第529話 片想いと勇気


「雫、もうすぐだけど、大丈夫?」


 夏祭りの会場。小学校に設置された舞台の側で、友人たちが、一人の女性を取り囲んだ。


 ──小松田こまつだ しずく


 飛鳥や隆臣と同じ、桜聖福祉大学に通う雫は、先ほど、飛鳥と約束をした。


 『夜8時に、ステージの側に来て欲しい』

 そんな約束だ。


 半ば、強引に友人たちが取り付けた約束だが、その時刻が刻々と迫り、雫は限界まで頬を赤らめていた。


(ど、どうしよう……っ)


 雫は、ずっと飛鳥に片思いをしていた。

 

 始まりは、高校一年生の時だ。

 今から、6年ほど前のこと。

 

 市外から桜聖高校を受験した雫は、知り合いが、ほとんどいない状態で高校に入学した。


 そして、入学式の日、初めて、飛鳥と出会った。


 同じ学年、同じクラス。そして、その姿を見た瞬間、雫は、とても驚いた。


 あんなに綺麗な男子を、雫は、みたことがなかったから。


 なにより、飛鳥は、当時から異常なくらい綺麗で、惚れ惚れするくらい美しかった。


 線が細くて、髪が長くて、金色の髪も青い瞳も、魔法のようにキラキラしていて、まるで、別世界に住んでいるような人だった。


 だから雫は、自分のような地味で大人しいタイプの女子は、一生関わり合いにならない相手だと思っていた。


 だが、それが変わったのは、文化祭の準備をしている時だ。


 ポスター作りに時間がかかり、遅くまで学校に残っていた時、雫は飛鳥に声をかけられた。


『小松田さん。まだ、残ってるの? 早く帰らないと、暗くなちゃうよ?』


 日没を過ぎると、一気に暗くなる。

 だから、心配してくれたのだろう。


 そう言って、優しく声をかけてた飛鳥に、雫は、ドギマギしながら返した。


『だ、大丈夫。もう少しで終わりそうだから、描き上げてから帰る』


『そっか。じゃぁ、頑張ってね』


 いきなり、雲の上にいるような人に話しかけられ、雫の心臓はドキドキと震えた。


 だが、その後、とっくに帰ったのだと思っていたのに、飛鳥は、雫が終わるまで待ってくれていたらしい。


 ポスターを描き終え、教室からでると、そこには、飛鳥がいた。


『か、神木くん? なんでいるの!?』


『いや、終わる頃には、真っ暗になってそうだなって。小松田さんの家って、どの辺? 送ってくよ』


『……っ』


 心配して待っていてくれたことにドキッとして、鼓動が一気に早くなった。


 そして、それから自宅まで送って貰い、たったそれだけのことで、雫は、飛鳥を好きになってしまった。


 話せば話すほど、人柄の良さが伝わってきて、みんなが虜になるのが、よくわかった。


 だけど、自分なんかが釣り合う相手じゃない。


 だからか、雫は、まともに話しかけることすらできず、目で追うのが、やっとだった。


 だけど、その思いは消えることがなく、月日を追うごとに、飛鳥への恋心はふくれあがっていった。


 そして、雫が桜聖大を受験にしたのも、飛鳥が、そこを受験すると聞いたからだった。


 特に、その年は、桜聖大を受ける生徒が、例年より多いと、先生もいっていて、きっと、雫と同じように、飛鳥と同じ大学に行きたい女子だったが、こぞって受験したのだろう。


 だけど、同じ大学に進学しても、雫は、相変わらず、見ていることしかできなかった。


 告白ひとつできない自分を、雫は、ずっとずっと情けなく思っていた。


 だから、友達にすすめられて、勇気を出してみようと思った。


 でも──

 

「やっぱり、やめようかな?」


「え! 今更、何言ってんのよ、雫!」


「だって、こんなにたくさんの人たちの前で告白したら、神木くん、迷惑だと思うし」


「大丈夫だよ! 神木くんは、ほぼ365日、24時間体制で、呼び出されてるような人なんだよ! 屋上だろうが、人前だろうが、南極だろうが、どこで告白されてもヘッチャラだって!」


「そ、そうなのかな? でも、人前だと断りづらくないかな?」

 

「もうー、、ここを選んでるんでしょ! 言っとくけど、こうでもしないと神木くんとは、絶対、付き合えないからね!」


「……っ」


 確かに、そうかもしれない。

 

 神木くんは、誰とも付き合わない。

 それは、大学内でも、かなり有名な話だ。


 だから、普通に告白しても、絶対にこの恋は実らない。


「雫、6年も片思いしてるんでしょ? このままじゃ、告白できないまま、卒業することになちゃうよ」


「そうだよ。それに、神木くん優しいし、人前でふっちゃうような酷いことは、絶対にしないって!」


「だから、頑張って、雫! 神木くんに、想いを伝えたいって、ずっと思ってたんでしょ!」


「ッ……」

 

 友人たちに後押しされて、雫は悩む。


 きっと、迷惑には変わりない。だけど、こうでもしないと、一生、告白できないと思った。


 想いを伝えて、明確な"答え"がほしかった。


 がほしい。



(神木くん、ちゃんと来てくれるかな?)


 舞台付近に待機しながら、雫はスマホを見つめた。

 

 約束の時刻まで、あと少し。

 

(……頑張ろう。ちゃんと好きって言って、告白するんだ!)

 

 こんなに勇気を振り絞るのは、後にも先にも、これが最後かもしれない。


 だけど、6年間、思い続けた初恋だからこそ、しっかり告白して、ケジメをつけたかった。


(……待ってるからね、神木くん)


 どうか、来てくれますように──

 

 雫は、祈るように手を合わせると、そっと目を閉じた。



 

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