第500話 切なさ と 愛しさ

「──あかり」


 祭囃子が響く夜。

 空には悠々と星が輝く。


 丸く穏やかな月に見守られがら、飛鳥は、たおやかに想い人の名を呼んだ。

 

 名前を呼ぶだけで、こうも緊張するのは、なぜなのか?


 だが、もうかけてくることはないと思っていた。


 だからこそ、この電話が、あかりにとって、特別な意味を持つものだということが分かる。


 すると、その瞬間、飛鳥の声に被せるように、あかりの切迫する声が響いた。

 

「体育館裏です!」


「え?」


「華ちゃんとエレナちゃんは、体育館裏にいますッ」


(体育館?)

 

 間髪入れず告げられた言葉に、飛鳥は目を見開く。


 それは、華とエレナの居場所を伝えるもの。


 だが、なんで華も?


 一瞬、そんなことを思ったが、あかりの緊迫する声を聞いた瞬間、飛鳥の身体は、自然と体育館の方へと動き出した。


 なにより、あかりの声が、ひどく震えているのがわかって──

 

「あかりは、大丈夫?」


「はい、私は大丈夫です……それより、早く行ってあげてください。華ちゃんたち、危ない人達に絡まれていて、葉月ちゃんも、一人でも助けに行ってしまって……ッ」


「うん、大丈夫だよ。大丈夫だから」


「……っ」


 すると、不安げなあかりに、飛鳥が声をかけた刹那、あかりの瞳に、じわりと涙が浮かんだ。


 怖かった。エレナちゃんたちに、万が一のことがあったらと思ったら。


 でも、そんな不安が、彼の声を聞いた瞬間、ゆっくりと解けていくのがわかった。


 神木さんと話していると、すごく安心する。


 たった一言『大丈夫』と言われただけなのに、本当に大丈夫だと思えてくる。


 でも、どうして?

 どうして、貴方は、こんなに優しいの?


 酷いことばかり言って、傷つけてばかりの私に、貴方は、いつも変わらない態度で接してくれる。

 

 無意識に伸ばししまった手を、決して振り払うことなく、いつも優しく握り返してくれる。


(苦しい……っ)


 いつもより、胸が苦しいのは、久しぶりに貴方に会えたからなのかもしれない。


 神木さん、やっぱり私は、あなたが『好き』です。


 自分でも

 どうしようもないくらい


 あなたを、好きになりすぎていて


 ──心が苦しい。

 

 苦しくて

 悲しくて


 息も、できないくらいに──…





 

 ◇


 ◇


 ◇



「ねぇ、君たち、いくつなのー?」


 その頃、体育館裏では、華の腕を掴んだ男が、どこか間延びした声を放っていた。


 腕を掴まれた瞬間、スマホまで奪われ、葉月との通話はあっさり切られた。


 しかも、近い距離で、語りかけられたからか、アルコールの独特な匂いがして、華は眉をひそめた。


(この人たち、酔っ払ってる?)


 相手の男は3人。

 見た感じ、兄と同じくらいの年齢だった。


 だが、チャラついた服装と、くすんだ金髪のせいか、兄のような気品は一切ない。


(な、何とかして逃げなきゃ……っ)


 そして、華の後ろでは、エレナが脅えた顔で、しがみついていた。


 それも、そうだろう。

 

 こんな人けのない場所で、酔っ払いに絡まれたら、恐怖以外の何物でもない。


 だが、そんなエレナを見つめ、男たちが、興味津々に語りかけてきた。


「ねぇ、この子、小学生だよね。金髪とか、完全にギャルじゃん!」


「マジ、俺らと一緒ジャン!」


「なっ、違います!」


 すると、エレナの髪色を見て、まるで仲間だというような口ぶりで盛り上がりだし、華は、すぐに否定する。

 

 確かに、小学生で金髪は目立つだろう。

 

 だが、エレナちゃんの髪は、染められた金髪ではないし、ましてや、ギャルなどでは一切ない!


「この子の髪は地毛です! それに、ギャルでもありません!」


「へー、地毛なんだ。もしかして、ハーフ? つーか、この子、マジで可愛いじゃん。将来モデルとか、アイドルとかになっちゃうそう!」


「じゃぁ、今から仲良くなっとけば、いつかアイドルの恋人できるじゃん!」


「いやいや、さすがに、小学生はねーって」


「犯罪だぞ、犯罪。それより、この子、さっき迷子放送で流れてた子だろ。エレナちゃんだっけ」


「……っ」

 

 すると、男の一人が、迷子のエレナちゃんだと気づいたらしい。


 名前までわかってしまい、華はじわりと汗をかく。


 だが、気づいたなら気づいたで、そのチャンスにのっかってみることにした。


「そ、そうです。この子、迷子で、みんな心配してるので、早くお母さんのところに返してあげないと」


 みんなが、エレナちゃんを探してる。

 だからこそ、見逃してくれないだろうか?

 

 そう願い、華は、男たちに語りかける。

 だが、男たちは

 

「いいよー。じゃぁ、俺たちと遊んでよ」


「え?」


「どんなに可愛くても、さすがに小学生には、興味ないしさー。だから、その子を見逃す代わりに、君が付き合って」


「……っ」


 腕を引かれ、更に距離が近づく。

 

 振りほどくのは無理そうで、オマケに、ニタニタと笑う男の表情が、気持ち悪い。

 

「な、なんで、そうなるんですか!」


「いいじゃん、別に。エレナちゃんは、逃がしてあげるからさ。つーか、君、どこ高? もしかして、桜聖高?」


「そ、そうですけど。それが、なにか……」


「じゃぁ、俺たちの後輩だ。俺たち、桜聖高の卒業生なんだよ」


「だから、先輩のいうことは聞かないとなー」


「……っ」


 なにやら、雲行きが怪しくなってきた。


 男たちは、今度は華の先輩だと言い出し、無理やりにでも、言うことを聞かせようとしてくる。


「い、嫌です!」


 だが、華は、それをハッキリ断った。


 いくら、先輩だからって、こんな理不尽な要求飲めるはずがない。


「いい加減にしてください! 警察呼びますよ!」


「どうやって呼ぶの。スマホは俺がもってるよー」


「それに、そんな態度とっちゃダメだぜ。俺ら、今の桜聖高に知り合いいるし、下手したら、新学期から、いじめられちゃうかもしれないよー」


「え、なにそれ……っ」


 いじめられる?

 いきなり飛び出した物騒な話に、華は困惑する。


 もしかして、不良の知り合いでもいるのだろうか?


(ど、どうしよう。私だけならともかく、蓮までイジメられたら……っ)


 華と蓮は、双子だ。


 そして、華がイジメの対象になれば、蓮にだって、被害が及ぶかもしれない。


 なにより、蓮はいつも華の味方をする。


 だからこそ、双子の姉がイジてられていたら、きっと黙ってはいない。


 そしたら、蓮の学校生活も、大変なものになってしまうかもしれない。


(葉月にも、さっき『助けて』っていっちゃったし、こっちに向かってるかも……っ)


 そして、もし葉月にまで、目をつけられたら?

 華は、不安でいっぱいになる。


 大事な弟も、大切な友達も巻き込みたくない。

 なら──


「華さん……!」


 だが、そんな華の思いを察知したのか、エレナが、きゅっと華の浴衣を掴んだ。


 きっと、心配しているのだろう。

 不安そうな表情が、やけに胸を打つ。

 

 だが、今はなかった。


 エレナちゃんや、蓮や葉月を守るためには──

 

「あの……夏祭りを、一緒に回るだけでいいんですよね?」


 すると華は、恐る恐る、男たちに問いかけた。

 しっかりと、確認でもするように。


 すると、男たちは、ヘラヘラと笑いながら


「そうだよー。野郎だけじゃ、虚しくってさー。可愛い子がいてくれたら、盛り上がるし!」


「そうそう。男三人、侍らせて、まるでお姫様みたいっしょ?」


「…………」


 なにが、お姫様だ。

 どちらかといえば、奴隷では?


 そんなふうにツッコミたかったが、今後のことを考えたら、下手に逆らうわけにもいかない。


(大丈夫。夏祭りを一緒に回るだけなんだから)


 少し我慢すればすむ話だ。


 家族やみんなと居られないのは残念だけど、あとで、事情を説明すれば、きっとわかってくれる。


 すると華は覚悟を決めたのか、じっと男たちを見つめて


「わかりました。あなたたちと一緒に行きます」




 



 *後書き*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093076347814096

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