第388話 唐揚げとポテトサラダ


「え! 飛鳥さん、女装するの!?」


 神木家にて、リビングで宿題をしていたエレナが、突如、目を輝かせた。


 今日は、ミサが午前中だけ仕事のため、一日、神木家に預けられたエレナは、現在、双子と一緒に宿題の真っ最中!


 少し前まで一緒に暮らしていたエレナは、今でも神木兄妹弟にとっては末の妹のような存在であり、こうして神木家に預けられるのも、今や日常になりつつある。


「そうなの! 飛鳥兄ぃ、今日、あかりさんの家で女装するんだよ!」


「わー、いいなーいいなー! 私も見たい!!」


「…………」


 華の話に、キャッキャと騒ぎはじめたエレナをみて、キッチンでお昼を作っていた飛鳥が、ピクリと眉を引くつかせた。


 あかり、華、葉月と続いて、まさかのエレナもとは。どうして自分の周りの女子たちは、こうも男の女装姿を見たがるのか!?


「エレナ、お前もか」


「だって、飛鳥さん、絶対にあうよ! お母さんに、そっくりだもん!」


「だよねー。ミサさんに、そっくりな飛鳥兄ぃの女装姿、やっぱりエレナちゃんも見たいよねー! それなのに、飛鳥兄ぃ、あかりさんにしか見せないって言うんだよー」


「え? 私たちには見せてくれないの!?」


「……っ」


 エレナがシュンとした顔で、飛鳥を見つめれば、飛鳥は菜箸を手にしたまま、たじろいだ。

 そして、そんな兄を見つめながら


((よし! エレナちゃん、もう一息!!))


 と、双子が心の中でヨイショする。


 この美人すぎる兄の女装姿を、また拝めるかは、全てエレナにかかっていた!


 なぜなら兄は『絶対に、あかり以外には見せない』と言って聞かないからだ。


 だが、やはり見たい!

 そして、可能なら生で見たい!


 だからこそ、エレナを巻き込んで、兄の心を揺さぶっているのだが


「見せないよ」


 と、兄はキッパリ否定して


「だぁぁぁぁ、なんでだよ、兄貴!? エレナちゃんが、見たいって言ってるんだぞ!!」


「そうだよ! 可愛い妹の頼みを、そんなにすっぱり断るなんて! 優しいお兄ちゃんなら聞いてあげるべきなんじゃないの!?」


「そうだね。俺は、優しいであって、じゃないんだよ。ていうか、エレナを使うな」


「だって飛鳥兄ぃ、嫌だっていうし」


「当然だろ。それより、お昼できるよ。宿題終わった?」


 テキパキと4人分のお昼を作る飛鳥は、その後、妹弟に話しかけながら、冷蔵庫を開けた。


 そして、冷蔵庫の中には、食材とともにタッパーが二つ。


 今朝、神木家に来た時、エレナがミサから預かって来たものだ。


 なんでも中身は、ポテトサラダと唐揚げらしい。


「宿題は、みんな終わったよー、なにか手伝うことある?」


「あー、じゃぁ、ご飯よそって」


 すると、華が話しかけてきて、飛鳥は返事をしながら、唐揚げのタッパーを電子レンジに入れた。


 その後、正方形のオシャレなプレートを4人分取り出すと、千切りにしたキャベツとポテサラ、そして飛鳥が先程、揚げたばかりのエビフライと、ミサが作った唐揚げを一緒に盛り付けていく。


 品数が増えたからか、手っ取り早くワンプレート出来上がった。見栄えもよく盛りつけのセンスもいいからか、オシャレなカフェにあるようなランチに見えなくもない。


 すると、出来上がった昼食を見て、エレナが


「お母さんの唐揚げ、美味しいんだよ! 子供の頃は、飛鳥さんも好きで、よく作ってあげてたって!」


「え?」


 その何気ない話に、飛鳥がキョトンと目を丸くする。


 幼い頃は、食べていたであろう、母の手料理。


 きっと、今、目の前にあるポテトサラダも唐揚げも、食べたことがあるのかもしれない。


 だが、あいにくミサと暮らしていたのは4歳までで、幼すぎたせいか、食事に関する記憶は、ほとんど残ってない。


「そぅ……俺、好きだったんだ、コレ」


「覚えてないの?」


 すると、横でご飯をよそいながら、華が問いかけた。


「うん、覚えてない。まだ4歳だったし……でも、俺イチゴが好きだったから、よく自分の分のイチゴを、俺のケーキの上に乗せてくれてたのは、覚えてるよ」


 幼い日のミサとの記憶。

 優しかった頃の母の記憶。


 だけどそれが、あの日から、全て忘れたい記憶になった。


 幸せだった記憶も

 優しかった記憶も


 根こそぎ真っ黒に塗りつぶされて、重苦しい記憶だけが残った。


 だけど、またこうして、ミサと関わるようになって、更に手料理を食べる日が来るなんて、人生とは、不思議なものだと思った。


 忘れたい苦い過去。大嫌いだった人。だけど、不思議と今は、ミサが作った料理に嫌悪感は抱かない。


 そして、それはきっと

 少しずつでも、許せているから……


「ミサさん、兄貴が好きだと思って、持たせてくれたのかもね」


「え?」


「あ、私もそう思った。よかったね。また、こうして、ミサさんの料理食べられるようになって」


「…………」


 双子が続けざまにそう言えば、飛鳥は、改めて、プレートの上に盛りつけられた唐揚げを見つめた。


 きっと、自分は幸せ者だ。


 母親と生き別れていた自分は、歩み寄りさえすれば、またこうして、手料理を食べれる。


 でも、母親と華と蓮は、どんなに願っても、もう母の手料理は食べられないから。


「そうだね、しっかり味わうよ」


 記憶はないけど、食べれば、懐かしく思うのだろうか?また、好きになるのだろうか?


 本当に、人生は、何が起こるか分からない。


 少し前までは、こんな日が来るなんて、想像もしていなかったのに……


「ねぇ、飛鳥さんが女装すること、お母さんにも話していい?」


「え!?」


 だが、その直後、エレナがとんでもないことをいいだして、飛鳥は困惑する。


 話す!? あのミサに──!?


「ちょ、なにいってんの! 絶対ダメだから!」


「え? なんで?」


「な、なんでって! そりゃ、息子としての尊厳が」


「大丈夫だよ、飛鳥兄ぃ! 隆臣さんとの交際を認めてくれた、今のミサさんなら、女装くらい余裕で許してくれるって!」


「え? 飛鳥さんと隆臣さん、お付き合いしてるの? 親友じゃなかったの?」


だよ、親友!! 華! お前も、紛らわしいこと言うな!?」


 慌ててエレナの誤解を訂正しつつ、飛鳥はスープをカップに注ぎ、仕上げにかかる。


 お昼を食べたら、あかりの元に行く準備をしなくてはならないからか、飛鳥は、テキパキと準備を終え、時計を見つめた。


 今の時刻は、12時10分。

 そして、あかりとの待ち合わせの時刻は


 ──午後2時。


 普段と変わらない賑やかな昼食時。だが、この後、あかりと会うからか、飛鳥の心中は、少しだけ落ち着かなかった。

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