第95話 自己嫌悪と変化
アレから一夜明け、日曜の朝。起床した飛鳥は、顔を洗い再び部屋に戻ると、昨日のことを思いだし深くため息をついた。
なぜなら飛鳥は、昨日、あかりに少し大人げない行動をとってしまったから。
(はぁ……女の子に痛いところつかれたからって、キレて逃げ帰るとか、俺何してんの?)
一晩たち、子供みたいな行動をとってしまったことに、飛鳥はひどく自己嫌悪する。
無理もない。相手は2つしか違わないとはいえ、年下だ。しかも、女の子相手に勝手に感情的になり、更には冷たく突き放すようなことまでいってしまった。
「はぁ……」
起床から二度目のため息は、先程よりもさらに深かった。とはいえ、今さら悔やんでも、仕方ない。
(……とりあえず、着替えるか)
そろそろ朝食の時間だろうと、飛鳥は気持ちを切り替え、部屋の中を移動すると、クローゼットの中から取り出した着替えを、ベッドの上に放り投げた。
着ている黒のTシャツに手をかけ、それを脱げば、細身だが均整の取れた上半身が露になる。
(……でも、なんでかな……不思議とスッキリしてるかも)
だが、着替えながら、どこか穏やかな自分の変化に気づいた。気分は確かにブルーなのに、一晩たち目が覚めると、意外と頭の中はスッキリしていた。
自分の気持ちに、少し整理がついたからか?
はたまた、気付かないようにしていた気持ちを、あかりに言われて、向き合うことになったからか?
(……意外と認めてしまうと、スッキリするもんだな)
小さく笑みを漏らすと、それまで強ばっていた表情が、どこか緩やかな落ち着いたものへと変わった。
悔しいが、あかりに言われた言葉は、不覚にも良い薬になったのかもしれない。
(でも、怖いとか嫌だとか、子供か、俺は……)
だが、その自分の未熟さには、やはり自己嫌悪するしかなく、飛鳥は乾いた笑みを浮かべつつ、脱いだTシャツをベッドの上に放りなげると、再び、あかりのことを思い浮かべた。
(
あかりの、あの雰囲気が苦手だ。
穏やかで、泣きたくなるような
────あの不思議な感覚。
きっと会えば、また昨日と同じように、弱音を吐いてしまうような気がした。
できるなら、それは避けたい。
────バタン!!
「飛鳥兄ぃ!! いつまで寝てんの!?」
「……!」
すると、突然部屋の扉が激しい音をたてて開かれた。
見れば、叩き起こしに来ました!と言わんばかりに、エプロン姿の華が飛鳥の部屋へと入ってくる。
「もう、ご飯、冷め──て、なんで裸!? 早く、服着てよ!?」
「……いや、なんで俺が怒られるの?」
タイミング悪く着替え中だったため、上半身裸の兄をみて華が迷惑そうな顔を見せる。だが、飛鳥からしたら、なんでこちらが悪いのか釈然としない。
「ご飯、できたの?」
「あ、うん。早く食べないと冷めちゃうよ?」
「わかった。着替えたら、すぐ行く」
「……」
昨日、兄は夕食にはしっかりと顔を出してくれた。
だが、いってはなんだが"機嫌の悪い兄"はその頃まだ健在で、 珍しく一切会話のない、それはそれは重苦しい空気の中での夕食となった。
そして兄は、その後早々に寝てしまったのか、一切部屋から出てくることはなく、華はそんな兄を心配しつつも、いつも通り明るく声をかけに来たのだが……
(あれ? あんなに怒ってたのに、なんかすっきりした顔してる)
今朝の兄を見ると、昨日とは一変、穏やかな表情を浮かべていた。
それも、張り付けたような作り笑いではなく、心なしか憑き物が落ちたかのような清々しい表情。
「飛鳥兄ぃ……やっぱり昨日、なにかあった?」
華がキョトンとした顔をして、兄に問いかける。すると飛鳥は
「いや、別に……ちょっと女の子と喧嘩しただけだよ(一方的に)」
「えぇ!? 女の子とケンカぁ!?」
だが、想像だにしていなかった返答に、華は、目を皿のようにして驚く。
この兄が、女の子とケンカしたなんて、今まで一度も聞いたことがない!
基本、女の子には優しく、それていて当たり障りない対応を心がけている兄だ。
そんな兄が、まさか女の子とケンカ!!?
「もしかして……今、彼女いるの?」
「は?」
華がポカンとして問いかけると、飛鳥は、その言葉に、とたんに顔を顰めた。
「何でそうなるの?」
「え、でも……喧嘩するほど、親密な仲ってことじゃないの?」
「親密って……アイツはそんなんじゃないよ。どっちかっていうと、天敵」
「天敵!?」
冗談じゃない──とでも言いたそうに、迷惑そうな顔を見せた飛鳥は、その後、華の背に手を添え、そっと部屋から押し出すような体勢をとった。
「それより、お前、男の部屋にいきなり入ってくるなよ」
「え? なんで?」
「何でって……そりゃ、色々あるだろ」
「色々……?」
「……」
兄の言う色々の意味が分からないのか、不思議そうに見上げてきた華をみて、飛鳥はまたニコリと笑う。
「いや、華に言った俺がバカだった。とりあえず、ノックぐらいしろよ」
すると、飛鳥は呆れつつ華を追い出すと、続けて部屋の扉をバタンと閉めた。
そして、部屋を追い出された華は、先程の兄の話を思いだし、首を傾げる。
(珍しいなー……飛鳥兄ぃが、女の人の話するなんて)
普段なら、兄から女の子の話題は一切上がらない。
(天敵って、どんな人なんだろう?)
興味半分。複雑な心境半分。
華は、兄の部屋の前で一人立ち尽くしながら、なんとも言えない表情を浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます