第479話 たこ焼きと美人


「こんばんはー! 浴衣、めちゃくちゃ似合ってますねー!」


 ふと声のした方を見れば、そこには、飛鳥の友人である大河がいた。


 そして、目が合うなり、歩み寄ったあかりは、大河に向かって、丁寧に頭を下げる。


「こんばんは。アルバイト中ですか?」


「はい! 夏は稼ぎ時だし! あかりさんは、喫茶店のバイトは、どうですか? 慣れました?」


「あ、はい。なんとか」


 にこやかに笑いながら、あかりは、普段通りの会話をする。


 なにより、飛鳥からのLIMEを無視しているにも関わらず、大河やエレナは、普段通り話しかけてくるのだ。


 きっと、あかりが避けていることを知らないのだろう。


 そして、知らないということは、飛鳥が話していないということ。


「姉ちゃん。この人、知り合い?」


「え?」


 すると、今度は、理久が話かけてきて、あかりは、するりと答える。


「えぇ、大学の先輩」


「そうなんだ。初めまして、弟の理久です。姉が、いつもお世話になっております」


「え!? は、初めまして! 武市 大河です! この子、あかりさんの弟ですか!? メチャクチャ礼儀正しい子じゃないですか!?」


「そ、そうですか?」


 ──家では、けっこう生意気ですが?


 そんなことを思いつつも、あかりは、言葉を飲み込み、その後、手にしていた巾着から、財布をとりだした。

 

「あの、たこ焼きを一つ、お願いできますか?」


「はい、もちろん! しかし、いいっ……、姉弟で……て」


「え?」


「ん?」


「あ……ごめんなさい。よく、聞き取れなくて」


「あー、結構、騒がしいですもんね、祭りの会場って! 姉弟で一緒に祭りなんて、いいですねーって言ったんですよ。俺も妹がいるけど、もう長いこと会ってなくて」


「……そうなんですね」


 大河と話しつつ、あかりは、申し訳なさそうに眉を下げた。


(また、やっちゃった……っ)


 同じ話を、二度もさせてしまったと、あかりは自己嫌悪に陥る。


 祭りは好きだし、楽しい場所だ。


 だが、こういう騒がしい場所では、やはり聞き取りにくくなる。


 片耳しか聞こえないからか、いくら集中はしていても、限界がある。


 そして、そのせいで、よく迷惑をかけてしまい、その度に、世界から拒絶されたような感覚を覚える。


 どうして私は、みんなと同じようにできないのだろう──と。


「あ、そうだ。さっきを見かけましたよ!」


「え?」


 すると、ふたたび、話かけられ、あかりはキョトンと目を丸くする。


(い……今、なんて言ったの?)


 上手く聞き取れなかった。

 だが「カミキ」という単語だけは、はっきりと聞こえた。


 ということは──


「神木くん、今日も最高に輝いてました。俺、ちょうど接客中で、声かけられなかったんですけで、遠くから見てもカッコイイし、色っぽいし、綺麗だしで! あの姿を見れただけで、生きててよかったああああぁぁぁぁって、泣きそうになって!!!!」


「そ、そうなんですね」


 相変わらず、すごい!


 さすが信者!

 神木さんへの愛が凄まじい!

 

 そして、かなりの声量で叫んでくれたため、今回は、完璧に聞き取れた。

 

 そしてわかったのは、この祭りの会場に、神木さんが来ているということ。


(今、いるんだ。この会場の、どこかに……っ)


 心臓の鼓動が、ドクン、ドクンと早まる。


 だが、予想はしていた。

 

 昨年も、華ちゃんと蓮くんと一緒に行っていたから、もしかしたらと思っていた。


 でも、会うつもりはないし、できるなら逢いたくない。

 

(逢えば……きっと……っ)


 あかりは、早まる鼓動を、静かに押さえ付けた。

 胸の前に手をやり、小さく息をつく。


 だが、胸の奥に灯る火は、なぜか消えてくれない。

 

 完全に嫌われたと分かっているはずなのに、一度、自覚した想いは、そう簡単に消えるものではなかった。


 だからこそ、逢いたくない。

 逢えば、きっと……この胸は、もっと苦しくなる。

 

「ねぇ、聞いて~。今、小学校の方に、すっごい美人がいてさー!」


「……!」


 瞬間、どこからか、賑やかな声が聞こえてきた。


 たこ焼きやの隣、焼きそばを買っている団体が、ワイワイと話をしていた。


 どうやら、この祭りは、神社と小学校の二箇所を利用して、開催されているらしく、そして、それは、今あかり達がいる神社ではなく、小学校での話らしい。


「多分、女優かモデルかなー。金髪で目が青くて、めちゃくちゃ綺麗な人だった!」


「えー、女優なんて、こんな小さな町にこないでしょ!」


「いやいや、小さい町だから、お忍びできてるんじゃない?」


「…………」


 ガヤガヤと雑音にまじって放たれる会話。


 そして、それは、どこかで聞いたような話で、あかりは、小さく息を呑む。


 金髪で、目が青くて、めちゃくちゃ綺麗な人?

 そんなの、思い当たるのは、一人しかいない!


「きっと、神木くんですよ!」


「え?」


 すると、大河が意気揚々と答え


「金髪碧眼の美人なんて、神木くん以外ありえませんし! きっと、小学校の方に行けば、会えると思いますよ!」


「え、あ、えと……っ」


 なんだ、これは『行け』ということか!?


 もしかして、武市さんも、神木さんが私を好きなこと知ってる!?


 だが、言えるわけない!!

 

 『神木さんと付き合うつもりはないし、今は、絶賛、既読スルー中です!』なんて、この信者には、絶対言えない!!


(で、でも良かった……っ)

 

 だが、それと同時に、あかりは安堵していた。


 さすがに、あれだけの美貌を宿しているだけあり、あちらこちらで、みんなが、神木さんの噂をしている。


 そして、その噂のおかげで、彼がどこにいるかは、一目瞭然!


 つまり、居場所が分かるなら、そこを避けながら行動すれば、鉢合わせはしない。


(……これなら、なんとか逃げ切れそう)


 だが、そう思った時


「へー、小学校の方もあるんだ。姉ちゃん、行ってみない?」


「え!?」


 いきなり、理久が割り込んできて、あかりはびくッと肩を弾ませた。

 

 しかも、小学校に行きたい!?


「え、あ、あの……」


「どうしたの?」


「ど、ど、ど、どうもしないけど! ほら、私たち、まだお賽銭もあげてないいでしょ! たこ焼きも熱いうちに食べたいし、こっちの神社で、ゆっくりしてからでもいいんじゃないかな~!?」


「うん、まぁ……行けるなら、いつでもいいけど」


「じゃぁ、まずは、お参りしてから、のんびりたこ焼きを食べましょう~」


 カタコトになりながらも、なんとか、理久をごまかしたあかりは、ホッと胸をなでおろした。


(良かった……! 今、小学校に行ったら、絶対、鉢合わせする!)


 すると、そのタイミングで、たこ焼きが出来たらしい。大河は、あかりに袋をさしだしながら


「はい。どーぞ! 祭りたのしんでくださいね! 小学校の方には、お化け屋敷とか、ビンゴ大会とかも、やってるみたいですから! それと、神木くんにあった時は『たこ焼き買いに来て下さい』って言っといてください!」


「え? あ、はい……、伝えておきます」


 無理! 伝えるの、絶対ムリ!!


 ごめんなさい、武市さん!

 私、逢いません!

 今日は、絶対に逃げ切ります!!


 だから、伝えられないので、またあとで、私が、神木さんの分のたこ焼き買いに来ますから、許してください!!


(ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……!)

 

 心の中で、ひたすら謝りながら、あかりは、たこ焼きをうけとると、その後、理久をつれて、本殿の方へと歩き出した。


 カランコロンと、下駄の音が、参道に響く。

 

 そして、その空には、美しい宵月が、悠々と輝いていた。






https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330665262785028

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