第425話 美味と空気
「「あ……」」
お互いの手がピッタリと重なった瞬間、二人の声も同時に重なった。
どうやら、同じタイミングでソースを手にとってしまったらしい。あかりの手を、飛鳥が包み込むように掴んでいた。
だが、ここで動揺してはいけない。
あかりは、ぐっと息をつめた。
もし、恥じらったりすれば、神木さんに、好きだと気づかれてしまうかもしれない。
「あ、ごめん」
「いや、謝るなら離してください」
だが、にっこり笑った飛鳥は、謝りつつも、あかりの手を離そうとはしなかった。
そして、そんな飛鳥に、あかりは、戸惑う。
手を引っ込めたくても、上からホールドされていて、離すに離せない。
しかし、なぜ?
というか、いつまで掴んでるの?
見つめる先では、飛鳥が、どこかイタズラめいた笑みを浮かべていた。
この姿をみれば、明らかにワザとだ!
しかも、今は、あなたのご妹弟が、目の前にいるですけど!?
いいんですか!
女の手を掴んでるところを見られても!?
(離して、今すぐ離して……!)
(めちゃくちゃ、困ってる)
必死に目で『離せ』と訴えるあかりをみて、飛鳥は、楽しそうに微笑む。
先日は、あんなに顔を真っ赤にしていたのに、今は、そうならないように必死らしい。だが、それが、また可愛くて、つい意地悪をしてしまう。
ちなみに、あかりは知らないが、飛鳥は、前にあかりを抱きしめたところを、双子に目撃されているため、手が触れたところを見られるのは、痛くも痒くもなかった。
「ごめん、ごめん。ソースどうぞ」
「いぇ、私はあとでいいので、神木さんから、どうぞ」
すると、やっとのこと飛鳥が手を離してくれて、あかりは、同時にソースから手を引っ込めた。
先に使うと、渡す時に、また手を掴まれる可能性がある。あかりは、それを阻止するため、速やかに飛鳥に譲った。だが、飛鳥は……
「いいよ、先に使って」
「いえ。家主を差し置いて、私が先に使うわけには」
「なにいってんの。あかりは、俺の大事なお客様なんだから、遠慮しなくていいよ」
「お、おれの……っ」
「あ、それとも、俺にかけてほしい? いいよ、たっぷり愛情こめてかけてあげる♡」
「なに言ってるんですか?」
恥ずかしげもなく発せられた言葉を、あかりが、真顔で打ち返す。
というか、びっくりした!
もう気を抜くと、どこから実弾が飛んでくるか変わらない!!
(さっきから、なんなの? 『俺の大事な』とか『愛情こめて』とか!)
先週から、明らかにおかしい。
ふったあとから、急激に、神木さんがおかしくなった!
(やっぱり、気づかれてるのかも、私の気持ち……っ)
そして、最悪の事態を想定し、あかりは息を飲んだ。
もし、気づかれていたら?
だが、それも、ありえない話ではなかった。
先日、押し倒された時や『好き?』と聞かれたとき、明らかに感情が顔に出てしまっていた。
だって、恥ずかしくてしかたなかった。
好きな人に押し倒されて、動揺せずにいられるほど、あかりは、男性経験が豊富ではない。
いや、男性経験どころか、お付き合い一つした事がないのだ。まさに、初恋状態のあかりには、どうしたって出来る芸当ではない。
だが、仮に、この気持ちに気づかれていたとしても、神木さんの気持ちに、こたえるわけにはいかない!
「ふざけてないで、早く食べてください」
すると、あくまでも、おふざけと言ってつっぱねると、あかりは、飛鳥にソースをかけられる前にと、自分からかけた。
そんな恥ずかしいところ、双子に見られたくない。
そして、ここを切り抜けるには、もう食べるしかなかった。
そうだ!
高速で食べて、ずらかるしかない!!
だが、そんなあかりと飛鳥を見つめながら、双子は、顔が赤らむのを、必死に我慢していた。
(なんか見てて恥ずかしいけど、頑張れ兄貴。食事のあとは、俺が、あかりさんをゲームにさそうから)
(そして、ゲームのあとは、私が、お風呂を進めて、あわよくば、一晩泊まっててもらおう!)
まさか、お泊まりまで計画してるとは、あかりはもちろん、飛鳥も思うまい。
しかし、可能な限り兄のサポートを!
双子は、この機を逃すまいと必死だった。
だが、あかりはあかりで、まさか双子がそんな恐ろしい計画を企てているとは知らず、早く食べて帰ろうと、お好み焼きにマヨネーズをかける。
そして、すぐさま、お好み焼きをパクリ。
(っ……美味しい!)
するとそれは、まるで、光り輝くような美味しさだった。
外はカリッと、しかし、中はふわっと。
見た目も美味しそうだったが、味も素晴らしい!
これは、よき母になると、双子が推薦するだけある!
「神木さん、このお好み焼き、とても美味しいです! この味なら、どこに嫁いでも、やって行けると思います!」
「いや、なんで、俺が嫁ぐの?」
あかりの言葉に、飛鳥が、真顔で返した。
一応、これでも長男。昔ながらの形式になぞらえれば、神木家を継ぐのは、もちろん飛鳥!
なのだが……
「兄貴、何言ってんだよ! (あかりさんが)嫁いでくれっていうなら、嫁げよ!」
「そうだよー。今どき長男が、家を継ぐとか考え古すぎ! なんなら、私がお婿さんとってもいいし、お父さんだって、きっと許してくれよ」
「いや、なんでそうなるの? 俺、嫁ぎたいとは一言も言ってないんだけど。それに、父さんは『絶対に嫁にはやれない』って言ってたよ」
「「なんだと!?」」
双子の声がハモった。
まさか、父が、兄の手放しを拒絶していたとは!?
だが、そんな神木家の姿を見て、あかりが、くすくすと笑いだす。
(やっぱり、あったかいなぁ、神木さんちは)
何度訪れても、いつも優しくて、温かい。
そして、この雰囲気は、同時に実家にいた頃を思い出す。
父と母と、弟の理久。
四人で食卓を囲んでいた頃を……
あの優しい空間が、あかりは大好きだった。
だが、その幸せな場所を手放して、あかりは、この街にきた。
(早く、ここから出なきゃ……っ)
この街にきたのは、一人で生きていくためだ。
なら、いつまでも、この空気に浸っていてはいけない。
だって、この家族に囲まれていたら
私は、きっと、一人では生きられなくなる。
だから、早く。
早く離れなきゃ……っ
私の意思が、揺らいでしまう前に──…
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139558127362080
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます