第501話 継承と大人
「わかりました。あなたたちと一緒に行きます」
覚悟を決めた華は、表情を固くして、そう言った。
いつもは、兄や弟に守られてばかり。
だけど今は、弱しく怯えている場合じゃない。
(まずは、怖がってるエレナちゃんを、逃がしてあげないと──)
自分より、エレナを優先した華は、その後、エレナに笑って語りかけた。
「エレナちゃんは、行って。みんな心配して探してるだろうし、明るいところに出れば、会えると思うよ」
「だ、ダメだよッ!」
だが、そんなに華に向かって、エレナが叫ぶ。
脅えた表情で、華の浴衣を掴むエレナは『絶対に、離れない』とでもいうように、必死にしがみついていた。
「ダメ、絶対……ダメ……っ」
涙目で蒼白するエレナは、華を一人にした後のことを心配しているのだろう。
酔っ払った野蛮そうな男たちと一緒にいたら、何をされるか分からない。
だから、エレナはエレナで、華を守ろうと必死なのがわかった。
でも……
(凄く、震えてる……っ)
怖いよね?
私も、そうだったもの。
小さい頃から、私は、よく兄に守ってもらっていた。
怖くて、泣くばっかりの私を、兄は、いつも泣き言ひとつ言わずに守ってくれた。
でも、今なら、あの時のお兄ちゃんの気持ちが、ちょっとだけわかる。
きっと、お兄ちゃんも、怖かったんじゃないかな?
今の私と同じように──
でも、妹弟を守るために、弱さを見せずに戦ってたんだ。
私たちが、怖がらないように──
お兄ちゃんは、いつも冷静で強い人。
だけど、あの強さは、私たちを守る度に、少しずつ強くなっていったのかな?
思えば、これまで、たくさんの大人たちに守られてきた。
お兄ちゃんだけじゃない。
お父さんも、隆臣さんも、美里さんも、昌樹さんも、みんなが、私や蓮を守ってくれた。
今の私があるのは、傍で見守ってくれていた、大人達のおかげ。
だから、大人にはなりたくなかったのかもしれない。
守ってくれる人がいると安心するから。
でも、世界は、変わっていく。
受け継がれていく。
若い世代へ。
そして、新しい時代へ。
だから、人は大人に、ならなきゃいけないんだ。
これまでの大人たちが
私たちを守ってくれたように
今度は、私たちが大人になって
次の世代の子供たちを、守っていく番だから──
「大丈夫」
「え?」
震えるエレナの手を掴むと、華は力強く、そう言った。
「大丈夫だから、怖がらないで」
昔、お兄ちゃんがしてくれたように、華は笑って声をかける。
するとエレナが、目を見開いた。
なんだか、急に華の雰囲気が変わった気がした。
それは、お化粧をしていて、いつもより大人っぽいせいもあるかもしれない。
でも、優しく握りしめてくれた手が、とても温かくて、恐怖に怯えていた心が、ゆっくりと溶かされていくようにも感じた。
「華……さん?」
「あの、エレナちゃんを連れていくので、手を離してくれませんか?」
すると、シャンと背をのばした華は、その後、ハッキリとした口調で、男たちに語りかけた。
(……まずは、考えなきゃ)
まだ、諦めちゃいけない。
簡単に犠牲になることを選んで、思考を止めちゃいけない。
お兄ちゃんは、そんな戦い方してなかった。
きっと、何通りも方法を考えて、その中から最善を選んでいた。
それに、ここで、私が犠牲になったら、エレナちゃんは、自分を責めてしまう。
私のせいで、華さんが──そんな想いを抱えさせちゃいけない。
だから、考えなきゃいけない。
誰も犠牲にならずに、この場を切抜ける方法を──
「連れていく?」
「はい。怖がってるし、私がお母さんの元に連れていきます」
「えー、そんなこと言って、逃げる気じゃないないよな?」
「逃げませんよ。送り届けたら、戻ってきます」
「ホントかなー?」
離してほしい理由を告げて、華は、何とか逃げられないか思考する。
だが、男は納得していないようで、手の力は強まるばかりで、スマホすら返して貰えない。
なにより、疑っているのだろう。
だが、それは、こちらだって同じだった。
祭りを一緒に回るだけとは言うが、本当にそうだろうか?
初めて会ったばかりの強引な男たち。しかも、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる男たちを、どうして信用できようか?
だが、色々と逃げる方法を考えるつつも、状況は、なかなか改善されず、やはり兄のように、うまくはいかない。
(どうしよう……離してくれない。でも、もしかしたら葉月が、大人を連れてきてくれるかもしれないし)
さっきは、葉月を巻き込まないよう、早く離れた方がいいと思っていた。
でも、よくよく考えたら、葉月なら、誰か連れてきてくれるかもしれない。
なら、それに賭けよう。
(できるだけ時間を稼いで、助けが来るのを待てば……)
「じゃぁ、エレナちゃんは、俺が連れていこっか!」
「え?」
だが、その瞬間、華の思考を裏切り、事態は、予想外の方へ発展する。
なんと、三人のうちの一人が、エレナを連れていくと言い出したからだ。
「おー、それいいなぁ! お礼貰えるかもしれないし」
「ちょ、触らないでください!」
男が、エレナの傍に近づくと、華はとっさにエレナを庇った。すると男たちは
「あれー。大人しい子だと思ってたのに、けっこう反抗的じゃん!」
「俺たち、先輩だっていったよなぁ?」
「でも、俺、こういう気の強い子、けっこう好きかも? つーか、男連れてないってことは、彼氏いないんでしょ? じゃぁさ、俺と付き合ってよ!」
「なっ!」
すると、次から次へとありえない言葉が飛び出して、華は苛立ちを覚えた。
(付き合ってって、なに!? 恋人になるって、そんな軽いもの!?)
恋人って、お互い好き同士になって、初めてなるものじゃないの?!
なんで、名前も知らない相手と、ノリでつきあわなきゃいけないの!?
(なんか……榊くんとは、全然ちがう……っ)
すると、ふと華は、航太のことを思い出した。
榊くんは、いつも私の気持ちを大事にしてくれた。
『好きになって、ゴメン』
そう言って、好きになったことですら、謝ってしまうほどに──
「最……低……っ」
「え?」
すると、華は唇をキツく噛み締めた。
だが、男たちは、その言葉を聞き取れなかったのか、首を傾げながら
「なんだって?」
「最低っていったの! 私は、あなた達みたいな人とは、絶対に付き合わないから!!」
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皆様、♡や☆、嬉しいコメントなど、いつもありがとうございます!
昨日は、母の日ということで、舞台裏の方に、番外編を公開しております。
ほのぼのとした、神木家の母の日のエピソードです。
よかったら、遊びに来てください。
↓↓↓
番外編『母の日と猫』
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093077219261149
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