第106話 公園と痛み

 

「ねー、紺野さん、モデルって楽しい?」


 学校が終わりに、エレナは自宅に戻ったあと、クラスの生徒たちと数人と、第二公園で遊んでいた。


 エレナにとっては、初めて訪れた公園だったが、ジャングルジムの上から、その公園を見回せば、そこは、なかなかに広く、サッカーやバトミントンをする人たちも見受けられた。


 それは、いつもエレナがあかりと会っている、あの穏やかな公園とは違い、賑やかで少し騒がしいくらいだった。


 きっとこの近くには、子供がたくさん住んでいるのだろう。


 エレナはその公園の雰囲気に圧倒されながらも、芦田たちからの質問に答える。


「うーん、楽しいよりは……大変かな?」


「そうなんだ! でも憧れるよねー」


「ねえ、やっぱりモデルって、オーディションで決めるの!?」


「うん。来月もあるよ」


「スゴーイ!!」


 ジャングルジムの上で、目を輝かせながら話しかけられる言葉は、モデルのことばかりだった。


 実際にモデルとして活動している同年代の子がいれば、気にならないわけがない。


 エレナは、少しでも打ち解けようと、どんな質問にも笑顔で答えた。


 だが、オーディションの話をした瞬間、ふと狭山に言われたことを思い出した。


 先日話を持ちかけられた例のオーディションは、冬のクリスマスシーズンに開催される大きなイベントだ。


 そして、そのオーディションの書類選考は見事に突破したらしい。


 それにより、来月7月に、第一次オーディション、そして、その後9月に行われる、第二次オーディションまで勝ち進めば、晴れて合格となる。


(この先忙しくなったら、こうして遊ぶこともできなくなるなー)


 やはり、同年代の友達と遊ぶのは楽しい。

 本当なら、モデルなんてやめて、普通の生活を送りたい。


 だけど……


(無理だよね……)


 その瞬間、エレナは小さく影を落とす。


 せっかく誘ってくれても、断ってばかりだと、いつか誘われなくなる。エレナはそれを、前の小学校で経験していた。


 だからこそ、この新しい学校では、失敗したくないのに……



「エレナ!」

「!?」


 だが、その瞬間聞こえた声に、エレナは一気に体をこわばらせた。


 体中から汗が吹き出す。


 ジャングルジムの上から、声がした方を見下せば、そこには、なぜか


 ──母親の"紺野ミサ"が立っていた。



「エレナ。そこで何をしてるの?」

「ぁ……っ」


 エレナは、微動だにせず母を見つめた。


 仕事が早く終わったのだろうか?


 予想もしていなかった。まさか、こんなに早く帰ってくるなんて……


「あ、あの……っ」


「エレナ、まずは、そこから降りてきなさい」


「……ッ」


 それは、いつものにこやかな母だった。だが……


「あ! エレナちゃんのお母さんだ!」


 だが、その瞬間、横にいた芦田がミサに声をかけた。


 エレナは、芦田を気にかけながらも、そそくさとジャングルジムから降りると、芦田と話す母のもとへ駆け寄る。


「ごめんなさいね。エレナ、もう帰らなくちゃいけないの……連れて帰ってもいいかしら?」


「あ、はい! エレナちゃん、楽しかったよー」


「また遊ぼうね~!」


「ぅ、うん……」


 エレナが芦田たちに、さよならの挨拶をすると、ミサがエレナにむけ、ソッと手を差し出してきた。


 思わず体が震えた。

 だが、それでも意を決して、母の手を取るが


(……痛い……っ)


 手を取ると、その瞬間きつく握りしめられた。


 痛むのは手だけ。だが、まるで刺すような痛みが、体全体を駆け巡る。


 エレナはその痛みにある種の絶望感を覚えると、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。


「さぁ、帰るわよ、エレナ」


「……っ」


 その母の声は、とても冷たく、恐ろしいものに感じた。

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