第252話 着信と不安


 トゥルルルルルル──


 華の言葉を遮り、突然の鳴り響いた着信音。リビングに響く、その機械的な音に飛鳥はハッと我に返る。


「ごめん。ちょっと待ってて」


 そう言って、バッグからスマホ取り出した。


 鳴り止まないスマホを手に、登録済みの相手の名前を確認する。すると、その名前を目にした瞬間、飛鳥は眉をひそめた。


(……狭山さん?)


 電話先の相手は、モデル事務所に勤めている狭山だった。意外な人物からの連絡に、飛鳥は少し躊躇いつつも、その電話にでる。


『神木くん! ごめん!!!』

「!?」


 すると、声を発する間もなく、いきなり謝罪の言葉が聞こえた。


『ゴメン、ゴメン、どうしよう……ッ、本当にごめん、俺…っ』


「あの、狭山さん、落ち着いて……!」


 どうやら、軽くパニックになっているらしい。飛鳥は、電話先でブツブツと呟く狭山に落ち着くよう声をかけた。


 そして、そんな飛鳥の姿を見て、華と蓮が、その向かいで首をかしげる。


(狭山さんて、確か)


(クリスマスにあったスカウトマンの人だよな?)


 昨年12月、兄をモデルにスカウトして見事フラれたモデル事務所のお兄さん。


 その狭山さんと、クリスマスに一緒に食事をしたのを、華と蓮は覚えていた。


 とても気さくで、面倒みの良さそうなお兄さんだったが、モデル嫌いな兄が、その人とまだ連絡を取り合っていたことに驚いた。


「一体、どうしたの? なにが……」


 すると、双子が困惑する中、飛鳥は神妙な面持ちで狭山に問いかけた。狭山は、何度か謝ったあと


『ごめん、実は……オーディションのことが、ミサさんにバレた!』


「──え?」


 一瞬、思考が止まりかけた。スマホをきつく握りしめる飛鳥は、ただただ硬直する。


 バレた? それって──


「──ッ」


 瞬間、飛鳥は慌てて立ち上がった。


「なにそれ……どういうこと……っ」


『ごめん、ミサさんに関わりそうな社員には一通り話してはいたんだけど、その時、一人だけ休んでいた子がいて、その子には伝わってなくて』


「……」


『あの、電話かけたんだけど繋がらないんだ、エレナちゃんに!! ミサさんも、全然出なくて』


「……っ」


 ──連絡が取れない。

 その状況に、飛鳥はジワリと汗をかく。


 心の中に宿った不安は、次第に大きくなって、心拍はドクドクと早まる。


 オーディションのことを聞いて、あの人は、どう思っただろう。


 エレナは、今───どうしてる?



「狭山さん、エレナの住所教えて!」


『え?』


 間髪入れず言葉を紡ぐと、飛鳥は有無を言わさずそう言った。


「大体の場所はわかってる。でも、正確な住所までは知らない! エレナの住所と、あと家の特徴──」


『ちょ、ちょっと待って、それ個人情報』


「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」


『分かった! 教える、教えるから待って!!』


 その後、飛鳥は手帳とペンを取り出すと、狭山に言われるまま、そこにエレナの住所を記載し始めた。


 そして、そんな兄の姿を双子は何一つ声をかけられぬまま、ただ呆然と見つめていた。


 酷く焦った様子の兄。

 それはとても珍しい姿だった。


 だが、狭山さんと、一体、どんな話をしているのだろう。


 "エレナ"って────誰?



 そうこうしているうちに、飛鳥は手帳に書いたメモを一枚破き去ると、スマホなど必要最低限のものだけ持って、足早に玄関へと移動しはじめた。


 それを見て、やっとのこと状況を理解した華と蓮は


「兄貴!」


「待って! こんな時間にどこ行く気!?」


「──ッ」


 反射的に立ち上がり、兄を呼び止める。


 6時半を過ぎ、外は黄昏時の赤紫色に染まり始めていた。そんな中、不意に思い出したのは、10年前の"あの日"のこと──


 あの日も、こんな黄昏間近の頃だった。


『すぐ、戻ってくるから──』


 そう言って、兄はぬいぐるみを探しに出て、だけど、すぐに戻ってくるって言ったのに


 あの日、お兄ちゃんは───…



「ごめん、、お前達はここで待ってて!」


 すると、呼び止められた飛鳥が、心配をかけないように笑顔でそう言った。


 再び背を向け、玄関に向かう兄。


 だが、"すぐ、戻ってくるから"──そう言われた瞬間、華の目には、じわりと涙が浮かびはじめた。


「あ……、…っ」


 なんだか、とてつもなく嫌な予感がした。


 行って欲しくない。

 行かせたくない。


(待って……っ)


 待って、待って


 ダメ、行かないで───


「お兄ちゃん!!!!」


 瞬間、大きく声を発した華は、飛鳥の後ろからギュッと、きつく抱きついていた。


「ッ……華!?」


「お兄ちゃん、行かないで!!!!」


「!?」


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