第478話 葉月と航太


「榊~!!」


「……!」


 声をかけられ、航太が目を向けば、そこには、華の友人である葉月はづきがいた。


 いつもと変わらず、ハツラツとした笑顔を浮かべる葉月は、パタパタと航太に駆け寄りながら


「まさか、こんな所で会うとは!」


「こんな所って。この神社、俺ん家みたいなもんだぞ」


「まー、そうだけどさー。でも、運営手伝うってきいてたし!」


「手伝ってたよ。でも、追い出された」


「追い出された?」


「あぁ。友達と一緒に、夏を楽しんでこいってさ」


「へー、じゃぁ、ちょうどよかった! これから、華と合流するんだけど、一緒にいかない?」


「は?」


 予想だにしなかった言葉に、航太は目を丸くする。


 神木たちと合流!?

 何を言い出すんだ、こいつは!?


「お前っ、何言ってんだ!」


「だって榊、今、ぼっちなんでしょー。だったら、一緒に回ればいいじゃん! 華のところには、弟くんもいるわけだしさー。それに、今日の華は、浴衣着てるんだって! みたいでしょう~、好きな子の浴衣姿♡」


「……っ」


 茶化すように、好きな子のことを仄めかされ、航太は頬を赤らめた。


 そして、なにより葉月は、航太が華に片思いをしていることを知っていた。


 これは、前に、みんなで遊園地に行った時に、見抜かれたからだ。


 だが、あの頃とは、大分、状況が変わった。

 だって、ふられてしまったのだから──


「いいよ。いかない」


「? なんでよ」


「あのさ、前に応援するって言ってくれたけど、俺、神木にフラれたんだ。だから、もう、応援とかしなくていいから」


「……え?」


 切実な航太の訴えに、葉月は、一瞬、思考をとめる。


 もちろん、華からも色々聞いているため、葉月は、今の状況をしっかりと把握している。


 榊は、華に『好きになって、ごめん』と謝ったらしい。


 そして『また、友達として仲良くして欲しい』と言ったようだった。


 つまり、もう完全に諦めてしまったのだろう。


 この恋は、終わったのだと──


「あー、もう! いいから、行くよ!」

「うわっ!」


 だが、そんな航太の腕を掴み、葉月は、神社の本殿の方へ歩き出した。


「華たち、今、本殿の前にいるって! お賽銭あげるみたいで」


「ちょ! 行かないって言ってんだろ!? それに、俺がいたら、神木は楽しめなくなるよ!」


「あのねぇ、アンタたちは、お互いに、気を遣いすぎなの! それに榊は、華が話しかけてこないから、話しかけちゃいけないと思ってるんだろうけど、それは華も同じ! 榊が話しかけないから、華も話しかけていいか迷ってんの! つーか、友達として接してほしいなら、まずはアンタが、友達らしく接しなさいよ!」


「……っ」


 クザクザとは歯に衣を着せぬ物言いに、航太は、息を詰つめた。


 友達らしく──確かに、その通りだ。

 でも、友達らしくって、どうするんだったっけ?


「……簡単に……言うなよ」

 

「簡単じゃん、話しかけるだけ。それに、華なら、ちゃんと返してくれるよ。この前、傘貸した時は、普通に話せたんでしょ?」


「それは……っ」


 確かに、あの時は、普通に話せた気がした。


 蓮が風邪をひいて学校を休んでいた日、神木は、その日、ずっと上の空で、きっと、蓮が心配だったんだろう。


 傘を忘れて、濡れて帰ろうとしているのに気づいて、思わず声をかけた。


 でも、あの時も、かなり勇気を出して声をかけたんだ。


 それに、今はもう、がないと話かけられない。

 

 でも、中村の言うとおりかもしれない。


 友達に戻りたいなら、まずは、自分から、友達として接するべきなのかもしれない。


 でも……


「友達に……戻れんのかな?」


 酷く弱気な声が響けば、葉月は足を止めた。


 祭りの賑やかさが嘘のように、航太の顔は、どんよりと沈んでいて、葉月は、そんな航太を見つめて


「戻りたいなら、逃げんな」


 だが、グサリと一太刀。

 心を裂くような言ノ葉が、二人の間に響いた。

 

 たしかに、逃げてる。

 これ以上、傷つくのが怖くて、近づけなくなってる。


 だけど──


「つーか、お前、もう、ちょっと優しくできねーの? こっちは、ふられて落ち込んでんだけで」


「はいはい。悪かったね。でも、人の縁なんて、絡みがなくなったら、どんどん細くなって、いつか切れちゃうんだから。華との縁を切りたくないって思ってるなら、怖くても絡んでいくしかないじゃん」


「……っ」


「つーか、言っとくけどね! 華にとっての榊は、だから!」


「はぁ?!」


「華には、大切な人がいっぱいいるの! まずは家族。その次が私。そんで、榊はそれ以外! 大切な人の大切な存在でいつづけたいなら、こっちだって大切だって伝えていくしかないんだよ! どんなに心の中で大事だって叫んでも、言葉や態度で示さなきゃ、相手には伝わんないんだから!」


「……っ」


 酷く弱った心に、更なる言葉が突き刺さる。


 そんなのよく分かってる。

 神木が、何を一番大切にしているかは──


 そして、家族それには、何があっても勝てないということも──…


「じゃぁ、どうすればいいんだよ」


 勝てる気なんてしない。

 あの家族には──

 

「まぁ、いいから、ついてきなさい。例え、話せなかったとしても、華の浴衣姿は、見る価値があるでしょ!」


「それは、そうだけど……っ」


 確かに、今日、見なければ、一生、お目にかかれないきがした。神木の浴衣姿は。


 それに……


(中村は、まだ応援してくれてんのかな?)


 なんだか、まだ、諦めるなと言われているようにも感じた。


 だから、また友達に戻れるよう、きっかけを作ってくれてる。


「お前、なんだかんだ、お人好しだよな」


「そう? つーか、榊は、ヘタレだよね」


「はぁ!? ヘタレじゃねーし?!」


「じゃぁ、今日は、逃げずに話しかけなよ。華と友だちに戻りたいなら、今日が最後のチャンスだと思え!」


「……っ」


 最後の──そう言われて、少しだけ、身が引き締まる思いがした。


 たしかに、これ以上、話さない期間が続いたら、きっと、もう他人になる。


 そして、他人になったら、苦い思い出として、心に刻まれるのかもしれない。


「……そうだな」


 小さく呟けば、葉月は『頑張れ』と激励しつつ、華達がいる本殿の方へと駆けだす。


 そして、そんな二人が過ぎ去る背後で、とある姉弟が、サラリと映り込む。


 それは、祭りにやってきた、あかりと理久だった。


 屋台が立ち並ぶ道筋を、のんびり進む二人は、何を食べようかと、屋台を吟味していた。


「いっぱいあるなー。でも、唐揚げ屋は、見つかんない」


「理久、とりあえず、たこ焼きでいいんじゃない?」


「あかりさーん!」


「……!」


 だが、その瞬間、どこからか『あかり』を呼ぶ声がした。


 キョロキョロと辺りを見回し、あかりは、音の出処を探る。このように騒がしい場所だと、余計に聞き取りづらい。


 だが、そうこうするうちに、理久の方が、いち早くいづいたらしい。


「姉ちゃん、あっち」

「え?」


 そう言って、理久が、たこ焼き屋の方を指させば、そこには、確かにがいた。


「こんばんはー! 浴衣、めちゃくちゃ似合ってますねー!」


 そう言ってて、あかりに向かって、意気揚々と声をかけてきたのは、飛鳥の信者でもある──武市たけち 大河たいがだった。







*後書き*https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330665105404241

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