第436話 結婚と子供


「あかりが付き合わない理由って、やっぱり俺が、のが原因かな?」


「は?」


 だが、次に飛鳥から放たれた言葉に、隆臣は短く声を発した。


 もちろん、言ってる意味は分かる。

 この眩いばかりの絶世の美男子が相手なのだ。


 今だって、喫茶店にいる客たちが、飛鳥を見つめては、ヒソヒソと話している。


 もう見慣れた光景だが、飛鳥は街を歩くだけで、常に注目を集めるほど、顔がいい。

 

 だからこそ、普通の男が言えば『ナルシストだ』と一蹴されそうなこの発言も、飛鳥だからこそ納得できる部分がある。


「えーと……なんだって?」


 だが、そこを、あえて隆臣が聞き返した。

 すると、飛鳥は


「だってさ。俺、ぶっちゃけ、可愛いかもなーって?」


「…………」


 にっこりと、それでいてお茶目に返した飛鳥は、確かに可愛いかった。


 もちろんこれは、あかりが可愛くないわけでなく、目の前にいる男が、可愛いすぎるだけなのだが……


「お前、やっぱ、振られていいと思う!」


「なにそれ。俺、真面目に話してるんだけど」


「真面目には聞こえねーよ!!」


 自分の好きな人を捕まえて、その人よりも自分の方が、可愛いだと!?


 いや、しかし、どちらの見た目が可愛いかと言われたら、やはり飛鳥に軍配が上がるのだろうか?


 もちろん、これは決して、あかりさんの見た目が悪いわけではない! そう、断じてない!!


 だが、何度も言うが、飛鳥が綺麗すぎるのが悪い!


 この絶世の美男子を前にすれば、そこら辺の女子たちは、みんな負けてしまうのだから、もうどうしようもない!!


「お前、今の発言、あかりさんの前でしてみろ! 絶対、嫌われぞ!」


「言わないよ、あかりの前じゃ。でも、色々考えたんだけど、それしか原因が思い浮かばなくて」


「まぁ、この前、あかりさんの前で、女装したって言ってたしな」


「うん。そうなんだよね。自分でいうのもなんだけど、めちゃくちゃ似合ってて、もう美少女にしかみえなかった」


「ほんと自分で言うのもどうかと思うぞ。でも、お前の女装姿は、誰が見ても完璧だって言うと思う」


「そうなんだよね。この前、あかりも絶賛しててさ……それで、思ったんだけど、やっぱり、自分より綺麗な男と付き合うのって、抵抗あったりするのかな?」


 女子の気持ちは、女子にしか分からない。


 だからこそ、飛鳥は、あかりさんが付き合えない理由が、自分が綺麗すぎるからだと考えたのかもしれない。


 だが、女子の気持ちはわからないが、自分が、もし女だったらと仮定したら、自分より綺麗な男と付き合うのは、抵抗があるような気がする!!


「それは、そうだろうよ。今まで付き合ってきた女子は、みんな、お前のに惹かれたんだろうが、あかりさんは、見た目に惹かれたわけじゃなさそうだしな」


「あはは……やっぱ、そうだよねー」


 嬉しいやら、悲しいやら。乾いた笑顔を浮かべた飛鳥は、その後、深くため息をついた。


 見た目ではなく、中身を好きになってくれたのは純粋に嬉しい。だが、この見た目のせいで、付き合うのを拒まれているなら、飛鳥には、どうすることも出来ない。


 あかりが、胸の大きさは変えられないといっていたように、飛鳥だって、生まれ持ったこの美貌は、変えることは出来ないのだから。


 しかも、問題はそれだけじゃなかった。


 なぜなら、この美貌のせいで、飛鳥は、時折トラブルに巻き込まれてしまう。そして、そんな飛鳥と付き合うということは、あかりまでトラブルに巻き込まれてしまうと言うことなのだから!


「あかりさんも災難だな。こんなトラブルの中心にいるようなやつに好かれて」


「なにそれ。俺だって、好きでトラブルに巻き込まれてるわけじゃないんだよ」 


「そりゃそうかもしれないが、付き合ったら、大事になるのは目に見えてるだろ。そのトラブルに、あかりさんを巻き込むことについて、罪悪感はないのか?」


「そんなこと言ってたら、俺、一生、結婚できないじゃん」


「け、結婚って……っ」


 え!?

 まさか、もう、そこまで考えてるのか!?


 結婚を考えるほど本気ってことか!?


 いやいや、ちょっと待て!

 だが、流石に、それは重すぎる!!


「お前、まだ付き合ってもないのに、結婚は、ぶっ飛びすぎだろ!」


「わかってるよ。あかりは、結婚したくないみたいだし」


「そりゃ、お前と結婚したらどうなるか」


「いや、俺とじゃなくて、誰とも結婚したくないみたい」


「誰とも?」

 

「うん。恋も結婚もせず、一人で生きていきたいんだって。それに、だいぶ前に『子供は6人くらいほしい』って俺が言ったら、あかりは一人も欲しくないって言ってて……なんか俺たち、結婚とか子供に関する考えは、真逆なんだよね」


(お前ら、一体どこまで進んでるんだよ!?)


 全然、進展してないと思っていたら、もう結婚とか、子供の話までするほどの仲なのか!?


 しかも──


「お前、子供、6人も欲しいのかよ!?」


「え? 食いつくのそこ? まぁ、子供は好きだし、育児だって、それなりにできるし」


「だからって、6人はないだろ」


「なんで?」


「なんでって、産むのあかりさんだろ!」


「そりゃそうでしょ、俺は産めないし──て、話が飛躍しすぎ! まだ、付き合ってもいないのに」


「お前が、結婚とか言い出すからだろ!!」


 なにやら、話があさってに飛びまくる。


 だが、今大事なのは、結婚のことでも、子供のことでもなく、あかりさんが、なぜ飛鳥と付き合ってくれないのかだ!


「結婚なんてほのめかすから、怖がってるんじゃないか?」


「なんで、俺との結婚がホラー化してんの。てか、今の話は、お互いにの世間話だよ。結婚したいなんて、あかりには一言も言ってないし」


「そ、そうか……それなら、よかった」


 付き合ってもないのに、結婚とか、子供の話なんてしだしたら、かなり痛い男だ。


 自分の友人が重すぎるやつじゃなくて、隆臣はホッとする。


 だが、重くはなくても、飛鳥がトラブル体質であることに変わりはなく、隆臣は、あらためて忠告することにした。


「まぁ、デートをするのはいいが、あかりさんに嫌われないよう気をつけろよ」


「え? 嫌われる?」


「だって、そうだろ。あかりさんは、お前に嫌われたがってるみたいが、デートの出来次第じゃ、お前が、あかりさんに嫌われる可能性だってあると思うぞ」


 ガチャン!


 その瞬間、飛鳥が手にしていたスプーンが、手元から滑り落ちた。


 どうやら、珍しく動揺してるらしい。


 だが、まさに盲点だった。

 自分が、あかりに嫌われる可能性があるなんて!


「ちょっと待って、初デートって、そんなにハードル高いの!?」


「そりゃ、初デートで失敗して、嫌われるパターンなんて山ほどあるだろ。お前、普通に映画見に行くだけだと思ってただろ」


「思ってたよ!」


 これだけモテ散らかしてきた飛鳥だが、自分から好きになったのは初めてのことで、ことごとく恋愛初心者だった。


 きっと、デートのプランなんて何も考えず、のうのうと過ごしていたに違いない。


「まぁ、頑張れよ。両想いだからって、余裕ぶっかましてたら『神木さんとのデート、全然楽しくなーい』って言われて、完全に振られるぞ。だから、嫌われたくなかったら、何がなんでもトラブルに巻き込むことなく、スマートにエスコートしてこいよ」


「なんか今、とんでもなく、ハードル爆上がりした気がするんだけど!?」


 ただでさえ、トラブルに巻き込まれやすい美人すぎる飛鳥くん!


 果たして、初デートは無事に終われのか!?


 隆臣は、親友の恋が上手くいくことを、影ながら祈ったのだった。

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