第435話 美男子とWデート


「え? あかり、俺に嫌われようとしてんの?」

 

 数日後、飛鳥を喫茶店に呼びだした隆臣は、その話を、しっかり飛鳥に伝えていた。


 もちろん、あかりにはナイショでである!


「あぁ、お前の嫌いな女子のタイプを、俺に聞いてきたぞ」


「へー、バカだなーあかりも。俺に筒抜けになるともしらないで」


 新作のストロベリーパフェを食べながら、飛鳥が、にこやかに笑う。


 まさか、筒抜けになるなんて、あかりは思ってもいないだろう。


 だが、そのあかりが、あまりにも必死すぎたものだから、隆臣は、どうしても忠告したくなってしまった。


「飛鳥。お前、あかりさんのこと、いじめるなよな」


「はぁ? 俺がいつ、いじめたんだよ」


「だって、あーまでして嫌われようとしてんだぞ! なんだか可哀想で!」


 あかりは、酷く困った様子だった。


 そして、その切実な姿に、隆臣の情は、あっさり流れかけていた。


 なにより、飛鳥の友人として、10年以上付き合ってきた隆臣だからこそ、今のあかりの苦労が、手に取るように分かるのだ。


 この惑わす絶世の美男子に口説かれるということが、一体、どういうことなのか?


 それに、いくら飛鳥を応援していても、嫌がってるあかりさんを、無理やり、飛鳥とくっつけようとは思わない。


「お前が本気なのは分かってるが、あかりさん、すごく困ってるみたいだったし」


「そうかもね」


「そうかもって……だったら、ちょっとは手加減してやれよ!?」


「してるよ。じゃなきゃ今頃、大学中に噂が広まってたと思うよ」


「!?」


 平然と怖いことを言い放つ飛鳥に、隆臣は背筋を凍らせた。


 大学中に、噂がひろまったりしたから、あかりさんは、どうなってしまうのか!?


「まぁ、俺としては、噂が広まってもいいんだけどね」


「やめろ! それだけは、絶対やめろ!!」


「わかってるよ。だから、してるって言ってんの」


 パフェの上に飾られたイチゴをスプーンで掬い、飛鳥は、それを口元に運びながら答えた。


 甘酸っぱいイチゴとふわふわの生クリームの味わいは、今の心境と酷似こくじしている。


 両思いになったことを喜ぶ、ふわふわとした感情と、それと同時に、今度は自分から嫌われようとしているあかりに、なんとも言えない甘酸っぱさを覚える。


「お前、本当に映画館に行く気なのか?」


 すると、また隆臣が話しかけてきて


「うん、行くよ」


「大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。念の為、隣町まで行くし」


「そ、そうか……」


 デートひとつするにしても、人目を避けなくてはならないとは。


 しかし、この目立ちまくる美男子が一緒なら、念を入れるべきでもあって……


「気をつけろよ」


「ん? 何を?」


「ナンパとか、変質者とか……ていうか、映画は何を見に行くんだ?」


「ニャンピース」


「あぁ、あの猫のアニメの」


「うん、なんか肉球もらえるらしいよ、入場特典で」


「へー。華と蓮もつれてってやれば?」


「なんでだよ! それじゃデートとはいえないじゃん」


「いやいや。ギリギリWに見えるだろ」


「あいつら双子なんだけど」


「でも、たまに恋人同士に見られるって」


「まぁ、最近、身長差ついてきたし。蓮のやつ、また伸びたみたいだし」


「お前、そのうち抜かれるだろうな」


「抜かれないよ! 俺、なんだけど!!」


 隆臣の言葉に、飛鳥がこめかみに怒りマークを浮かべながら反論する。


 そりゃ、高校2年生になった蓮の背は、更に伸びてきた。だが、まだ追い抜かれる兆しは無い!


 そう、大丈夫!!


「ていうか、さっきからなんなの!? 妹弟連れてのデートとか、ありえないんだけど!」


「でも、あかりさんのためを思うなら、二人きりは避けた方がいいかと」


「隆ちゃん、どっちの味方なの?」


「どっち……なんだろうな?」


「あはは。まさか、10年来の友人より、バイト先の後輩を取る気じゃないよね?」


「……いや、まぁ、後輩に頼られたら、先輩としてはだな……それに、お前と10年も付き合ってると、あかりさんの気持ちが、よくわかるんだよ」


「なんで、隆ちゃんが、あかりの気持ちわかってんの? 俺、隆ちゃんを口説いたことは一度もないよ」


「口説かれてなくても、迷惑は、山のようにかけてるだろ」


「へー、だから、あかりの味方につくって。じゃぁ、俺に、蓮華をつれてけっていうなら、隆ちゃんも、次、彼女ができてデートする時は、つれてけよ」


「ふざけんな! 親同伴で、デートなんてできるか!? マザコンだと思って終わるだろうが!!」


「そんなこと言ったら、俺だって、シスコンでブラコンな兄バカだと思われて終わるだろ!」


「お前が、兄バカなのは、あかりさん、知ってると思うけど!?」


 あれやこれやとデート(?)についての議論が交わされる。


 あかりの心労を、少しでも減らしてやりたい隆臣と、絶対に嫌だと跳ね除ける飛鳥の攻防は、なかなか止むことがなく。


 だが、それが、しばらく続いたあと


「ていうか、映画見に行くの平日だし、双子あいつら、学校だよ」


「……あ、そうか」


「うん。それに、平日だから、休日よりは混まないだろうし、大学の知り合いに会う確率も低いと思うよ」


「…………」


 なるほど。一応、あかりさんのことも、考えて行動しているらしい。


「それじゃぁ、最後に確認するが、本当になんだよな?」


「うん、それは間違いないよ」


「じゃぁ、なんで、わざわざ嫌われようとしてるんだ」


「知らないよ、それは」


 淡々と返事をした飛鳥が、またもやパフェを頬張る。


 あかりが、飛鳥の気持ちを拒絶する理由。

 それに関しては、全く分からなかった。


 しかも、今度は、自ら嫌われようとしてるなんて


「ホント、可愛くないよね……嫌いになんて、なるわけないのに」


 すると、飛鳥が、零すように、ため息をついた。


 ちょっとやそっとで嫌いになれるような相手なら、ここまで追いかけてない。


 飛鳥にとって、あかりは特別な存在で、絶対に、この『絆』を離したくないからこそ、何度もほどこうとするあかりの糸を、何度だって結び直そうとしてる。


「……隆ちゃんは、どう思う?」


「何がだ?」


「だから、あかりが、俺と付き合わない理由って、なんだと思う?」


 縋るような表情で、飛鳥が見つめれば、隆臣は口ごもった。


 まるで弱音を吐くような、そんな飛鳥を見れば、隆臣の胸にも微かな痛みが宿る。


 こんなにも沢山の人々から好意を寄せられ続けて来た飛鳥が、初めて好きになった相手。


 だが、その相手は、飛鳥の気持ちには、全く答えくれないのだ。


 それを思えば、なんだか苦しくなった。


「やっぱり、あれが原因かな?」

「え?」


 すると、飛鳥が、またもや呟いた。

 酷く神妙な面持ちで、隆臣を見つめた飛鳥は


「あかりが、俺と付き合わない理由って、やっぱり俺が、のが原因かな?」


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