第347話 悪い人と普通の人


「じゃぁな、ねーちゃん、気を付けて帰れよ」


 篝町の駅前にて、荷物を持ったあかりに、弟の理久りくが声をかけた。


 あかりが実家に帰ってから、四日目。


 三泊四日の帰省が終わり、あかりは電車に乗って、桜聖市に帰るとこになっていた。


「あかり、忘れ物はないわね」


「うん、大丈夫だよ、お母さん。携帯も充電器も入れたし」


「そう。夏休みには、私達が、そっちに遊びに行くから」


「うん、理久と一緒にでしょ。わかってるよ」


「じゃぁ、何か困ったことがあったら、すぐに電話しなさいね」


「うん。ありがとう……じゃぁ、またね」


 母の稜子と理久に温かく見送られ、あかりはスーツケースを引きながら、駅の中に入っていった。


 だが、その姉の姿か見えなくなったあと、理久がぼそりと呟く。


「本当に、大丈夫かな?」


「大丈夫って言ってるんだから、あかりを信じてあげましょう」


「でも、この前、蒼一郎さんが来てから、また元気なかったし」


「仕方ないじゃない。蒼一郎君の顔を見ると、どうしても思い出してしまうんだから」


「あーもう! なんで、蒼一郎さんも、姉ちゃんしかいない時に来るのかな!?」


「こら理久。あなたは、蒼一郎君に対して、当たりが強すぎるわ。あの子は、何も悪いことしてないじゃない」


「そうだけど……っ」


 母から叱咤され、理久は小さく縮こまった。


 そう、蒼一郎は、何も悪くない。

 

 きっと悪い人は──誰もいない。


 だけど、姉の心には、今でも深い後悔が、その心に深く根付いてる。


「……でも、蒼一郎さんが恋人作って、結婚すれば、姉ちゃんだって……っ」


 苦痛の表情で理久が呟くと、稜子りょうこは、そっとその肩を抱き寄せ、また穏やかに紡いだ。


「そうね……理久は、あかりが大好きだから、幸せになってほしいものね」


 いつまでも過去に囚われて、この先の未来を諦めては欲しくない。


 そう思うのは、当然の事だ。


 なぜなら、自分達は、あかりの「家族」だから。



 どうか願わくば


 いつの日か、あかりが




 自分を、許せる日がきますように──…





 





第347話 悪い人と普通の人


 






◇◇◇


「ねぇ、隆ちゃん! 今度一緒に、お花見いかない?」


 美里が経営する、喫茶ラ・ムールの店内にて。


 カウンター前に寄りかかった飛鳥は、バイト中の隆臣に、にっこりと笑いながら話しかけた。


 きっちりウェイター服を着た隆臣は、レジ前でお客様の会計を済ませた後だった。だが、そんな最中、いきなり現れた美人すぎる友人に、隆臣は眉をひそめる。


「なんだ、いきなり。冷やかしなら帰れ。営業妨害だ」


「うわ、ひど。デザート買いに来たのに。俺、お客だよ?」


「客ならいいけどな。しかし珍しいな。お前が、日曜日に現れるなんて」


 カウンター近くのショーケースの前に移動すると、三人分のケーキを選ぶ飛鳥を見て、隆臣は首を傾げた。


 飛鳥は、基本土日はあまり出歩かない。

 なぜなら、この容姿に、この華やかさ。


 街中を歩き回れば、自然と人を惹きつけ、ナンパやら、スカウトマンやらと出くわし、大変な目に合うからだ。


 すると飛鳥は、ここに現れた顛末を、ケーキを選びながら話し始めた。


「それが、蓮華れんげと一緒に"ケーキ食べたいね"って話になったんだけど……ジャンケンして、負けた」


「またかよ!」


「仕方ないだろ! なんかわかんないけど、俺、ジャンケンは弱いんだよ!! ていうか、アイツら双子が、いつも二人して同じ物出してくるから、三人でジャンケンしても、二人でジャンケンしてるようなものなんだよ!」


 そうなのだ。飛鳥は、双子とジャンケンをすると、高確率で負ける。


 そのせいで、大抵、ケーキが食べたい、アイスが食べたいとなった時は、よく飛鳥が買いに行く羽目になる。


「その弱点は、あまり人に知られないようにしとけよ。バレたら、みんなしてお前に、ジャンケンしかけて、無理難題もちこんでくるぞ」


「なにそれ、怖すぎ!?」


「それより、なんだ花見って?」


 すると、ふと先の話を思い出して、隆臣が問いかけた。

 この飛鳥が、自ら人ゴミに行く提案をしてくるなんて、天変地異に前触れと言ってもいいくらいレアなことだ。


「マジで冷やかしや冗談だったら、追い出すぞ」


「冗談じゃないよ。実は、この前、あかりに『一緒に桜を見に行こう』って誘ったんだけど」


「え?」


 瞬間、隆臣は目を見張った。


 これは思ったよりも、あかりさんとの仲が進展しているのかもしれない。


 そう、思ったのだが……


「あかりは、と思ってるみたいで」


(あぁ、全然進展してねーな、これは)


 だが、残念ながら期待はずれな答えが返ってきた。

 これは、全く進展してないどころか、飛鳥は未だに『友達』としか思っていないのだろう。


 しかし、これほどの男にデートに誘われていながら、デートとは一切思わないなんて……


「スゲーな、あかりさん。大学の女子たちが聞いたら批難殺到だな」


「……怖いこと言わないでよ」


「だってそうだろ。お前、自分の異常なモテ方、ちゃんと理解してるのか? お前と付き合うとなったら、相手は、絶対苦労するぞ」


「え? そんなに?」


「あぁ、お前は『普通』じゃないからな」


「…………」


 普通じゃない──その言葉に、飛鳥は眉を顰める。


 だが、そんなこと自分が一番よく分かっていた。これだけ、並外れた容姿をもって生まれてきたのから。


「普通か……俺は、普通のお兄ちゃんのつもりなんだけどな?」


「お前がそう思ってても、周りはそうは思わねーよ。世間から見たお前は、だ。普通の人が羨むくらいの容姿を持っていて、その容姿で、楽に世の中を渡っていける、そう思われてる。実際は、そんなことないのにな」


「…………」


 そう、人は『普通』を基準に、周りを判断する。


 普通よりも『上』か『下』かで他人を見て


 上と分かれば、媚びへつらい

 下と分かれば、蔑みバカにする


 誰が決めたか分からない、その『普通』という基準は、時には薬にもなり、毒にもなる。



「あかりは、俺の事『普通の人』だって言ってくれたよ」


「………」


「ちゃんと、中身を見てくれて、媚び売ったり、特別扱いしたりしない」


「……そうか」


 だから、好きになったのだろうか?

 飛鳥は、あかりさんを……


 だけど、それは、あかりさんが、飛鳥を『友達』として見てるから──


「まぁ、この先、上手くいくにしても行かないにしても、人気者のお前と付き合うとなれば、それなりにが必要になる。異性なら尚更な。そこは理解しとけよ」


「覚悟か……隆ちゃんも覚悟した?」


「え?」


「俺の、って言った時」


「………」


 その言葉に、隆臣は小5の頃を思い出した。


 誘拐犯に襲われた後、飛鳥が学校に行くと、侑斗さんから聞いた日。


 飛鳥に、友達になろうと宣言した、あの日。


 正直に言えば、覚悟はした。だからこそ、空手を始めて強くなろうと思った。


 もう、二度と、飛鳥を置き去りにして逃げないように──



「さぁ、もう忘れた。そんな昔の話」


「うわ! どうせ、そんなことだろうと思ったよ」


「それより、花見ってどこに行くんだ」


「あー、さかき神社の裏にある、桜公園にしようかなーと?」


「榊神社って、バカかお前!? そんな近所の公園にあかりさん連れて行って、大学の奴らに見つかったらどうするんだよ!?」


「はぁ!? でも、あそこ結構穴場だろ?」


「あっちの大通りの公園よりはな! でも、家族だけで行くならいいけど、明らかに女の子が、それも大学の後輩が一緒にいたら、絶対変な噂がたつだろ! あかりさんを厄介ごとに巻き込みたくないから、悪いことは言わないから、市外にいけ!」


「市外!?」


「誰一人、知り合いに会わないようなところじゃないと、今後どうなるか分からないぞ」


「……っ」


 真剣が隆臣の表情に、さすがの飛鳥も怖気づく。確かに、大学の学生たちに見られたら、色々とマズイ。


 だが、さすがに市外は……


「でも、車もないし、電車で行くの?」


「……つーか、何人でいくんだよ?」


「えーと、蓮華とエレナとあかりと……」


「俺とお前の、6人ってことか?」


「今のところ。でも、結構な大人数だよね。それに、電車で長時間移動するのは、エレナが疲れちゃうんじゃないかな?」


「あー、エレナちゃん、あまり遠出したことないみたいだしな。なら車か」


 すると2人は、車を出せそうな人を思いうかべる。だが、美里は仕事があるし、侑斗は海外。


 かといって、飛鳥も隆臣も、まだ免許は持っていない。


 となると……


「あ!」

「?」


 瞬間、飛鳥が声を上げて、隆臣は首を傾げた。


「誰か、いたのか?」

「うん、いたいた♡」


 そういうと、飛鳥はスマホで電話をかけ始めた。


 果たして、飛鳥がかけた人物とは……?

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