第1章 神木家と倉色家

第314話 神木家と年明け


「兄貴、華、できた~?」


 大晦日──


 夜11時を過ぎ、年が明ける30分前。神木家のキッチンでは、飛鳥と華が料理をしていた。作っているのは、大晦日の定番、年越しそば。


 蓮が声をかければ、どうやらもう出来上がりまじかなのか、だしの美味しそうな香りが漂ってきた。


「今年の蕎麦は、なに?」


「鶏そばだよ~」


「相変わらずうちは、蕎麦のレパートリー豊富だよね。毎年毎年、具材が変わるし」


 華の声に、蓮がカウンターからキッチンを覗き込めば、その横にいる兄が、蕎麦を人数分取り分けているところだった。


 そして、その更に横には、鍋の中に大きめに切った鶏肉とネギなどが入った蕎麦つゆが。


 少し濃いめのそのつゆを見れば、出汁がしっかり鶏に染み込んでいるのが、よくわかる。


 神木家の年越し蕎麦は、毎年このように具材が分かる。


 鶏や鴨のときもあれば、月見や油揚げになることも。だからか、今年はどんな蕎麦だろうかと、蓮にとっては、その年最後の密かな楽しみでもあった。


「そういえば、うちの蕎麦って、子供の頃からこんな感じだよね。一般的な年越し蕎麦って言えば、海老な気がするけど」


 蓮が、ふと疑問に思い問いかけると、華もそういえばと、つられて首を傾げた。すると飛鳥は、蕎麦をよそったどんぶりに汁を注ぎながら


「母さんが、こうしてたんだよ」


「え?」


「母さんの実のお父さんが、毎年色んな蕎麦を作ってくれたんだって。しかも手打ちで」


「手打ち!?」


「なに!? そば職人でもしてたの!?」


「さぁ、それはよくわかんないけど。でも、かなり料理上手なお父さんだったみたいで、母さんもそれを真似てたみたい」


「へー」


「それに一般的に海老が多いのは、長寿を願う一番わかりやすい縁起物だからだけど、ちゃんと鶏だって縁起物だよ」


「え? そうなの?」


「うん、年が明けて一番初めに鳴く動物が鶏って言われてるし……何より、鶏は『幸せを”とり”こむ』って意味もあるからね」


「へー、でも確かに、毎年海老って決まってるよりは、バリエーション豊かな方が嬉しいかも!」


「しかし、兄貴相変わらす物知りだよね。どこで、そんな雑学覚えてくんの?」


「えーと……どこっだったかな? 多分小学生の時に借りた本とか? ていうか、これ常識だろ。お前たち、なんで年越しに蕎麦食べるのか、その由来知らないわけじゃないよね?」


「「…………」」


 兄の言葉に、華と蓮は言葉を閉ざした。

 はて、年越しそばとは?


「わ、わかってるよ! あれでしょ? みんなで、パーッと盛り上がろう~的な?」


「そうそう! それで、同じもの食べて、心を一つにしよう的な!」


「なに、そのパリピ的発想」


 どうやら意味も分からず、蕎麦を食べてきたであろう双子に、飛鳥はあきれ返る。


 まぁ、お節料理の縁起物の由来は学校で習っても、年越しそばまでは習っていないだろう。


 なによりこれは、今まで教えてあげなかった、自分にも責任がある。


「いい、蕎麦は細長いことから、長く生きられますようっていう長寿の意味と、家族の縁が末永く続きますようにっていう意味があるんだよ。他にも、切れやすいことから、一年間の厄を全て断ち切って、新しい年を迎えられますようにとかね」


「「……そうだったんだ」」


「ほら、わかったら、年越す前に食べるよ。蓮、テーブル拭いてきて」


 飛鳥に促され、蓮は華から綺麗に洗った台ふきを渡されると、テレビの前に置かれたローテーブルの前に移動する。


 すると、そのローテーブルの前のソファーでエレナが眠っているのに気が付いた。


 エレナは神木家に来る前まで、ほとんど夜更かしをしたことがなかった。モデルを目指し、美容とか健康とかに気を付けていたのもあるらしい。


「エレナちゃん!」

「んぅ……」


 蓮がゆすり起こすと、エレナは軽く身じろいだ後、目を開けた。


「もう、蕎麦出来るけど大丈夫?眠いなら、先に寝てても」


「うんん、大丈夫。私も一緒にお蕎麦食べたい!」


 どうやら、すっかり目が覚めたのか、可愛く笑ったエレナをみて、蓮もつられて笑みを浮かべた。


 あれからエレナも、大分神木家に馴染んできた。血のつながった飛鳥だけでなく、華と蓮にも懐いていて、本当に、可愛い妹ができたみたいな。


「蓮さん、なにかお手伝いすることある?」


「うーん。……じゃぁ、箸とか飲み物用意してくれる?」


「わかった!」


 駆け出していくエレナを横目に、蓮もテーブルを拭き始める。


 だが、そんな二人の姿を側で見ていた侑斗はなんとも言えない表情を浮かべていた。


 ここ最近で、急激に仲よくなり始めた蓮とエレナ。たまに早めに帰宅すれば、蓮がエレナに勉強を教えていることがあったり、一緒に洗濯物をたたんでいることがあったり。


 二人が仲良くなるのは大変良いことなのだが、自分とミサが出会ったのも、高校生と小学生のときだったからか、侑斗の心中はあまり穏やかでなかった。


(エレナちゃん、将来、絶対美少女に育つよな……?)


 今はまだ小学生だし、蓮も妹みたいに思っているだろうが、あの母親の娘で、あの兄の妹だ。


 確実に、異性を(兄の場合は同性も)誑し込む素質は秘めている。


(蓮は大丈夫だろうか、先々すっごい不安だ)


「おまたせー」


 そんなこんなしているうちに、年越しそばが運ばれてきた。


 時刻は午後11時36分。


 年越しまで、あと30分を切って、もろもろの準備をして、全員がテーブルにつけば、いよいよ年末らしくなってきた。


 テレビを見れば、もうじき紅白も終わろうとしていて、5人そろって今晩二度目の「いただきます」を言えば、出来上がったそばを食べ始める。


「あ、そうだった」


 だが、その直後、何かを思い出したらしい。侑斗は急に立ち上がると、キッチンの戸棚から一升瓶を取り出してきた。


 それは、見るからにお酒。

 多分、焼酎だろう。


「やっぱり、飲みながら年越さないとね」


「お父さん、またお酒~」


「もう、発想がおっさんだよね」


「いいの。俺、おっさんだから」


 もう47歳の侑斗。今更おっさんと言われても痛くもかゆくもない。あきれ返る双子を尻目に、侑斗はグラスと三つ用意すると、その後、飛鳥に呼びかけた。


「飛鳥~、お前は水割りとお湯割り、どっちがいい?」


「え? 俺?」


 蕎麦を食べながら、飛鳥が呆然と侑斗を見つめた。これは確実に飲めという合図だろう。


「俺、この後、片付けしなきゃいけないんだけど」


「大丈夫大丈夫、片付けなら俺がするから。このお酒、美里さんの親戚が送ってきてくれたみたいで、うちにもどうどーって。なかなか出回ってないお酒なんだぞ! お前も飲んで、美里さんにお礼言っときなさい」


 どうやらそれは、隆臣の母親である美里かららしい。そして飛鳥は、なぜかその名前にはことごとく弱いのだ。


「うーん……じゃぁ、少しだけ。水かお湯かは、父さんと同じでいいよ」


「了解。じゃぁ水割りで~」


 その後、侑斗はグラスに注いだお酒を、一つはゆりの写真の前に置き、もうひとつを飛鳥に手渡せば、二人は軽く乾杯をして、グラスに口をつけた。


 それからは、みんなで雑談をして、そのうち蓮が何気なしにテレビのチャンネルと変えると、画面の奥のイケメンアイドルたちが、カウントダウンを始めた。


 もうすぐ、年が明ける。

 いつもと変わらないようで、少し違う年越し。


 それでも、こうしてカウントダウンが始まると、不思議と気持ちが高まる。


「はーい、では我が家も、カウントダウン開始~」


 すると、年越しそばを食べ終わった華が、わっと場の空気を盛り上げ始めた。


 これも、いつもと同じ光景だ。それに続いて、お酒で上機嫌になった父と蓮が加われば、テレビのイケメンたちの声に合わせて、数字を一つ一つ、0に近づけていく。


「「5、4、3、2、1……」」


 0──の掛け声と共に、時計の針が0時を指すと、華が満面の笑みで


「明けましておめでとう~」


 と声を張り上げた。


 続けて、全員が「明けましておめでとうございます」と、頭を下げれば、新しい年を歓迎し、全員が陽気な気分になる。


「今年もよろしく~」

「じゃぁ、改めて乾杯~」


 ジュースやお酒を手に、今年初めての乾杯をする。今年も家族一緒に、誰一人欠けることなく、新しい年を迎えた。


 それは、とても奇跡的なことなのだと、新年を迎えるたびに、噛みしめる。


「今年も、いい年になるといいな」


「まぁ、去年は色々あったしね」


「あ、そういえば、エレナちゃんは、お母さんとどんな年越ししてたの?」


「うーん。うちは二人だけだから、こんなに賑やかな年越しじゃなかったかな」


「あはは。まぁ二人と五人じゃ、違うよなー」


「でも、お母さん人混み嫌いだけど、初詣には連れて行ってくれたよ。華さんたちも、明日初詣いくの?」


「あ、それは……」


 エレナが笑顔で尋ねると、双子と侑斗が申し訳なさそうに眉を下げた。


「あのね、エレナちゃん。うち、初詣は4日以降に行くって決めてるの」


「え? そうなの?」


「うん。エレナちゃんも、兄貴と一緒に文化祭来たから、何となく分かるとは思うけど、兄貴と一緒に初詣なんていったら、絶対何かしらのに巻き込まれるから、人が密になりやすい三が日は自粛することにしてるんだよ」


「!?」


 世のため、人のため!

 元旦に初詣に行かない神木家!


 そして、その理由を聞いてエレナは驚愕する。


 だが、同時に納得すらした。

 確かに、文化祭でも凄かったのだ。


 一際注目を集めていたし、顔も知らない生徒たちが『うちのクラスも見に来てくれ!』と、なぜか引っ張りだこだった。


 そして、なにより驚いたのは、桜聖高校一の美人を決めるミスコンで、何故か在校生ではない飛鳥にも票が入っていたこと。


 ちなみに、このミスコン。飛鳥は高校一年の時、もう既にグランプリとっている。


 更にいえは、翌年からそのミスコンのルールに『男子生徒への投票を禁ずる』という謎の文面が付け加えらたらしい。


 そんなこんなで、エレナも飛鳥の恐ろしさを、色んな意味で垣間見た文化祭だったのだが……


「そ、そうだね、人混みは避けた方がいいよね」


「そうなの! 分かってくれた!!」


 華がエレナの手を取ると、意見が合致した妹二人を、飛鳥は呆然と見つめる。


 確かに、元旦に初詣に行かないのは、全部自分のせいかもしれないが……


「今日、初詣に行きたいなら、俺のこと置いていけばいいよ」


 ポツリと呟いて、また少しだけお酒を口にする。自分が行かず、4人だけで行けば、きっと平和だとおもったから。


「もう、なにいってんの!」


「兄貴だけ、置いていくわけないじゃん」


「え?」


 だが、それにすぐさま反論してきた双子に、飛鳥は目を見開いた。


「でも……」


「そうだぞ、飛鳥。いくなら、家族みんなで行こう!」


「そうだよ、飛鳥さん! 私も別に、元旦じゃなくてもいいし!」


「……っ」


 まるで、飛鳥がいないと嫌だと言わんばかりの四人に、胸の奥が、じわりと暖かくなる。


 失うかもしれないと、思っていた。

 壊れてしまうかもしれないと、思っていた。


 だけど、それが今もこうして、自分の傍にある。


「うん……俺も、みんなと……一緒に行きたい」


 そう言って、小さく呟いた飛鳥は、その後、花のような笑みを浮かべた。


 そして、その瞬間、全員が頬を赤らめる。


 その表情は、誰もが見惚れてしまうような、綺麗な綺麗な笑顔だったから──


「──て、飛鳥! お前、人知れず酔ってるだろ!?」


「うーん?……酔ってない……よー」


「いや、酔ってるよね!? 普段、そんなこと言わないでしょ!?」


「そう、かな……でも、俺が………みんなのこと、愛してるのは……昔から変わらないし」


「……っ」


 愛してる!?

 愛してるなんて、いったよ!?


 あぁ、ダメだ!!


 これは、聞いてるこっちがダメージ食らうやつだ!!


「きゃー!恥ずかしいから、愛してるとかいうのやめて!?」


「ていうか、なんでそんなにお酒弱いの!? まだ、30分しか経ってないけど!?」


「焼酎強すぎたのか!? もっと水多くした方がよかったのか!」


「うんん、大丈夫……父さんが入れてくれたお酒……世界で一番美味しい」


「あぁぁぁぁ飛鳥ぁ、嬉しい! 嬉しいけど、もうそれ以上喋らないで! 俺たちの身が持たない!!」


(ふふ……飛鳥さん、可愛い)


 日頃、辛辣な飛鳥が、極端に惚気けまくる可愛らしい姿を見て、酷く身悶える神木一家。


 そして、それを見て、エレナが楽しそうに笑う。



 新たな年を迎えた、一月一日。


 この日も神木家では、賑やかな家族の笑い声がこだまする。


 昨年と変わらない。


 だけど、少しだけ成長した、神木家の新しい未来は、はたして、どのようなものになるのか?


 愉快で、賑やかで


 そして、いつもより甘~い一年の




 始まり、始まり~♪

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