第350話 警備員とファン


 カツンと、靴の音が響く。


 その後、飛鳥のマンションにやってきたあかりは、中のエントランスを、ぐるりと見回した。


 スタイリッシュな内装と、落ち着いた雰囲気。


 奥には警備員も常駐しているらしく、防犯性がとても高いことがうかがえた。


(よかった。いつもどうりで……)


 ポストの前にたつと、あかりは『神木』と書かれたプレートを探しながら、先程の飛鳥の対応を思い出した。


 いつも通り『友達』としての対応に、思わずホッとしてしまった。


(やっぱり、勘違いかも? 神木さんが、私の事を好きだなんて……)


 最近は、彼の言動には、振り回されてばかりだった。


 まるで、全身で『好きだ』って訴えかけられているようにも感じて、それを必死に『違う』と言い聞かせた。


 この人は、誰にでもこんな事を言う人だから、勘違いしてはダメだと──


(まぁ、そうだよね。あんなにモテモテな人が私なんか好きになるわけが……)


 ちょっと勘違いしてしまった自分が、少し恥ずかしい。だが、いきなり


『本気で、付き合ってみる?』


 なんて言われれば、勘違いもするだろう。


(本当に、思わせぶりな言動ばっかり……)


 優しい上に、人タラシ。その上、あんなに綺麗でカッコイイ人に口説かれたら、女の子ならみんな好きになってしまう。


 しかもそれを『自覚して』と言ってるのに、全く自覚する兆しがない。


 だけど、それでも、自分は大丈夫だと思っていた。


『絶対に、好きにならない』と言えるほどの



 自信があったから……



(私、華ちゃんにも、好きにならないから安心してとまで言ってるのに……)


 まさか、こんなことになるなんて思わなかった。とんだ嘘つき女だ。


(……いやいや、まだ間に合う。いっそ、忘れよう。こんな気持ち)


 ブンブン首を振ると、あかりは、今ある感情を、必死にふりはらった。


 私は彼を、好きじゃない!

 そう、今ならまだ、なかったことにできる!


(よし! こんな気気持ち、ただの勘違い!)


 そう言い聞かせ、あかりは一度目を閉じると、気を取り直し、神木家のポストを探した。


「えーと、神木、神木……あった!」


 すると、目線より少し上に『Kamiki』とローマ字で書かれたポストがあった。


 あかりは、荷物の中から小ぶり紙袋を取り出すと、それをポストの中へ──


「!?」


 と、思った瞬間、あかりは目を見張った。

 なぜなら、そのポストには、しっかりと鍵がかかっていたから!!


(え!? うそ!)


 わざわざ、ポストに入るサイズのお土産を選んできたのに、ポストに鍵がかかっていては、開けることができない!


(なんで!? 鍵がかかってるなんて言ってなかったのに……っ)


 なんだ、これは?

 新手の嫌がらせなのか?


 いやまさか、そんなはずはない。

 あかりは、ぐるぐると悩む。


 だが、持って行くと言った手前、このまま帰るわけにはいかず、こうなると、電話でもして取りに来てもらうしか……


(どうしよう、せっかく会わずに渡そうと思ったのに……っ)


「──君!」


「?」


 だが、その瞬間、どこからか声がした。


 声の出処が分からず、あかりは、キョロキョロと辺りを見回す。すると、奥からマンションの警備員がこちらに向かって来るのが見えた。


「神木さんちに、なにか用?」


「え?」


 警備員に疑惑の目を向けられ、あかりは困惑する。


 これは、もしかして、怪しいヤツだと思われてる!?


「あ、あの……私は神木さんに、お土産を渡しに」


「あー、もしかして神木君のファンの子? ダメだよ。神木くん、ファンからの差し入れは受け取らないことにしてるから!」


「え!?」


 なるほど。つまり、ファンと勘違いされたのか!?


 まぁ、あの顔だ!

 ファンなら沢山いるだろうが


(あ、鍵かかってたのって……もしかして、プレゼント防止のため?)


 鍵をかけなければいけないほど、プレゼントがくるのだろうか。相変わらず、恐ろしい人だ!


「はい。だから、君も諦めて帰ってね!」


「あ、あの、違うんです! 私はファンじゃなくて、神木さんの友達で!」


「はいはい。ファンの子は、みんなそう言って、渡してもらおうとしてくるんだよ」


「え!? あの……!」


 ダメだ、信じてもらない!!


 だが、神木家に来たのは、まだ2回しかないため、あかり自身『友達』というには、まだちょっと説得力がなかった。


(仕方ない。迷惑だし、帰るしかないかな……)


 神木さんには、後で謝ろう。

 だが、そう思った時──


「あかり!」


 と、声をかけられた。


 目を向ければ、その奥には、少し息を切らしながら、飛鳥が駆け寄ってくるのが見えた。


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