第105話 本と夢



(少し、早かったかな?)


 夕方4時半前、自宅前の公園に出てきたあかりは、公園のいつものベンチに一人腰かけていた。


 ひょんなことから、また例の神木先輩と会うことになってしまった。


 仲直りできたのはよかったが、やはり二人で会うのは抵抗がある。


 なぜなら、いまだに彼の名前は、同じ学部の学生からよくあがるのだ。そんな人気者の人と、待ち合わせしているなんてことが知られたら……

 考えただけでも胃痛がする。


(あーなんで私、本借りるなんていっちゃったんだろう。借りたら返さなきゃいけないし……お礼とか、どうしよう……神木さんて何が好きなの?)


 まだ、借りてもいないのに、もう、返す時のことを考え、あかりはひどく頭を抱える。


(お菓子とか、形に残らないものかな? でも、甘いもの嫌いだったらどうしよう……)


 軽くパニックになりそうで、あかりは、ため息を混じりに空を見上げた。


「あ……」


 すると、ここ数日晴れていた空に、少しだけ雲がかかりはじめているのに気づく。


(これから、天気崩れるのかな……?)


 曇り空になろうとしているその空は、まるで、晴れやかな青空を、ゆっくりと飲み込んでいくような


 ──少し不気味な空だった。










   第105話 本と夢







 ◇◇◇


「あかり!」

「!」


 待ち合わせの時刻の少し前。あかりの背後から呼び掛けるような、声が聞こえた。


 振り向けば、そこには、まさに待ち合わせをしいた例の神木先輩が立っていて、あかりが、飛鳥にむけて小さく挨拶をすると、飛鳥はそのままあかりが腰かけていたベンチに座り、いつも通り、にこやかに話しかけてきた。


「ごめん、待たせた?」

「いえ、私が早く来ただけなので……」


 大学からそのまま来てくれたのだろう。飛鳥は、バッグの中から本を取り出すと、あかりにむけて、それを手渡してきた。


「はい。最後、犯人が自殺しちゃうっていう推理小説の中巻ね♪」


「あはは……」


 あかりはそれを聞き、懐かしい記憶を思い出した。


「ほんと、相変わらずですね」


「あはは、でも、なかなか面白い本だったよーなんせ犯人が探偵と」


「ちょっと!? もうネタバレしないでください!? あなたワザとやってません!?」


「あ。バレた?」

「……っ」


 なんて人だ。この期に及んで、さらにネタバレしてこようとは……


 これは、明らかに楽しんでる。見た目は、天使みたいに人が良さそうにみえるのに、中身が、残念でならない。


「あの、とりあえず、ありがとうございます。読んだら、早めに返しますね!」


「あー、いいよいつでも。なんなら返さなくてもいいし」


 そういうと、飛鳥はあかりから視線をそらした。


 見つめた先では、数人の子供たちが、楽しそうに遊んでいるのが見えた。


 その中には、兄妹弟なのか?


 年の近い子供たちが3人、砂場で遊んでいて、お兄ちゃんらしき子が、弟にオモチャをとられ泣いている妹をなぐさめているのが見えた。


「……」


「あの……」


「ん?」


「あ、いえ……なんでもありません」


 あかりは、一瞬なにかを言いかけて口を閉ざした。


 なんとなくだが、あかりには、飛鳥が少しだけ、なにか思いつめているように見えた。


 この悲しそうな顔は、前にも見た。

 彼を怒らせてしまった──あの日だ。


 だが、また、余計なことをしゃべって怒らせてしまうわけにはいかないと、あかりはぐっと言葉を堪える。


「そういえば、大学はもうなれた?」


「あ、はい……神木さんも、教育学部なんですよね? もしかして、教師目指してるのあなたの方ですか?」


「あー違うよ。確かに教師も考えてない訳じゃないけど、俺が中学高校の教師になったら、色々とマズイことになりそうだし。教師というよりは、保育士目指してるかな」


「え!? 保育士!?」


「なんで、驚くの?」


「いや、なんか、イメージと違うというか」


「そう?」


「こんな保育士、見たことない……」


「うん。ありがとう♪」


「いや、誉めてません!」


 意外だった。

 まさか保育士を目指していたなんて……


「まー確かによく驚かれるよ。もっと華やかな仕事の方が向いてるのに、とかよく言われるし。でも、ほんと! いつかは保育士と幼稚園教諭の免許とって、幼稚園の先生になろうかなって……!」


 飛鳥はそういって笑うと、また再び、公園で遊んでいる、子供たちの方に視線を移す。


 子供たちを見つめて、優しい笑みを浮かべると、その後飛鳥は、またゆっくりと語り始しめる。


「子供の時の環境ってさ、後々響くと思うんだよね? 俺も、そうだったから……昔、一番辛かったときに、助けてくれた人がいてさ……だから、俺もその人みたいに、少しでも、その時期の子供たちの役にたてたらなって……」


 どこか申し訳なさそうに

 だが、本当に感謝しているのだろう。


 その表情は、とても穏やかだった。


 それに、前にエレナと一緒に会ったときも思ったが、確かに子供にたいしては、とても優しく接している気がした。


(保育士かぁ……子供には、優しい人なのかな?)


 そう思うと、あかりは、ほんの少しだけ温かいかい気持ちになる。


 だが……


「てか、なんで、お前にこんなこと話さなきゃならないの?」


「ええ!? そっちが、勝手に語りだしたんでしょ!?」


 どうやら我にかえったのかは、飛鳥は何やら迷惑そうな顔を浮かべて、あかりを睨み付けてきた。


 だが、それにはさすがのあかりも、腑に落ちないとばかりに反論すると、飛鳥は、自分の言動に恥ずかしさを感じたのか、少しだけ悪態をついたあと、また再びあかりから視線をそらす。



(……本当に何、話してるんだろ、俺)


 やはり、あかりのこの雰囲気は苦手だ。


 話さないようにと心がけているはずなのに、いつのまにか余計なことを口走っている。


 本当に、なんなんだ、この女。


「でも驚きました。神木さんて、意外と子供好きなんですね?」


 すると今度は、あかりはにこやかに問いかけてきて、飛鳥はまたにこりと微笑む。


「うん。好きだよ♪ いつか自分の子供もつなら、6人くらいいてもいいかな~♪」


「え!?」

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