髪の男が威圧すれば、その茶髪の男は、自分のスマホを見せつけるよう黒髪の男に差し出してきた。


「見て見て~動画バッチし~! これ晒したら、アンタ明日から有名人だよ!」


「!?」


 手にしたスマホには、証拠と言わんばかりに、先ほどの飛鳥との一連のやり取りが映っていた。しかも、音声までしっかり。


「もしかして、写真撮るために、つけ回してたとか? なら、もう立派なストーカーだよね~、これ、どんだけRTされるかな~」


「は?……てめ、ふざけてんのか!?」


「ふざけてんのどっち。それ肖像権の侵害じゃん。勝手に写真撮られるとか誰だって嫌なのに、見逃してとかアホまるだし!」


「るせっ……! 消せよそれ!!」


「えー、じゃぁ、まずそっちからでしょ~はい。貸して、俺が消すから!」


「あ、ちょ──」


 茶髪の男は、容赦なく男からスマホを奪い取ると、先程撮られた飛鳥の画像をあっさり削除する。


「バックアップはとってないみたいだし、大丈夫かな。はい。じゃ、俺のも消すから、ちゃんとみててね~」


「……っ、最悪っ」


「次からは、人に迷惑かからない罰ゲーム考えた方がいいよ」


「っ、うるせー!!」


 目の前でしっかりとその動画を削除すると、その黒髪の男は、まるで負け犬のようなセリフを吐き、慌てて走り去っていった。


 そして、そのあっという間の出来事に、飛鳥は唖然とする。


 なぜか、勝手に解決してしまった。


「あの……」


 呆然としつつも、助けてくれたのだと理解した飛鳥は、お礼を言おうと、その茶髪の男に声をかけた。


「…か、かかッ……!」


「?」


 だが、その男は、なぜかスマホを手にしたまま肩を震わせていて、飛鳥が、どうしたのかと再びその顔を覗き込むと


「神木くん!!!!」

「!?」


 瞬間、名前を呼ばれたかとおもえば、その男は、飛鳥の手を両手でギュッと握りしめてきた。


 そして──


「神木くん! 俺、あなたのファンなんです!!!!」


「!?」





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