第11話 喫茶店と彼女
「いらっしゃい、飛鳥くん!」
「こんにちは、美里さん! ケーキ取りに来たよ~」
飛鳥が喫茶店につくと、カウンターの前で、一人の女性が出迎えてくれた。
長い赤毛の髪を編み込み、横に流している40代くらいの女性。優しそうな雰囲気のその女性の名は、
この店『喫茶
なんでも、パティシエの資格も持っているらしく、
更に、カウンター横のショーケースには、お持ち帰りできる定番のケーキやデザート。
そして、店内奥のテーブル席は、パーティションで仕切られた半個室のような席になっているため、人目を避けたいサラリーマンや勉強に専念したい学生はもちろん、何かと目立つ容姿をした飛鳥にとっても、この店は居心地が良く、よく利用していた。
「飛鳥くん、いつもありがとね。外、寒かったでしょう」
「大丈夫だよ、厚着してきたし」
美里と話しながら、飛鳥はゆっくりと店内を見回す。さながら人気のお店とあり、そこは、ほぼ満席状態だった。
「おい、飛鳥! お前目立つんだから、帽子深くかぶっとけ!」
「わッ!?」
だが、そんな中、突然、背後から頭を強くを押さえつけられた。
見れば、それは隆臣だったようで、無理やり下げられたハットから顔を覗かせれば、飛鳥は少しだけ不満そうな顔をする。
一応これでも、クリスマスの人混みを配慮して目立たないように、長い髪をまとめハットを被ってきたのだ。
それなのに、まさか褒められるどころか、叱られるとは……
「こら、隆臣。ダメでしょ、乱暴なことしちゃ!」
すると、いきなり友人の頭を押さえつけた息子を見て、美里が困り顔で叱咤した。
「母さんも、無駄話してないでケーキ」
「もう~」
だが、それを隆臣が、あっさり受け流せば、美里は「ごめんね」と隆臣の代わりに謝り、カウンターの奥へと消えていった。
「もしかして、休憩中だった?」
すると、飛鳥が乱れたハットを被り直しながら問いかければ、隆臣は「あぁ」一言だけ発した。
今ここにいるということは、飛鳥が店に来たのに気づいて、わざわざカウンターまで出てきてくれたのかもしれない。
バイトをしている姿はあまり見たことがなかったが、今の隆臣は、清潔感のある白のシャツに、黒のネクタイとベスト。
そして、腰下からのサロンエプロンをして、しっかりとウェイターの格好をしていた。
「似合わないね~、それ」
「うるせーな」
もの珍しい姿に、飛鳥がニコニコ笑い冷やかし混じりにそう言えば、隆臣が、ぶっきらぼうに応える。
とはいえ、決して似合っていないわけではないのだ。
むしろ、その姿は誰が見ても"喫茶店で働くカッコイイお兄さん"なのだが、逆に「似合ってる」なんて言うのも、言われるのも、長い付き合いの二人には、小っ恥ずかしいセリフだった。
「バイトどう、忙しい?」
「見てわかんねーのか。まーまー繁盛してるよ」
「美里さん、嬉しそうだねー。
「子離れできてねーからな、うちの母さん」
「一人っ子だし、仕方ないよ。うちのも、早く兄離れしてくれるといいんだけど」
「シスコンでブラコンのお前が、それ言うか?」
「は? なにそれ」
「言葉の通りですが、依存気味のお兄様」
「……っ」
その言葉に、飛鳥が不機嫌そうに隆臣を睨みつけた。
「顔、怖いぞ」
「…………」
だが、さすがに、自覚しているところがあるのか
「まぁ……そう、かもね」
と、飛鳥は、ふいっと顔をそらしながら答える。
そして、その声は、店の音にかき消されてしまうほどの小さな声だったが、隆臣の耳にはしっかりと届いたようだった。
「華と蓮は、勉強中か?」
「うんん。クリスマスまで勉強したくないってさ。でも、プリンがどうだとかで喧嘩してたから、部屋の掃除言いつけて、出てきた」
「相変わらずだな」
「まぁね。でも、最近ちょっとおかしいんだよね、華と蓮」
「おかしい?」
「うん、俺の家事、手伝おうとしてきたり」
「それは、いいことだろ!」
「良くないよ。俺としては、家事なんかしないで、受験勉強に集中してほしい」
「…………」
うん。やっぱり、妹弟にダダ甘だなと思った。だが、そう思いながらも、あえて突っ込まず、隆臣は話を続ける。
「他には?」
「『もう子供じゃないから』って言ってきたり」
「それは、お前が子供扱いするからだろ」
「だって、子供だし」
「あのなぁー、華と蓮も、もうすぐ高校生だろ。いつまでも、お前に頼ってばかりじゃダメだって思って、あいつらなりに、大人になろうとしてるんじゃねーの?」
「大人、ねぇ」
確かに、二人とも春には高校生だ。子供扱いされたくないという気持ちも、わからなくはない。
だが、仮にそうだったとして、なぜ急に?
今まで
「あ。そういえば『なんで彼女作らないの?』とか聞いてきたんだよね」
「ふーん……それって、お前が彼女をつくらないの、自分たちのせいって思ってるんじゃないか?」
「え?」
「モテるのに、彼女を作らないお前が不思議で仕方ないんだろ。で、なんで作らないんだよ?」
「別に、作らないわけじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
すると飛鳥は、とても真剣な表情をしたあと
「俺、女の子と付き合っても、あいつら以上に大切にしたいって思えないんだよね」
「は?」
「だから、俺にとっては、華と蓮の方が大事っていうか、一番っていうか、彼女のために時間を使うなら、華と蓮のために使いたいっていうか……そもそも、好きになるってよくわかんないし、付き合った後も色々めんどくさいし、わざわざ彼女作る気になれないっていうか」
「…………」
──マジかよ!?
隆臣は、心の中で突っ込む。
確かに飛鳥は、小学生の時からあまり恋愛には関心がない。告白されても、そのほとんどが「おととい来きてね」状態。
だが、中身はともかく、外見はずば抜けていいため、今まで散々、他人から『一方的な好意』を向けられ続けてきた。
そのせいなのかは知らないが、どうやら『自分の愛情』の矛先が『他人』ではなく全て『家族』に向かっているのかもしれない!
「お前ダメだわ! それはヤバいわ!! とりあえずお前には、本当に好きになった子にフラれる呪いかけとくから!!」
「は?」
「こんな兄貴みてたら、そりゃ悩むわー、早く大人にならなきゃーとか思うわ」
「隆ちゃん、もしかして、ケンカ売ってる?」
そう言って、飛鳥がにっこり笑って
ガシャーン!!!
「キャー!!」
店内に、突如ガラスの音が鳴り響いた。
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