第258話 隆臣と飛鳥

「頼まれたからな、お前たちの兄貴に──」


「え?」


 その言葉に、華と蓮は瞠目する。


「お兄ちゃんが……?」


「あぁ……蓮華が俺を心配して家から出てくるかもしれないから、俺の代わりに見ててほしいって……だから俺も、お前達を行かせるわけにはいかない」


「……ッ」


 その瞳にはハッキリとした意思が見えて、本気で行かせる気がないのだとわかる。


「じゃぁ、隆臣さんがここにいるのは、兄貴おかげってこと?」


「何それ、また子供扱い!? いつもそうやって、先回りして……!」


 衝動的に隆臣の服を掴むと、華は悔しそうに唇をかみ締めた。


 いつも、そうだ。


 兄は、いつも自分たちが、危険な目に会わないように、先回りして安全な道を用意してくれる。


 怪我をしないように

 危ない目に会わないように


 いつも一歩先を見越して、先手をうってくる。


「悔しい……っ」


 悔しい。悔しい──


「私達、いつまで、お兄ちゃんに守られてればいいの……っ」


 兄のためになにかしたいと飛び出しても、結局この有様。


 不審者相手に、何も出来ず、逆に心配かけてばかりで──


「なんで……っ」


 なんでだろう。

 大人になるって難しい。


 誰かを守れるようになるって難しい。


 少しでも近付きたいのに、兄に全く近づけないことが、悔しくて悔しくて仕方ない──


「なんで……なんで私たち、いつもこうなの! いつも、守られてばっかりで……っ」


「………」


 ついに泣き出して、隆臣の服をキュッと握りしめる華を見て、隆臣もまた悲しそうに目を細めた。


(悔しい……か)


 その気持ちは、よく分かった。

 なぜなら、自分もそうだったから。


 10年前のあの日、誘拐犯に捕まった飛鳥を一人おいて逃げた時、悔しくて悔しくてたまらなかった。


 飛鳥を置いて、逃げ出してしまった自分に幻滅した。


 逃げ出して、戻る勇気すらもてなった自分の『弱さ』が、許せなかった。


 そのくせ飛鳥は、あんなに綺麗で、女みたいな顔をしていて、その上、腕だって身体だって、俺よりずっと細いくせに


 俺なんかより、ずっとずっと強かった。


 からかってくるクラスメイトも一人で撃退して、誘拐犯においかけまわされても妙に冷静で、いつも凛としていて


 そして、そんな姿がカッコイイと思った。


 だけど───


「そうだな、悔しいよな」

「ッ……!」


 すると隆臣は小さく笑みを浮かべ、華の頭を優しく撫でる。


「頼って欲しいのに、全く頼られないのは、悔しいよな……でもな。飛鳥は別にお前達のことを、子供扱いしたいわけじゃないと思う」


「え?」


「アイツにとって、お前達は大切で、絶対に失いたくない、傷つけたくない宝物みたいなもので……だからきっと、守ることに、人一倍過剰になってる」


「過剰……?」


「あぁ──アイツ、自分の大切なものは、絶対にからな」


 いつだったろう。


 飛鳥のその『強さ』が『弱さ』からくる強さなんだって、気づいたのは


 いつも、一人で守ろうとしていた。

 誰にも頼らず、たった一人で


 そんな飛鳥は、一見強そうに見えて

 実はすごく──弱かった。


 飛鳥が、誰にも頼ろうとしないのは、信用出来ないからだ。


 人の『絆』というものを、信じきれていないからだ。


 絆なんて、あっさり壊れてしまう『脆い』ものだと思っている飛鳥は、他人を簡単に信用しようとはしない。


 いや、信用しようとしても出来なかったのかもしれない。


 飛鳥が、あまり交友関係を広くもとうとはしないのも、恋人を作ることをやめたのも


 人の繋がりの脆さを、よく知っているからなのかもしれない。


 だから飛鳥は、いつも一人で守ってた。


 そんな曖昧で、歪なものに、大切な家族を託すなんて出来るはずがなかったから


 正直、すごく厄介なやつだと思った。


 自分の大切なもので、もう腕の中はいっぱいのはずなのに、赤の他人まで抱え込もうとするから


 誰にも、助けをもとめられないくせに、なんでもかんでも抱え込む飛鳥は


 強くて

 弱くて

 厄介で


 だけど──


「だけど、そんな飛鳥が、やっと自分の一番大切なものを他人に預けて、他のやつにも目を向けられるようになったんだ。……10年たってやっと、飛鳥が俺に『助けて』って言えるようになった。だから──」


 そう言うと、隆臣は涙を流す華を見つめ、優しく微笑むと


「だから、後少しだけ飛鳥に守られてやってくんねーか?」


 どうか、あと少し

 飛鳥がしっかり"自覚"するまで──


 もう『一人』で、守る必要はないんだってこと。


 お前に"大切なもの"があるように、俺にも、華にも、蓮にも、大切なものがあるんだってこと。


 そしてその中に、飛鳥、お前も含まれているんだっていうこと。


 お前が傷つけば、悲しむ奴がいっぱいいる。


 だから、もっと頼ってほしい。


 お前が、助けを求めさえすれば、俺達はいつだって、お前の力になってやるから


 だから──もっと信じろ、飛鳥。


 お前が『脆い』と思っている、この『絆』は、そんなにやわな絆じゃない。


 俺達の絆は、絶対に壊れたりしない。

 俺達は絶対に、お前を裏切ったりしない。


 だから、早く自覚しろよ。


 お前は、もう




 『独り』で戦う必要はないんだから───





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