第152話 熱と涙
その後、熱を出した飛鳥のもとに、華がお粥をつくってきてくれた。
横になった身体を起こし、軽めの朝食をとり、また体温を計る。すると、体温計には37.9℃と先程より高い体温が表示された。
「さっきより、上がってるよ」
「兄貴、やっぱり昨日、雨に濡れた?」
兄を心配して、華と蓮が眉を下げた。すると飛鳥は、その言葉を聞いて、昨日のことを思い出す。
あかりが言うには、昨日、公園で倒れたあと、小雨が降り出したらしい。
多少は雨に濡れた気がしないでもないが、服はさほど濡れてなかったし、髪は多分、あかりが乾かしてくれたのか、正直、風邪をひくほど、雨に濡れた実感はない。
「いや、雨には濡れてないよ」
「ねぇ、やっぱり病院行こう。私、付き添うよ!」
「あのな、子供じゃないんだから……それにお前たち、今日テストあるだろ? たいしたことないし寝てれば治るよ。だから、早く準備して学校行ってこい」
「でも、お昼とか」
「この位の熱なら、自分で作れるよ。だから、大丈夫」
そういって、ニコリと笑う飛鳥に、双子達は、さらに眉をしかめた。この笑顔もきっと、心配をかけないように、無理に笑っているのだろう。
「華、準備するぞ」
「うん……」
だが、その笑顔に逆らうこともできず、蓮が華に声をかけると、華は渋々、兄のもとから立ち上がり、蓮のあとに続いた。
「じゃぁ。兄貴、今日はゆっくりしてね? あと、ほしいものあったらLIMEして、帰りに買ってくるから」
「分かった。行ってらっしゃい」
そう言って軽く手を振る兄を心配しつつも、双子は飛鳥の部屋を後にする。
◇
それから2人は、自室に戻り制服に着替えると、朝食をすませ、歯磨きをするため洗面台の前に立った。
「華、今日は少し早めに出るぞ」
「あ、うん……」
「あとお前、朝から変だぞ? どうしたんだよ?」
「……」
鏡の前に立った華をみて、蓮が横から声をかけた。すると華は、その蓮の言葉に、今朝の兄とのことを思い出す。
「飛鳥兄ぃさ。私達に、なにか謝らなきゃいけないことがあるのかな?」
「……え?」
瞬間、歯ブラシを手に取ろうとした蓮の手元が、ぴたりととまる。
「兄貴が、俺たちに?」
「うん。さっき魘されながら、ずっと謝ってたの。私達に『ごめん』って……」
「……変な夢でも見みてたんだろ? 俺は兄貴に謝って欲しいこともなければ、謝るような事された記憶もねーよ」
「そう、だよね……」
ただただ同意し、華は蓮に言葉を返した。
兄は、自分の青春を全て犠牲にして、自分たちと、ずっと一緒にいてくれた人だ。
部活をすることもなく、いつも通りの時間に帰宅しては、料理をし、勉強を見てくれた。
悪いことをしたら、しっかりしかってくれた。たまに喧嘩もしたけど、いつも優しく見守って、支えてくれた兄。
そんな兄が、謝らなきゃいけないことなんて、何一つない。……はずなのに。
「そういえば……昔、飛鳥兄ぃが、この洗面台の鏡を、割っちゃったことがあったでしょ。あれ、きっと自分の顔をみて"母親"のこと思い出したんだよね」
鏡を真っ直ぐに見つめると、華は兄が中学の時、目の前の鏡を叩き割った日のことを思い出した。
すると蓮も、同じように鏡を見つめ、その中の華に視線を合わせる。
「なんだ。お前、気づいてたのか?」
「そりゃぁ、あの時は私も小学生だったし、つまづいたって言葉、素直に信じてたけど、さすがに不自然すぎるでしょ。お兄ちゃんてさ、母親似なんだよね? 子供の頃に、そのお母さんと、何かあったのかな?」
「…………」
長い沈黙が続く。
だが、その後、聞き取れないくらいの小さなため息をつくと、蓮は華をみつめ、ぶっきらぼうな声をあげた。
「さぁな。そんなこと考えたって、仕方ないだろ」
「っ……なにそれ!? 蓮は飛鳥兄ぃが心配じゃないの!?」
「心配だよ。でも、兄貴が話さないことには、何もわからないし……それに、いくら似てるっていっても、兄貴自体あんな浮世離れした姿をしてるんだぞ。あんな顔の人が、他にもいるっていうなら、お目にかかってみた──」
だが、そこまで言いかけて、蓮は、ふとあることを思い出した。
あの雨の日。
蓮が傘を渡した、金髪の女の人──
「あ、……」
「? どうしたの?」
「え……いや……何でもない」
一瞬過ぎった、兄とよく似た女の人。
蓮は、さりげなく華から視線を逸らすが
「蓮! あんた今、なにか隠したでしょ!?」
「ッ……」
そんな蓮をみて、華は蓮のネクタイを掴み自分の方に引き寄せると、弟の顔をみて声を荒らげた。
(っ……こういう時、双子って不便だ)
二卵性とはいえ、ずっと同じ物を見続けてきた双子だからか、お互いの思考を無意識に感じ取ってしまうのは、昔からで
「あんたまで、私に隠し事しないでよね……っ」
「……」
だが、次の瞬間、今にも泣き出さそうな華の顔をみて、蓮は一度目を閉じると、諦めたのか、その後、深くため息をもらした。
「はぁ……別に、隠そうとした訳じゃない。ただ」
「ただ……?」
「俺、少し前に、兄貴によく似た女の人に会ったんだ。金髪で目が青くて、顔立ちも兄貴そっくりで」
「え?」
「でも、20代後半くらいの人だったし、とてもあんな大きな子供がいるような人には見えなかったよ。よくても、姉って感じだろうし。きっと、兄貴とは無関係だろ」
だから、話さなくてもいいと思った──そう言った蓮に、華はそのまま蓮のネクタイを掴んでいた手の力を緩める。
確かに、あんなに綺麗な兄に似た人なんて、そうはいないだろう。
でも、その人が兄に本当に似ているのなら、無関係とも言いきれない気がした。
もし、その人に会えたら
何か分かるかもしれない。
兄が教えてくれない
子供の頃のこと───
「華!」
「!?」
だが、今度はそんな華をみて、蓮が声を荒らげる。
「お前、今なに考えた?」
「っ……」
どこか怒っているような、諭すようなその蓮の声を聞いて、今度は華はバツが悪そうに視線をそらす。
(ッ……こういう時、双子って不便)
「家族だろ。影でこそこそ詮索するようなマネするなよな!」
蓮が華の思考を読み取り叱咤する。すると華は、その言葉を聞いて
「そうだよ、家族だよ! 血は半分しか繋がってないけど、飛鳥兄ぃは、私達の大事な家族だよ!! でも、だから、気になるんじゃん! 家族だから、知っておきたいんじゃん! 一番理解できる立場でいてあげたいのに、苦しんでても、悩んでても、知らなきゃ何も出来ない!!」
「……」
「お兄ちゃん、最近変だよ……私たちを見て、たまに悲しそうにするし、上の空なこともあるし! でも、何も知らないから! 何も話してくれないから! お兄ちゃんが何を考えてるのか、何を悩んでるのか、何で謝るのか! 何も……なにもわかんないッ!!」
肩を震わせながら、言葉を放つ華の瞳からは、ポロポロと涙が伝い始めた。
「家族……なのに……っ、ずっと一緒にいたのに……私たちお兄ちゃんのこと……まだちゃんと知らないんだよッ……なんで、なんで、お兄ちゃん、何も話してくれないのかな? なんで……っ」
とまらない涙をみて、蓮が悲しみにくれた顔で華を見つめると、慰めるように、その頬に伝う涙を指先で拭う。
「華、泣くなよ」
「だって……ッ」
「仕方ないだろ。兄貴にとって俺たちは」
まだ、"子供"なんだから───
洗面所には、悲しげな蓮の声が響く。
早く、追いつきたい。
一体、いつになったら、認めてもらえる?
いつになったら、話してくれる?
いつになったら……
あの兄と
同じ目線に、立てる───?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます