第293話 始と終のリベレーション⑱ ~傷害~


 突然のことだった。


 まだ寒い2月末──飛鳥を閉じ込めていた子供部屋に行けば、なぜか窓が開いていて、カーテンがユラユラとゆらめいていた。


 消えた我が子に、頭の中がパニックになった。


 飛鳥、いなくなった。

 なんで?どうして?


 あの子が、勝手にいなくなるはずがない。

 飛鳥が、私から離れていくはずがない。



(……誘拐?)


 部屋に荒らされた形跡なんてなかったし、誰か侵入してきたような気配もなかった。


 だけど、飛鳥が自ら逃げ出したなんて思いたくなかった私は、誘拐されたのだと決めつけて、小さなバッグの中に果物ナイフだけ詰め込んで、慌てて家を飛び出した。


 晴れた日の昼下がり──だけど、まだ肌寒い冬の日、私は無我夢中で、飛鳥を探して駆けずり回った。


「すみません! 私によく似た男の子を見ませんでしたか!?」


 道行く人に尋ねて回った。すると、その中の一人が


「男の子……だったのかな? 金髪の可愛い子なら、三丁目の公園の近くで見かけたよ」


「三丁目?」


「あぁ、女子高生と一緒だったかな」


「…………女子高生?」


 ふと疑問に思った。


 女子高生の知り合いなんていなかったし『知らない人には、絶対について行っちゃダメ』と、飛鳥には厳しく躾ていたから、飛鳥が自分からついて行くなんてありえないと思った。


「飛鳥!」


 それから、何度と名前を叫びながら飛鳥を探して、息も切れ切れに、やっと三丁目の公園についた。


 すると、その公園の中には、飛鳥と、その女子高生と、なぜか──侑斗がいた。


(え? なんで……侑斗が?)


 何を話しているのかは分からなかったけど、3人は、とても楽しそうに笑っていた。


 意味が、分からなかった。


 別居状態になってから、まともに話すらしていなかった侑斗が、飛鳥の親権を手放したはずの侑斗が、なんでココにいるのかと。


「侑……」


 思わず、声をかけそうになって、足が止まる。


 なぜなら、その女子高生に笑いかける飛鳥と侑斗の顔が、もう長く見ていなかった笑顔だったから。


 だからか、それを目の当たりにした瞬間、腹の底から、とてつもない負の感情が沸き上がってきた。


 ──なんで、そんな顔してるの?


 もう、私にはそんな顔してくれないのに、なんで、その子には、そんな顔して笑ってるの?


 今まで、ずっと自分に向けられていた眼差しが、その女子高生に向けられていた。


 そう、今まで私がいたはずの"その場所"が


 なぜか──"阿須加あすか ゆり"のものになっていた。


(あの子が……っ)


 ──のだと思った。


 全部、あの子が壊した。私の、大切なものを全て──




「返して! 返して、私の──!!」


 その後のことは、あまりよく覚えてない。


 気がついたら、私はあの女を刺していて、その後、泥沼の離婚劇の末


 私は再び、全てを失っていた。



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