第348話 予定とケーキ


「おっそーい!」


 喫茶店から、ケーキを買って自宅に戻ると、リビングに入ったとたん、華が大声を上げた。


 ジャンケンに負けて、ケーキを買いに行った飛鳥。だが、帰宅するまでに、かれこれ3時間もかかってしまったからだ。


「もー、また捕まってたの!?  毎回毎回、土日に出かける度に、これじゃん!!」


「仕方ないだろ。俺、こんな顔してるんだから、いい加減慣れろよ」


 飛鳥だって、好き好んでスカウトやナンパに掴まってるわけではない。


 だが、如何せんこの美貌が、それを回避してくれない。


「今日は何人?」


 すると、リビングでゲームをしていた蓮が、またかと言いたげに口を挟んだ。


 飛鳥は、手にしたケーキの箱をテーブルに置くと


「えーと、スカウトが一人と、ナンパが二人と、迷子が一人」


「「迷子!?」」


 なるほど! つまり、スカウトやナンパに加えて、迷子の手引きまでしてきたと!?


 それは、遅くなりますよね!!


(相変わらずだな、うちの兄貴は……)


(ていうか、なんでスカウト断るんだろうって、ずっと疑問に思ってたけど、子供の時にモデルやってたからなのか……)


 兄から聞いた、昔の話。

 自分達が知らなかった、幼い頃の兄の話。


 そう、兄は幼少期、モデルをしていたらしい。


 それ故に、頑なに断り嫌がっていたのだと、双子は今更ながらに思い知る。


 きっと、兄にとってモデルは、幼い頃の辛い記憶を思い出させてしまう、呪いの言葉のようなものなのかもしれない。


(兄貴、子供の頃からすごかったんだな)


(普通、なろうと思っても、モデルとか簡単になれないし)


 綺麗で美人なお兄様は、幼少期から、抜群の美貌と愛嬌を振りまいていたらしい。


 だが、そのせいで、やりたくないモデルの仕事を、ミサさんにさせられていたのかと思うと、容姿が美しすぎるということは、必ずしも、良い面ばかりとは言えないのかもしれない。


「あ、そうだ。今月の28日、予定空けといて」


「え? 28日?」


 すると、双子の思考を遮って、飛鳥が再び声を発した。


 今月の28日。つまり3月28日だ。


「なにかあるの?」


「この前言っただろ。お花見の日程、28日にしようと思って」


「あー、エレナちゃんと、あかりさんもつれて行くって言ってたやつ!」


 瞬間、華がぱっと顔を綻ばせた。


「エレナちゃん、お花見行ったことないって言ってたし、きっと喜ぶね」


「でも、エレナちゃんと兄貴なんて、目立つ人が二人もいたら、花見会場大変なことになるんじゃないの?」


「大丈夫だよ。運転手見つけたから、隣町まで車でいけるし、ついでに、美里さんから、穴場のお花見スポット教えてもらったから」


「ホント!」


「うん、ついでに隆ちゃんも誘ったから、いざとなったら、隆ちゃんに何とかさせればいいしね!」


「な、なんとかさせるって……っ」


「そりゃ、ボディーガードには、ボディーガードらしいことしてもらわないとね♡」


 にっこり笑顔の兄に、双子は眉を顰める。相変わらず、この腹黒さは悪魔級だ。


 だが、遊園地しかり、夏祭りしかり、人が多い場所に行くときは、それなりに配慮が必要になる神木家。


 それにプラスして、エレナちゃんという、兄そっくりな美少女までいるなら、誘拐、盗撮、痴漢に盗難と、色々な面に気を配りながら、花見を楽しまねばならない。


 それを見越して、兄はわざわざ隆臣さんを誘ったのだろう。


(……可哀想に、隆臣さん)


(でも、エレナちゃんもいるし。万が一、エレナちゃんに何かあったら、ミサさんが怖いし)


 そう、兄が保険をかけたのは、きっとそのためだろう。


 エレナちゃんに何かあったら、あの母親が、どうなるか分からない!!


 それを考えれば、ボディーガードは1人でも多いほうがいい。


 ちなみに、隆臣は長い付き合いなため、この件は承知の上だろうが、あかりと運転手は、想像もしていないだろうと思う。


「とにかく、28日空けとけよ。あかりにもそう伝えとくから」


「うん、わかった~」


 すると二人の返事を確認した後、飛鳥はあかりに電話をかけ始めた。


 コール音が何度か鳴って、その後「はい」と言ってあかりがでると、飛鳥は普段通り話しかける。


「もしもし、あかり。今大丈夫?」


『……はい。大丈夫です』


「あれ? そしかして、今出かけてる?」


『あ、はい。……今、駅前なんです。さっき、実家から戻ってきて』


 電話先の音は、少し騒がしかった。

 それにより、あかりが今、外にいるのだと気づいた飛鳥は、少しばかり考える。


「聞こえづらいなら、後で、かけなおすけど?」


『あ、いえ、大丈夫です。どうしたんですか?』


「あぁ、花見の日程なんだけど、今月の28日、大丈夫かな?」


『28日……はい。大丈夫ですよ』


 普段と変わらないやりとりをして、花見の日程や行先を伝えていく。

 隣町まで行くと話せば、あかりは少し驚いていたが、楽しみだとも言っていた。


「じゃぁ、また細かい予定が決まったら電話するから」


『はい。……あ、神木さん』


 すると、今度はあかりが引き止めて、飛鳥は耳をすませる。


『……あの、えっと……お土産があるので、後でポストにでも入れておきます』


「…………」


 ポストに──そう言われ、飛鳥はなんとも言えない気持ちになった。


 どうやら、あかりは、会わずにお土産だけおいて、帰るつもりらしい。


(この前『本気で付き合ってみる?』ていったの……やっぱり、まずかったかな?)


 どことなく避けられているのでは……そう感じて、少しばかり不安になった。


 あの日、とっさに言ってしまった言葉を、飛鳥は今更ながらに後悔していた。


 人と人との繋がりは、ほんの少しの綻びから、あっという間にダメになってしまう。


 だからこそ、今ここで、あかりとの繋がりを維持するためには『友達』としてふるまうのが一番なのかもしれない。


「うん、わかった。ありがとう」


 あっさりとした返事を返して、会わずに受け取ることを伝えた。


 本当なら、直接受け取りに行くと伝えたかったけど、きっと、この『友達』という関係が、今は最良の距離なのだろう。


『はい。じゃぁ、ポストにいれたら、LIMEしときますね』


 すると、また穏やかなあかりの声が響いて、飛鳥は苦笑いをうかべた。


(……本当、少しくらい、ガッカリしてくれてもいいのに)


 その反応に、友達としか思われていないことを、再度思い知らされる。


 そして、その矛先は、隆臣へ


(きっと、隆ちゃんのせいだな。俺に変な呪いかけるから……)




 ◇


 ◇


 ◇



「橘くーん! 休憩終わったらホールの方お願い~!」


「あぁ、分かった」


 そして、その頃、隆臣は喫茶店の奥で休憩をしていた。


 お昼を取り、他の店員が休憩に入って来ると、再び仕事に戻る準備を始めた隆臣は、サテンエプロンをつけ、休憩室を出た。


 この喫茶店で、隆臣が正式にバイトを始めたのは、かれこれ二年ほど前。


 大学生になったのをきっかけにだったが、オーナーの息子でもある隆臣は、ホールからキッチンまで難なくこなすため、基本的に忙しい方に回されることが多かった。


 だが、休憩後にホールでウエイターをお願いされるということは、それなりに人の入りが多くなってきたのだろう。


(しかし、あの飛鳥が、花見に行きたいと言い出すなんてな)


 そんな中、隆臣はふと、先ほどやってきた飛鳥のことを思い出した。


 あの人ゴミ嫌いな飛鳥が、自ら人ゴミに行くなんて言い出したもんだから驚いた。


 それも、あのあかりさんを誘って……


(……皮肉なもんだな。あんなにモテまくってきたやつが、好きになって子には、見向きもされないなんて)


 去年のクリスマスに『フラれる呪いかけとくから』などと冗談で言ってしまったことを、軽く後悔する。


 だって、あの飛鳥がフラれるなんて、絶対にないと思っていたのだ。


 それなのに、下手をすれば、それが現実になってしまうかもしれない。


(参ったな。今度、ケーキでもご馳走しとくかな)


 お詫びといったらなんだが、その位はしてもいい気がしてきた。


 ──カランカラン~♪


「いらっしゃいま……」


 だが、隆臣がホールに戻ったタイミングで店の扉が開いて、隆臣は目を見開いた。


 突如、目に入ってきたのは、夕日の色にもにた、美しい金色の髪。


 もう何年と見続けてきたその髪色と、同じく、見飽きたくらいの綺麗な青い瞳。


 自分の友人と同じ色をもつその人物がはいってきた瞬間、隆臣は思わず息をのんだ。


(この人、もしかして……っ)


 一度もあったことがない隆臣でも、それが、誰なのか一目でわかった。


 なぜなら、その女性は、自分の親友に、あまりにもだったから。


 そう、そこに現れたのは、飛鳥の母親である──紺野 ミサだった。







 ******


閲覧、いつもありがとうございます。


メインで活動していた、comicoノベルが終了するため、現在、小説を全てカクヨムにお引越し中です。


それに際しまして、カクヨムでは未掲載だったcomico限定の企画回や番外編も全てお引越しすることになりました。


とりあえず、本日は読者様から頂いた質問コーナーを以下のページに追加しております。


●第1部完結時の「プロフィール紹介」に質問コーナーを加筆↓


https://kakuyomu.jp/works/1177354054888822143/episodes/1177354054889616927


●第2部・第9章の過去編終了時のまとめ回のあとに

「第2回・質問コーナー」を追加↓


https://kakuyomu.jp/works/1177354054888822143/episodes/16816452220182977226


その他にも、番外編と人気投票などの企画回も順次掲載していきます。追加した際は、またお知らせ致します。

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