第69話 華と下校途中


 夕方5時半を回り、あかりと別れた飛鳥は、今来た道を戻りながら、先程の妙な感覚に疑問を抱いていた。


「あかり……か」


 あの子といると不思議と「懐かしい」感じがした。


 もしかしたら、昔どこかで会ったことがあるのかもと考えたが、残念ながら「あかり」という名前には全く覚えがなかった。


(華に、似てるからか?)


 結局、どんなに考えても、そこにしか行き着かない。だが、華に似てるからからといって、なぜ「懐かしく」なるのか?


 ピロン──!


「?」


 すると、急にポケットの中のスマホが音を立てた。着信音からして、アプリにメッセージが届いたのだろう。飛鳥は立ち止まり、スマホを取りだすとその画面を確認する。


「…………え?」





 ◇◇◇




 ──ピロリン!


 女子生徒から怒涛の質問攻めを終え、やっとのこと帰路にたどりついた華は、あの後、ショーウインドウが建ち並ぶ街の中を一人で歩いていた。


 夕方になり、少しばかり辺りは薄暗くなり始めた。だが、そこは街の中だけあり、人通りも多く、とても賑やかだった。


 そしてそんな中、華の元に一件のメッセージが届く。


 見ればその送り主は、中学で一緒だった友人の女の子からだった。


「あー、美空からだ!」


 懐かしい名前を見て、華は顔をほころばせた。美空とは、高校は別れてしまったが、時折、連絡をとっては、たまに出掛けたりもする。


 華は、すぐさま返信をしようと、側にあったファーストフード店の壁に寄りかかると、視線を下げスマホに文字を入力する。


(えーと……)


「ねぇ、君~」


「?」


 だが、スマホを操作している最中、急に頭上から呼び掛ける声が聞こえた。


 華が視線をあげると、そこには全く知らない男が二人、華を取り囲むようにして立っていて、華の思考は一旦停止する。


(え? だれ、コレ)


「君さ、桜聖高の子だよね?」


「え?……あ、はぃ」


「今一人? よかったらさ、これから俺らとカラオケいかない?」


(?……カラオケ?)


 その単語に、華は一瞬キョトンと目を丸くする。だが、言葉の真意に気づいたらしい。その後、華は


(あ、嘘、もしかして……ナンパされてる?)


 突然のことに軽くパニックになる。


 ナンパなんて初めてだし、今は蓮もいないし、何より、知らない人と、しかも男の人とカラオケなんて、怖すぎる!!


 華は、断って、早くこの場から退散しようと、苦笑いを浮かべながら、男たち返事をかえす。


「あの、すみません。私、急いで──」


 ドン──!!!?


「ひッ!?」


 だが、そそくさと男たちの前から逃げようとした瞬間、華の行く手を阻むように男の腕が伸びてきた。


 壁に手を付き、見事、華の逃げ道を塞いだ男。


 まさにそれは、壁ドンといってもよいくらいだったが、乙女なら一度は憧れる壁ドンが、こんなにも恐ろしいものだとは華は思いもしなかった。


「あ、あの……」


「今、スマホいじってたじゃん。暇なんでしょ?」


「あ……え、と」


 ──どうしよう。

 

 華は目を泳がせ、その場で固まってしまう。


 確かに立ち止まって、スマホをいじってたし、明らかに急いでいるようには見えなかったかもしれない。


 だが……


「あ、あの、ホントに私、急いでて……っ」


「まーそう言わないでさ~ちゃんと奢るし」


「そうそう! ちょっとだけ遊ぼうよ」


「……っ」


 瞬間、男の一人が華の肩に触れた。


 まるで、抱き寄せるように肩を寄せられ、触れられた場所からは、一気に嫌悪感が駆け巡る。


「ッ──離してください!!」


「えーかわいい~怯えちゃって♪」


「どこのカラオケ行く?」


「あの、だから……っ」


「大丈夫だって、俺たち優しいし、全然怖くないから!」


 こちらの意見など全く聞きもせず、無理矢理にでも連れていこうとする男たち。


 なんとかしなきゃ──華は、そう思い、近くを通る人々に目をむけたが、雑踏の中、会話の内容が聞こえていないのか、助けるどころか全く気づかれもしていなかった。


「あー、あっちにあるじゃん、カラオケ!」


「あ、そうだ。あとでID教えてよ」


 すると、近くにカラオケボックスを見つけた男たちは、楽しそうに笑い始めた。


(やだ、行きたくない……っ)


 相手は二人。それも自分よりも遥かに体格のよい男が相手となれば、まず、力で敵うはずもない。


(どうしよう……っ)


 周囲には人が、それなりに行き来していた。

 きっと、声をだせば気づいてくれる。


 だが、極度の不安と緊張のせいか、華は声を発することも出来ず、目の前の状況に、ただ不安を募らせることしか出来なかった。


「ほら、行こうか?」

「や……っ」


 すると、男の一人が華の腕をつかみ移動し始めた。

 店の中に入ったら、もう逃げられなくなる。華は、必死に抵抗しようとするが、男の力の方が華の何倍も強いようだった。


 そして、結局まともな抵抗もできないまま、華の体は、カラオケボックスの前へと誘われた。入口が近づくに連れて、無力さを実感してしまう。


 ──嫌だ。怖い。


 焦る気持ちが心拍を速め、華はそれでも必死に抵抗するが、男達は華を引きずり込もうと、更に力を込めると、華の目にはじわりと涙が滲んだ。


「っ、や……」


 嫌、嫌、誰か────ッ





「ねぇ──!」


「ッ……!?」


 だが、その瞬間、華の背後から声が聞こえた。


 聞きなれた声だった。

 華が大好きな人の声。


 だが、いつもよりも、どこか不機嫌そうな声──


「っ……ぉ、にぃ……ちゃん……っ」


 今にも泣き出しそうな顔で、華が声した方を見れば、そこには、睨み付けるようにして立つ金髪の青年の姿が目に入った。


 その人物に、華はほっとし、目を潤ませると、そんな華の姿をみて、兄の飛鳥は改めて男達を睨みつけた。


「ねえ、うちの妹に何してんの?」


「え? 妹? あ! もしかして、君この子のお姉ちゃんなの!?」


「マジかよ! ねーちゃん、超美人じゃん!!」


 いきなり現れた"金髪の美女"を見て、一層テンションが上がった男たちは、飛鳥見るなり、その腑抜けた顔を更に緩めた。


 どうやら『姉』と勘違いしているらしい。


 その言葉に、飛鳥は更に怒りを覚えたが、それに気づかない男は、ヘラヘラと飛鳥に近づくと


「ちょーどいいじゃん! 2、2でさー。お姉さんも俺たちとカラオケいこうよ!」


 と言って、飛鳥の肩に触れてきた。


 そのゲスな男の声に、華がどれほど怖い思いをしたのかを実感する。すると飛鳥は、その男の手にそっと自分の手を重ね、ニッコリと微笑みかけると


 ──ドサッ!!!


「ぐあぁ!?」


 一瞬だった。飛鳥が手を取った瞬間、瞬く間に硬いアスファルトの上にねじ伏せられた男は、叩き付けられた反動で大きく悲鳴を上げていた。


「痛ってぇぇぇぇ!!?」

「おい、大丈夫か!?」


 それを見て、もう一人の男が声を上げる。


 華奢な女が、自分よりデカい男をねじ伏せたことに驚いたのだろう。そのマヌケ面を見て、飛鳥は再びに口角をあげると


「あのさ、俺、男なんだけど?」


 と言って、再びニッコリと微笑んだ。

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