第294話 始と終のリベレーション⑲ ~孤独~


 阿須加 ゆりを刺した後、私は飛鳥と侑斗と暮らしていた家を出て、誰もいない実家に戻った。


 幼い頃暮らしていたら古びた日本家屋。その和室の中で、ただ呆然と生きる気力もなく過ごしていた。


(どうしよう……っ)


 人を刺した。自分がしたことの重さを噛みしめれば、酷く身が震えた。


 あの日、阿須加さんは飛鳥を助けてくれたらしい。それなのに、私はそんな彼女を一方的に怨んで、刺してしまった。


 殺すつもりも、刺すつもりもなかった。


 ただ守るためだけに、持ち出したはずのナイフだった。それなのに──


(これじゃ、同じだわ……あの人たちと)


 昔、私に怪我をさせた、あの先輩達の姿が過ぎって、自分自身に絶望した。


 同じだと思った。今の私は、嫉妬に狂ったあの人達と、全く同じ。


 もう、ここまで堕ちたのかと、自分が怖くなって、一人部屋の中で泣きじゃくった。


 だけど、幸いだったのは、阿須加さんが一切、警察沙汰にしなかったこと。


 治療費だけ払ってくれたらいいと言ってくれて、私が罰せられることも、前科がつくもなく、おかげで両親の耳にも、その事が伝わることはなかった。


 言えなかった。

 いや、言いたくなかった。


 大好きな両親には、絶対に知られたくなかった。


 私のことを、愛してくれた。自慢の娘だといってくれた両親にだけは、絶対に──


 だけど、後ろ暗い気持ちがあるからか、私はそれから両親すらも避けるようになった。


 侑斗と離婚になった時にも、かなり心配をかけた。だけど、何度と電話をかけてくれる優しい両親に、私はきつい態度で接するばかりだった。


『ミサ、最近元気がないみたいだけど大丈夫?』


「大丈夫よ! もう子供じゃないんだから、ほっといて!!」


 頭ごなしに怒鳴りつけて、自ら親を拒絶した。


 失望させたくなかった。せめて両親の中だけでは、あの頃と変わらない純粋なままの私でいたかった。


 だけど、そのあと私は、ますます孤独になっていく。


『もう二度と、飛鳥の前に現れるな』


 それは、侑斗に電話した時、最後にいわれた言葉だった。


 私のせいで、飛鳥が毎晩うなされている。だから、もう二度と飛鳥の前に現れるなと、侑斗に言われた。


 ショックだった。

 もう二度と飛鳥に会う事すら叶わないのかと。

 涙が溢れて、止まらなくなって、だけど、それも仕方のないことだった。


 なぜなら、私は、それだけのことをしまったから。


 だから、その提案を飲み込むことしか出来なくて、その後私は、文字どおり独りになった。


 何もかも、失ってしまった。


 温かい両親との関係も、大好きな人も、愛する我が子も、何もかも──


 だけど、自業自得だった。

 人を傷つけた報いだと思った。


 本当なら、阿須加さんに謝りに行くべきだった。だけど、怪我をした彼女を目にするのが怖くて、責められるのが怖くて、病院まで行ったけど、病室までは入れなかった。


 せめてもの償いとして、私が振り込めるだけのお金を全て、治療費と一緒に侑斗に振り込んだ。


 あとは、侑斗に任せようと思った。阿須加さんに全て渡してもいいし、飛鳥のために使ってもいい。


 ただの自己満足。


 直接、謝れない代わりに、私はお金で解決しようとした。




 ◆◆◆



(仕事、探さなきゃ……)


 そして、実家に戻って二ヶ月ほど経ったころ。いつまでも、引きこもっているわけにもいかなくて、私は仕事を始めた。


 もう、子供もいない。


 独身で、さらに容姿が良い上に英語やフランス語も出来たから、デバートの総合案内所の仕事がすぐに決まった。


 仕事中に、ナンパをしてくる男もたくさんいたけど、もう、恋をする気はなかった。


 このまま一生、一人で暮らしていこうと思った。


 だけど、仕事を始めて一年がたった頃。


 桜が美しい4月──

 あの女は、また私の前に現れた。



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