第349話 母親と親友

(この人、もしかして……)


 突然、現れたその人物に隆臣は目を見開いた。


 金色の髪に、青い瞳。そのまばゆいばかりの姿は、自分の友人に、とてもよく似ていた。


 その姿を見て、関係がないとは、なかなか思えないだろう。


 確か名前は、紺野 ミサさん。

 飛鳥が、ずっとずっと、語ろうとしなかった人。


「あ、隆臣さん!」


 するとその瞬間、ミサの後ろから、ひょこっとエレナが顔を出した。


 可愛らしく駆け寄ってくるエレナは、楽しそうに笑っていて、それを見て、隆臣も少しばかりホッとする。


 なぜなら、前に飛鳥と一緒に店に来た時「お母さんが退院したら、一緒にケーキを食べに来たい」と言っていたから。


「いらっしゃい、エレナちゃん」


「こんにちは」


「こんにちは。お母さんと、ケーキ食べに来たのか?」


「うん!」


 満面の笑みで答えたエレナに、隆臣も表情を緩める。

 初めて会った時は、飛鳥の後ろに隠れてビクビクしていたエレナだったが、ここ数ヶ月のうちに、隆臣にもだいぶ懐いたようだった。


 だが、そんなエレナとは対照的に、ミサは無表情のまま


「は、初めまして、橘です。今日は、ようこそお越しくださいました」


「…………」


 子供の頃は苦手だった笑顔も、接客業を始めてからは、だいぶ馴染んできた。

 そんなわけで、隆臣はウエイターらしくミサに笑いかけたのだが


「……初めまして、橘 隆臣くん……ですよね? 飛鳥とは、と伺っています」


「は、はい……仲良く、させて頂いてます」


 穏やかに返しつつも、いきなりフルネームを確認され、心做しか心拍が早まる。


 自分は、この人に何かしただろうか?


 いや、会ったことすらないのだから、なにかするも何もない。だが、隆臣の目の前にいるミサは、明らかに複雑な表情を浮かべていた。


(俺が、飛鳥と仲良くするのが、気に食わないとか?)


 多少なりとヒヤヒヤしつつも、隆臣はミサとエレナを奥のテーブル席に通すと、その後、そそくさとウエイターの仕事に戻ったのだった。








 第349話 母親と親友








 ◇◇◇



「ねぇ、見て。あの人、すっごく綺麗~」


「モデルさんなのかな?」


「手前の子って、もしかして娘?」


「えー、まさか。あんな大きな娘がいるようには見えないけど」


「でも、あんな若くて綺麗なママがいたらいいよね、羨ましい~」


「…………」


 その後、ウエイターの仕事をこなしながら、各席を移動する隆臣。だが、あれから客の視線は、まさにミサとエレナに釘づけだった。


 とはいえ、この現象は、あの『美人すぎる友人』のおかげで慣れたもの。常連客ならともかく、新規のお客様は驚いて当然なのだ。


 だが、流石につっこみざるえないのは『 あの人、21歳の息子がいるアラフォーママですけど!?』ということ。


(すげーな。親子揃って)


 40代なのに、まだ20代にも見える、抜群の美貌と若々しさ! さすがは、あの飛鳥の母親なだけある!


 だが、その母親からの向けられる視線が、なんだかやたらと気になる。


(なんか、ずっと見られてる気がする……)


 何もしていないはずなのに、やたらと視線が痛い。

 だが、話に聞けば、あの母親は幼い頃、飛鳥を軟禁していたほど、飛鳥への執着心が強いらしい。


 いくら病院でカウンセラーを受け、無事に退院したとはいえ、息子の交友関係が、気になって仕方ないのかもしれない。


 ──ピンポーン!


 すると、その瞬間、ちょうどミサの席から、呼び出しのチャイムが鳴った。


 どうやら、注文する料理が決まったのか、隆臣は改めて、ミサとエレナの席に向かう。


「ご注文をお伺いします」


 隆臣がそう言うと、ミサはメニューを指さしながら注文し始めた。


 また、その指先が綺麗すぎて、一瞬見惚れながらも一通り聞き終わるが、まだケーキを注文されていないのに気づいて、隆臣がエレナに声をかけた。


「ケーキは、頼まなくていいのか?」


「うーん、それがね。全部美味しそうで、迷っちゃって……隆臣さん、何か、おすすめある?」


「あー。それなら、イチゴのケーキとかどうだ? ウサギが乗ってて、飛鳥も可愛いくて美味しいって絶賛してたぞ。あとは、こっちの」


「……イチゴのケーキ」


「!?」


 瞬間、ミサがボソリと呟いて、隆臣は肩を弾ませた。飛鳥の話題を出したのが不味かったのか、内心ドギマギしつつ、話を戻す。


「は……はい。イチゴ好きなんですか?」


「あ、いえ、私ではなくて……飛鳥は、今でもイチゴが好きなんですか?」


「え? はい……そう言ってました、けど」


「そうですか。では、私はそれを」


「じゃぁ、私も、お母さんと同じのにする!」


「……かしこまりました」


 ミサの後にエレナが続いて、隆臣も快く注文を受け付けたが、どうにも生きた心地がしない。


 一言一言、全てに気を使わなくてはならないのは、なかなかに心労が嵩む。だが、そんな隆臣に、ミサはさらに話しかけてきた。


「あの……飛鳥とは、いつから、されてるんですか?」


「…………」


 急な問いかけに、隆臣は困惑する。


 やはり探りを入れてきたか。どうやら、息子の交友関係が、よほど気になるらしい。


 だが、ここで、下手に取り繕ったり嘘をついたら、逆効果だろう。そう感じた隆臣は、素直に飛鳥との出会いを話すことにした。


「小学5年生の時からです」


「しょ、小5!? そんな前から!」


 瞬間、ミサがかなりの驚きを見せた。まさか、10年来の親友とは、思わなかったのかもしれない。


「はい。俺が小5の時に転校してきて、それからの付き合いで」


「そ、そうなんですね。そんなに長く付き合ってるとは思わなくて……あの、小学生の頃の飛鳥は、どんな感じの子でしたか?」


「それは……まぁ、かなり可愛かったですよ。見た目は女の子みたいで」


「女の子……そう、ですか……そうですよね。飛鳥、小さい時から、とても可愛くて……あぁ、それで……」


「?」


 ぶつくさと話すミサ。

 だが、やはりどことなく複雑そうにも見えて


(やっぱり、俺みたいなやつが、飛鳥の友人なのは、嫌だったりするんだろうか?)


 漠然とした不安を感じて、隆臣は、思いきって、ミサに問いかけることにした。


「あの、俺に気に入らないところがあるなら、素直に言って頂ければ、改善出来るところは直します」


「え!? あ、いえ、気に入らないだなんて、そんな! ただ、エレナから聞いて、少し驚いてしまって……っ」


 顔を赤らめ、一度口ごもったミサは、その後、また隆臣を見つめた。


 友人と同じ青い瞳に見つめられれば、ほんの少しだけドキッとした。その吸い込まれそうなほど綺麗な瞳は、飛鳥と全く同じだったから。


「あの、隆臣くん……で、いいしら?」


「……はい」


「私は今まで、飛鳥を散々苦しめてきました。自分の思い通りにならないのが嫌で、失うのが嫌で、あの子の声を聞こうとはしませんでした。でも、もうこれ以上、あの子を苦しめようとは思いません。だから、飛鳥の将来に口を挟むつもりはないし、飛鳥が決めたのなら、どんなことでも応援します。だから……っ」


「!?」


 瞬間、ガタッと椅子をならし立ち上がったかとおもえば、ミサはガシッと隆臣の両手を掴んだ。


「隆臣くん! 飛鳥のこと宜しくお願いします!」


 そして、息子のことを頼んできたミサに、隆臣は目を見開く。


 どうやら、友人として認めてくれたらしい。真剣に見つめるミサに、隆臣は


「は、はい」


 そう、困惑しつつも、了承したのだが、まさか、エレナの「友達以上の関係」という言葉を聞いて、と、ミサが勘違いしているなんて


 隆臣は、一切考えもしないのであった。

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