第8章 好きな人のお願い

第376話 相談と適任者


 それから暫くして、神木家の三兄妹弟は、新学期を迎えた。


 兄の飛鳥は大学生四年生、そして、双子の華と蓮は、高校二年生になり、また一つ成長した兄妹弟は、多少なりとも頼もしく見えた。


 だが、そんな新しい生活が始まりだした、ある日。神木家の長男・飛鳥だけは、喫茶店の中で気難しそうな顔をしていた。


「どうしたんだ、飛鳥?」


 珍しく、相談したいことがあると呼び出した飛鳥に、友人の橘 隆臣と武市たけち 大河たいがが、不安げに首を傾げた。


 深刻な顔をする飛鳥は、酷く悩んでいるようだった。


 この、が、こうして思い悩み、尚且つ、相談に乗ってほしいだなんて「明日は嵐か!?」と、言いたくなるくらい珍しいことだ。


 だが、真剣に悩んでいるなら、もちろん、聞いてやりたいと思うだろう、友達なのだから!


「神木くん、一体どうしたんですか!? なにか深刻な悩みが!?」


「ん? あ、いや、深刻って程じゃないんだけど……」


 前のめりになり飛鳥を心配する大河に、飛鳥が、注文したカドーショコラを食べながら答えた。


 口に広がるほろ苦い甘さを堪能しながら、飛鳥が思いだしたのは、例のだ。


 親からバイトの許可を貰えたら、就職祝いに、女装をしてほしいと言われた。


 まぁ、今までにも女装は何度かしてきたし、あかりには、ミサの誤解を解いてくれたという、借りもある。


 女装姿が見たいというなら、しっかり義務は果たそう! だが、問題は……


「あのさ、俺がまた女装するなら、どんな衣装が見たい?」


「「?」」


 少し戸惑いがちに言った飛鳥の言葉に、隆臣と大河は更に首を傾げた。


 深刻な悩みかと思えば、まさかの女装!?

 だが、その話に、大河が我先にと食いつく。


「ああああああああぁぁぁ!! もしかして、またしてくれるんですか!? あの完璧たる妖艶で美しすぎる女装を!! でも、まってください!! いきなり、そんなことを言われても、すぐには決められ」


「誰も、武市くんの前でするとは言ってないよ。てか、うるさいから、黙って」


 喫茶店の片隅で、人目をはばからず大声を出し、身悶えり大河! それを見て、飛鳥がバッサリ言葉を返した。


 ちなみに、言うまでもないだろうが、大河の飛鳥への信者ぶりは、大学四年生になっても健在だ。


「ねぇ、武市くん。いい加減、目を覚ました方がいいんじゃない?」


「目を覚ます? 何を言ってるんですか!? 今ここにいる神木くんが、夢なはずがないじゃないですか!! きっと、触れたら抱きしめられる!!」


「抱きしめるなよ。蹴り飛ばすぞ」


「ああああああああぁぁぁ、もう、その辛辣な返し、絶対夢じゃなーーい!! そして、俺は、そんな神木くんの返しが大好きです!!!!」


「うん……もう、なにいってもダメなのは分かった」


 ニッコリと笑顔を浮かべつつも、飛鳥は呆れかえる。

 相変わらずの信者っぷり。だが、そんな通常運転な大河の隣で、今度は、隆臣が問いかけてきた。


「それが、相談か?」


「ぅ……うん、呆れないでね。真面目に悩んでるから」


「てことは、マジで女装するのか?」


「まぁ、近々」


「なんのために??」


「なんの……っ」


 隆臣の質問に、飛鳥は口ごもり、そして、喫茶店の奥をチラリと流し見た。


 あかりは、あの後、正式に採用され、数日前から、この喫茶店で働いている。


 採用されたのは、フロアではなく、キッチン。だから、ここから、あかりが働いている姿は全く見えないが、隆臣の話では、長い髪を一纏めにして、コックコートを着ているあかりは、またちょっと違う印象を受けるらしい。


 花見の時は、ポニーテールにしていたが、髪をまとめたあかりも、また新鮮だろうなと思いつつも、客である飛鳥が、それを拝めるはずがなく……


「もしかして、あかりさんか?」

「……!」


 すると、飛鳥の視線に気づいて、隆臣が更に問いかけた。

 一瞬、言うか言わまいか迷った。だが、この真剣な悩みを解決するなら、女装しなくてはならないのかは、はっきりさせた方がいいだろう。


「うん。頼まれたのは、あかり。就職祝いに、俺に女装してほしいって」


「マジか」


「マジ。ねぇ、俺の女装って、そんなに見たいもの?」


 まさか、あかりにまで言われるとはおもわなかった。

 だけど、あのあかりのあの言葉には、少しだけドキッとした。


『私の知らない神木さんを、もっと見てみたいです』


 あんな告白じみた言葉──


 だけど、あかりのあの言葉に、特別な意味はなく。


「そりゃ、お前の女装なら、女子も見たいだろ」


「は?」


 だが、その後、あまりにも平然と隆臣が返してきて、飛鳥はあっけに取られた。


「え? 女子も?」


「ああ、むしろ女子の方が食いつきそうだよな。文化祭の時も、クラスの女子が楽しそうにしてたじゃねーか」


「そ……それは、そうだったけど」


「まぁ、他の男ならともかく、女装は、それなりに見る価値がある」


「……」


 だが、それには、一瞬、ん?と首を傾げ


「──どんな価値があるんだよ!!」


「いや、あるだろ」


「そうですよ! こんなに綺麗なんですよ!きっと神木くんの女装姿をまとめた写真集が出るなら、ベストセラー間違いなしです!」


「そんなに!?」


 流石に、それは言い過ぎだろうが、隆臣にまで『価値がある』と言われると、二の句がつげなくなる。


 なにより、さっきの女子の話には、妙に納得してしまった。つまりあかりも、文化祭の女子たちと同じような感覚なのだろうか?


(これは、完全に男として見られてないな)


 まさに、きせかえ人形だ。


 だが、あかりの気持ちも気にはなるが、今、早急に解決したいのは、それじゃない。


「それより、あかりの前で女装するなら、何がいいと思う?」


「つーか、それはあかりさんに、直接聞いた方がいいんじゃないか?」


「聞いたよ。でも『お任せします』って言われちゃって」


「あー、なるほど!つまり、当日の楽しみにってやつですね!! はい! じゃぁ、神木くん! 婦人警官とかどうでしょうか!?」


「婦人警官? うーん、他には?」


「じゃぁ、バニーガールとか、セーラー服とか! あ! シスターなんかもいいかも! 神木くん、なんでもにあいそうだから、迷いますね!!」


「武市くん、楽しそうだね」


「それは、もう! 神木くんの女装姿を想像するだけで、俺は」


「飛鳥」


 だが、そこにまた隆臣が口を挟んだ。


「それは、男の俺たちじゃなくて、に聞いた方がいいんじゃないか?」


「え? 女の子?」


「あぁ、お前の傍には、適任者がいるだろ。兄貴のためにノリノリで協力してくれそうな女の子が」


「え……?」


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