第502話 先輩と後輩


「最低っていったの! 私は、あなた達みたいな人と、絶対に付き合ったりしないから!!」

 

 言った!

 言ってやった!!


 でも、こんなことを言ってしまったら、さすがに怒らせてしまうのでは!?


 だが、華だって怒っていた。

 こんな人たちの言いなりになんてなりたくない。


 というか、絶対になるべきじゃない!

 

「おいおい、あんま調子のんなよ?」

 

「おれら、桜聖高の卒業生だっていったじゃん。マジで学校で、どうなっても知らないよ?」


「……っ」


 ヘラヘラした男たちの顔が、威圧的な表情に変わる。

 

 でも、負けるわけにはいかなかった。

 

 後ろでおびえているエレナちゃんを、絶対に守ると決めたんだから──


「それ、脅迫ですよ。先輩だからって、何でも思い通りになるなんて、思わないで下さい!」


「あはは、脅迫だって!」


「ひでーなぁ。先輩の言うことは絶対って、世間の常識じゃん!」


「いッ」


 つかまれた腕に更に力がこもって、華は小さく悲鳴を上げた。

 

「痛い、離して…ッ!」


「離してあげるからさ。そうツンツンツしないでよ」


「そうそう。せっかく可愛い顔してるんだからさ、笑って笑って!」

 

『笑えないと思うよ、全く』


「──!」


 だが、その瞬間、男たちの背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 少し高めの澄んだ声。

 

 それは、いつも聞いている声で、華はゆっくりと視線を上げ、その奥の人物に目を向ける。

 

 すると、その先には、金色の髪をした美しい人がいた。


 穏やかに笑って、こちらを、というか男たちを見つめる兄の姿。


 そして、その美しい笑みとは対照的に、暗がりで揺らぐ瞳が、一切、笑ってないのを確認できた。


 兄の碧い瞳が、冷たく笑む。

 

 うわ、どうしよう……!

 お兄ちゃん、めちゃくちゃ怒ってる!!

 

「あ、飛鳥兄……っ」


「「神木先輩!!?」」


「!?」


 だが、その瞬間、震えあがったのは、華だけじゃなかった。

  

 さっきまでの肉食ぶりが嘘のように縮こまったのは、華を脅迫していた3人の男たち。


 顔は青ざめ、ガクガクと震え出す姿は、魔王か悪魔にでも出くわしたかのような狼狽えようだった。

 

 だが、肝心の兄の方は覚えがないらしい。

 飛鳥は、首をかしげながら


「え? 誰だっけ??」


「あ、俺たち、桜聖高の卒業生で」


「先輩の一個下の……あの、それで、前に生徒会室で…っ」


「あー、思い出した。俺がモテまくってるのが気に食わないからって、生徒会室に乗り込んできた人たちだ」


 にっこり笑いながら、飛鳥は、数年前のことを思い出す。


 すっかり忘れていたが、あれは、飛鳥が高校3年生の頃の話だ。

 

 当時からモテてまくっていた飛鳥は、男女問わず、告白されることが多かった。


 そして、その中に一人に、彼氏がいながら飛鳥に告白してきた女子がいたのだ。

 

 そして、その女子の彼氏の怒りは、何故か、告られた飛鳥に向かった。


 そして、彼は、友人たちを数人引き連れて、生徒会室に、殴り込みに来たことがあったのだ。


 もちろん、彼氏持ちだなんて全く知らず、告白もしかっりお断りした飛鳥からしたら、かなりの迷惑だった。


 挙句、生徒会室の備品は壊れるし、先生からもお叱りを受けるしで、散々な目にあった。


 ちなみに、その時、殴り込みに来た彼氏が、今、華の手を掴んでる男だったりする。

 

「ひさしぶり。その様子だと、かなり元気そうだね♪ そういえば、あれから、彼女とはどうなったの?」


「わ、別れましたよ! 彼氏がいながら、他の男に告白する女なんて、最低だし!」


「うん、そうだよね。俺もそう思うよ。それで、君たちは、ここで何をしてたの?」


「え? あ、ちょっと、ナンパを」


「ナンパ? に?」


「え??」


 ???


 そういわれた瞬間、男たちの表情は、更に青ざめ、額からは、ダラダラと嫌な汗が流れ始めた。


「え? 妹さん……?」


「うん。華とエレナは、俺の


「「………」」


 そして、にっこりと事実を告げた飛鳥とは対照的に、男たちは、顔面蒼白のまま立ち尽くした。

 

 理解したくなかった。

 いや、理解したくなくても、理解させられてしまった!


 よく見れば、エレナと呼ばれた女の子は、神木先輩にそっくりだった!

 

 しかも、しつこく絡んでいた女子高生の方も、あの恐ろしい神木先輩の妹だったなんて!?


「そ、そそそそ、そうなんすか!? さ、さすが、先輩の妹さんですね! 二人とも、めちゃくちゃ可愛いです!!!」


「うん、そうだろうね。俺の妹なんだし。つーか、その手、早く離せよ」


「ひいいいっ!? ごめんなさいぃぃぃぃ!!!」


 笑顔が消えて、飛鳥が冷たく離せと命令すれば、男は、あっさり手を離し、今度は、華に向かって優しい声をかけ始めた。


「あの、ごめんな! 痛かったよな!?」


「あ、はい。……痛かったです」


「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ、本当に、申し訳ありませんでしたぁぁ!!!」」


 そして、華が素直に『痛かった』と伝えれば、その後、三人は絶叫しながら土下座を始めた。 

 

「ほ、本当にごめんなさい、うるしてくださいッ! 痕は、残ってたりしていませんか? 冷やすもの持ってきましょうか!?」


(……すっごい、怯えてる)


 もはや半泣きで謝る三人は、さっきとは、まるで別人だった。

 

 なにより、高校時代、この人たちは、兄に喧嘩を打った後、どうなったのだろうか?


 あまり想像したくない。

 

 だが、あんなにも、しつこかった不良たちが、まさか、兄の出現により、ここまで、大人しくなってしまうなんて──


「華、大丈夫?」


「あ、うん、大丈夫!」


 その後、飛鳥が声をかけてきて、華は、ほっと息をついた。


 兄が来てくれたなら、もう何も心配する必要はない。


 掴まれていた手は、まだ痛むが、腫れたり、痣になったりする程ではないだろう。


 だが、飛鳥の方は、とても心配しているらしい。

 

 男たちの前を素通りし、華の元にやってきた飛鳥は、華の手を優しく掴むと


「赤くなってる」


「だ、大丈夫だよ、このくらい。明日には綺麗になってるよ」


「そうかもしれないけど、そういう問題じゃないんだよ」


 怪我がなかったから、大丈夫。

 これは、そんな単純な話じゃない。


 華の腕を見れば、掴まれた跡がくっきり残っていて、エレナを見れば、溢れそうなほど目に涙を溜めていた。


 どれだけ怖い思いをしたかは、想像しなくても、よく分かった。


(あかりが電話してくれなかったら、もっと怖い思いをしていたかも……っ)


 あかりから電話を貰った後、すぐに駆けつけた。


 ほんの数分遅くなっただけで、最悪な結果を招くことだってある。


 あの日、ゆりさんを亡くした時みたいに、一生、後悔することだって。


 そして、それは"生死"だけでなく、"心の傷"を負った場合でも──

 

 だからか、妹たちを怖がらせた男たちに、飛鳥は静かな怒りを抱いていた。


「君たち、いつもこんなことやってんの?」


 体育館裏で土下座をする三人に、飛鳥は静かに問いかけた。


 ナンパだと言っていた。


 だが、男の自分がみても、酷すぎるナンパの仕方だった。


 すると男たちは、恐怖からか、口々に言い訳を始めた。


「あ、あの…ちょっと、酒を飲んでまして…気が大きくなっていたというか」


「か、可愛い子だったし、何としてもお近付きになりたくて……ちょっと、いや、かなり横暴な策に」


「でも、いつもこんなことをしてるわけじゃないです! 本当です!!」


「そっか。じゃぁ、その言葉は信じてあげるとして、一つ言っていい?」


「「は、はい!!」」


 シャキっと背筋を伸ばし、男たちは飛鳥を見つめる。すると飛鳥は、男たちを真っ直ぐに見つめながら


「ナンパをするなとは言わないよ。でも、次、女の子に声をかける時は、みんな俺の妹だって思って接した方がいいよ」


「え? 先輩の?」


「うん。俺の妹だと思えば、こんな酷いことはできないだろ。それに、もしかしたら、俺よりも、怖~い人が出てくるかもしれないし」


(俺より!?)


 神木先輩より、怖い人がいるんですか!?


 と、思わず叫びたくなったが、口答えなんてできるはずがなく、男たちは、小さく纏まりながら

 

「は、はい……肝に銘じて…おきます」


「うん、分かってくれて嬉しいよ。というわけで、もう酔いは覚めたよね?」


「は、はい! 完全に!!」


「そっか。じゃぁ、何をしてもおうかな?」


「「え?」」


 軽くお説教されたからか、もう許してもらえると思っていた。

 

 だが、そう思っていたのは、男たちだけだったらしい。飛鳥は、まるで女神のように微笑むと

 

「だって、さっき言ってただろ。って──」


 


 


*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093079499679036


 


 

 

 


 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る