第305話 ケーキと兄妹

 12月24日──

 クリスマス・イブの午後。


 昼食をとり、自宅からでてきた狭山さやま まことは、いつものスーツ姿ではなく、ジーンズにダウンジャケットといった私服姿で、毎年ケーキを注文している喫茶店にやってきた。


 カランカラン~♪


 店のベルが軽やかな音を立てると、中のカウンターには、一年前も接客してくれた赤毛の青年がいた。


「狭山さん、お久しぶりです」

「どーも!」


 カウンターにいたのはたちばな 隆臣たかおみ


 今年もバイト中なのか、ウェイター服に身を包んだ隆臣は、狭山を見るなり話しかけてきた。


「今年は、仕事休みなんですか?」


「そうだよー。毎年クリスマスに働きたくないしねー」


「彼女が……」


「できてたら、もっと良かったんだけどね!!」


 昨年のクリスマスは、ひょんなことから神木家と橘家と一緒に過ごした狭山。


 だが、今年こそ一人寂しいクリスマスをすごすことになりそうで、狭山はため息をつきながら、ケーキの予約票を取り出す。


「そういえば、今年は神木くんバイトしてないんだね?」


「あぁ、飛鳥は基本クリスマスは家族とすごしてますから、去年が例外だっただけですよ」


「……へー」


 すると、その言葉に、狭山はまるで内緒話でもするように、こそこそと隆臣に話しかける。


「あのさ、神木くんて彼女いないの?」

「……」


 どうやら、あの絶世の美男子が、クリスマスを家族と過ごすと聞いて、気になったらしい。狭山が、興味津々に問いかけてきた。


「いませんよ」


「まじで!? あの顔で!?」


「それ、飛鳥の前で言ったら、殴られますよ」


「いやーでもさー勿体ないというか……あ。じゃぁ、あの子違ったんだ」


「あの子?」


「あ、実は、この前一悶着あって」


「あー、飛鳥の母親の件ですか?」


「そうそう。なんだ、知ってたんだ。その時にさ、がいて、前にも神木くんと一緒にいるところ見たし、てっきり彼女なのかと」


「…………」


 どうやら、のことを言っているらしい。


 傍目からは、恋人同士に見えたのか? はたまた飛鳥がそう思わせるほど、あかりさんに手をかけていたのか?


 狭山にもそんなふうに思われていることに、隆臣は失笑する。


(あいつ、いつ自覚するんだ?)


 正直、周りにバレバレなせいか、ちょっと友人としては心配になってくる。


 カランカラン~♪


 すると、その瞬間、また店の扉が開いて、今まさに噂していた人物が入ってきた!


 ダークグレーのチェスターコートを着た飛鳥。


 そして、その隣には、白と紫のボアコートを着たエレナもいて、いきなり現れた金髪の美男美少女の二人組に、店中の視線が一気に集中する。


「あ、狭山さんだー!」


「よぉ、神木君、久しぶり! ちょうど今、君の噂してたんだ」


「え? 俺の噂?」


「うん。神木くん、こんなにイケメンなのに、クリスマスなんだなって!」


「は? 何言ってんの? 俺がぼっちなわけないじゃん」


 まるで『同類だね!』と言わんばかりの狭山に『過ごす相手(家族)なら、沢山いますが?』とでもいいたそうな飛鳥。


 その噛み合わない会話に、隆臣がなんとも言えない表情を浮かべると、飛鳥の横から、エレナがひょこっと顔を出した。


「狭山さん、お久しぶりです」


「久しぶり、エレナちゃん。あれからミサさんはどう?」


「はい。少しづつ良くなってるみたいで……」


「そっか」


「エレナ、ケーキどれがいい?」


 すると、狭山と会話をするエレナに、飛鳥がカウンター横のショーケースを見つめながら声をかけてきた。


 ショーケースの中には、美里が考案したオシャレなケーキやデザートが数多く並んでいた。


 その言葉に、エレナは狭山との話を終えると、トコトコとショーケースの前に駆け寄り、ケーキを選びはじめる。


「ど、どれにしよう」


「エレナが食べたいものを選べばいいよ」


「飛鳥、お前クリスマスケーキ取りに来たんじゃないのか?」


 だが、ショーケースの中からケーキを選び出した飛鳥に、今度は隆臣は首を傾げる。なぜなら、今年も神木家から、クリスマスのホールケーキを注文されているからだ。


「あ、ごめん、これは別件で。ケーキは後で華たちがとりにくるから」


「そうなのか。別件って?」


「うん、今からに行って来る。エレナを連れて──」


「病院……」


 その言葉に、隆臣と狭山はハッとする。

 エレナを連れて病院に行くということは……


「会えるのか? ミサさんに」


「…………」


 少し神妙な面持ちで問いかけてきた隆臣に、飛鳥は小さく相槌を打つ。


「……うん。今朝、父さんにいきなり相談されてさ。ある程度、回復傾向にあるから、短時間で良ければ面会させてもいいって病院側から提案があったって」


「……そうか」


 その話を聞いて、エレナが少しそわそわした様子で、飛鳥を見上げた。


 無理もない。自分の母親に、もう2ヶ月は会えていないのだから


「飛鳥」

「ん?」


 すると、そんなエレナを見たあと、隆臣は、また飛鳥に視線を合わせる。


「お前も、会うのか?」

「…………」


 お前も──その問いかけに、隆臣が自分を心配しているのだと、飛鳥は何となく察した。


 あれほど、恐怖心を抱いていた母親だ。飛鳥は、少しだけ視線を落とすと──


「俺は──」


「すみません!! 写真撮ってもいいですか!?」


「「!?」」


 だが、その瞬間、いきなり女の子が数人駆け寄ってきて、声をかけられた。


「もしかして、モデルさんとかですか!?」


「すごく綺麗だなと思って!」


「こっちの子は妹さんですか!? 可愛い~」


「よかったら、写真撮らせてください!? 二人一緒に!!」


「…………えーと」


 怒涛の質問攻めに、飛鳥が苦笑いを浮かべ、エレナが震えあがる。


 どうやら、飛鳥とエレナ、二人の写真を撮りたいらしいのだが……


「ごめんねー、うちの妹、素人には撮られなれてないから、そういうのは困るかな?」


 怖がって、飛鳥の後ろに隠れたエレナをかばいながら、飛鳥がニッコリ笑って野次馬をおいはらう。


 すると、その光景を見ていた狭山は


「あの二人、兄妹でモデルデビューしてくれないかな?」


「仕事のことは、忘れた方がいいんじゃないですか?」


 休みの日まで、スカウトのことを考える狭山に、隆臣はツッコミつつ、二人揃うと、その輝きが桁外れに増す目の前の兄妹を見て『あの二人を産んた母親は本当に人間か?』と、隆臣は漠然と思ったのだった。

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