第257話 不審者と救世主

「蓮、そこ動くなよ」


 男を挟み、その向かい側に現れたのは、兄の友人である隆臣だった。


「隆…臣……さん…っ」


 蓮が目を見張り、強ばっていた身体の力が微かに抜けると、今度は、華の真横で男が眉を顰める。


「誰だ、お前」

「……」


 男と隆臣の視線が衝突する。


 小柄な華を、我が物顔で抱き寄せている男。それを見れば、華が何におびえているのかがよく分かった。


「まぁ、そいつらの第二の兄貴……みたいな」


「はぁ? 兄貴?」


 間の抜けた声を発した男を見て、隆臣はふと『本物の兄貴』のことを思い出した。


 ここに来たのが、自分で良かった。

 飛鳥アイツが、この光景を見たら……考えただけでも恐ろしい。


 隆臣は軽く息をつくと、その後、何食わぬ顔で男に歩み寄り、男の腕を強く掴む。


「7万、だったよな?」


「え?」


「俺が払うから、この手、離してやってくんねーか?」


 そう言って、目をそらすことなく真っ直ぐに見つめると、男は罰が悪そうに眉根寄せた。


 聞かれていたのか──と、軽く舌打ちをした男は、その後、渋々華から手を離し、隆臣は、開放された華の背を軽く押しやり、安全な蓮の元へと逃がした。


「おい、マジで払えるんだろうな!」


 だが、男は更に苛立ち、隆臣を睨みつけてきた。隆臣は、再度男に向き直ると


「あぁ……でもその前に、そのスマホ、


「!?」


 声低く問いかけた言葉に、男が一瞬たじろいた。


 その表情を見れば、それが、でなかったことがよくわかる。


「最近、子供相手に『スマホが壊れた』って脅して金を巻き上げてるやつがいるって、うちの警察官の父が言ってた」


「……」


「確か、黒いキャップを被った20代~30代の」


「……チッ」


 シュ──ッと何かが空中を切った。


 鈍く光る、銀色の何か。


 それがナイフだと気づくのに、そう時間はかからず、更に「どけ!」と威嚇しながらそれを突きつけてきた男は、半歩退いた隆臣に容赦なく襲いかかる。


 ド───ッ!!!?


「……っ」


 瞬間、辺りに響いた音に、華と蓮は目を見張った。


 それは、あまりにも一瞬の出来事だった。


 突きつけられたナイフをかわし、男の腕を掴みあげた隆臣は、その後、容赦なく男を背負い投げた。


 男はアスファルトの上に叩きつけられ、銀色のナイフがカランと路上に落ちる。


 さすが空手有段者。

 見事、一本背負いが決まったらしい───


「あ……やべ」


 たが、その後、やってしまったとばかりに、隆臣は小さく声を発した。見れば男は、背負投られた衝撃で、あっさり気を失っていた。


「はぁ……まー、いいか」


 伸びた男の前にしゃがみこみ、やれやれとため息をついた隆臣は、その後スマホを取り出し、すぐさま電話をかけはじめた。


「すみません。警察ですか」


 電話先の相手は、警察。隆臣は、男の特徴や状況、場所などを淡々と説明し、その後電話をきると


「大丈夫か?」

「隆臣…さん……っ」


 その一連の出来事を傍観していた華と蓮は、その穏やかな声に一気に気が抜け、涙声を発した。


「うぅ、隆臣さぁぁん……っ」


「ありがとう……!」


「はぁ……お前ら、夜は出歩くなって飛鳥に厳しく言われてるだろ」


「ッ……そうだけど」


 不意に兄の名前を聞いて、華と蓮は小さく縮こまる。だが、その後、当初の目的を思い出したらしい。


「あ、そうだ! ごめん、隆臣さん!」


「私達、お兄ちゃんのところに行かなきゃ」


「──こら、まて」


 だが、その後、兄の元へ行こうと走り出した双子を、隆臣が、猫の子でも捕まえるかのように引っ張りあげた。


「お前達は、このまま家に帰れ」


「「!?」」


 その言葉に、双子は目を丸くする。


「な……なんで?」


「そりゃ、頼まれたからな……お前たちのに──」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る