★ 眠れる森の飛鳥ちゃん ④ (2021.8.5追加)


「もうすぐ、この塔に眠る魔王様が、お目覚めになるの!」


「「!!?」」


 その言葉に、4人は目を見張りました。


 この塔の中にいるのは、姉の飛鳥だけのはず。それなのに…


「ちょ、ちょっと待って!なんで、うちのお姉ちゃん、魔王扱いされてるの!?」


 思わぬ話に華が叫びます。確かに怒ると怖いですが、姉は決して魔王ではないからです。


「今は、魔王じゃないよ。でも、直に魔王として目覚めるの」


「何それ!? どういうこと!」


 一体何が起こっているのか?エレナの話に華は眉を顰めました。すると、エレナは…


「うちのお母さん、この世界が大嫌いなの。なんでも、ずっと好きだった人が、別の女と結婚しちゃったみたいで、もうこの世界滅ぼしたいみたい!」


(え!?失恋して、世界滅ぼすの?)


(何だそれ、超迷惑)


 どうやらエレナは、かなりめんどくさい母親をお持ちのようで、四人は戦慄しました。


 13番目の魔女・ミサは、その美貌故に人々から勝手に魔性の女などと言われていました。


 それ故に、心ない言葉をあびせられ、その心根はすっかり荒んでしまったようでした。


 そして、信じていた恋人にも裏切られ、自暴自棄になったミサは、世界を滅ぼして、また新しい世界を作ることを考えました。


 ですが、ミサの魔力は、もうそんなに残っておらず、その後継者になりうる者を探していたところ、あの誕生パーティーの日に出会った、飛鳥に目をつけたのです。


「お母さん、一目で見抜いたみたい。この子なら世界を支配できるって」


「きゃぁぁぁ、本当に支配できそうだから怖い!!」


「そうか…だから、糸車の針に刺されても、眠りにつくだけだったんだ」


「そうだよ。元々あれは、魔王にするための呪いだもの。そして私は、魔王様が自然と目を覚ますまで、絶対にこの塔に誰も近づけちゃいけないの。分かったら、今すぐこの国から出ていって!」


 エレナはまた杖をかざすと、四人に忠告します。ですが、そんなエレナを見て、あかりが問いかけました。


「エレナちゃんは、本当にそれでいいの!?」

「……っ」


 あかりの声にエレナが、キュッと唇を噛みしめました。


「いいなんて思ってない…本当はこんなことしたくない…でも、私…お母さんのこと、見捨てられない!」


「エレナちゃん……っ」


「あの、深刻な話をしてるところ申し訳ないんですけど、うちの姉を魔王にするのは、絶対やめた方がいいと思います!」


「あの人、敵だと思った相手にはマジで容赦ないから!魔王の素質、めちゃくちゃあるから!」


「ていうか、明らかにフラグ立ってるだろ! 君のお母さん、魔王の目覚めと共に真っ先にやられるやつだろ!!」


「え!?」


 眠り姫のことを知る双子と隆臣が、絶対やめろ!と声を揃えて言うと、エレナは困惑しました。


「うそ、あのお姉さん…そんなに怖い人なの?」


「怖いというか、絶対に怒らせちゃダメな人!お願い!お母さんを助けたいなら、今すぐ、ここを通して!私たちが、魔王として目覚める前に、必ず救いだすから!」


 エレナは躊躇しました。ですが、みんなの声が響いたのか


「わ、わかった…」


 そう言ったエレナは、眠り姫の魔王化を阻止するべく協力することを誓い、その後、5人は塔の上へと進みました。




 ──ガチャ


 塔の最上階にある小部屋の扉を開けると、その奥には、ふかふかのベッドがありました。


 そして、そこに眠るのは、それはそれは美しいお姫様。


 白い肌に金色の眩い髪。そう、そこにいたのは、華と蓮の姉である飛鳥でした。


「お姉ちゃん!」


 華が飛鳥の元に駆け寄ります。起きて!と揺さぶりますが、全く目を覚ましません。


 どうやら、やはりキスでしか、眠り姫の眠りを覚ますことはできないようです。


「さぁ、隆臣さん!出番です!」


「キスとプロポーズをお願いします!」


「プロポーズ!?」


 時間がないと、華と蓮は隆臣を飛鳥の前まで押しやりますが、キスだけでなく、そのままプロポーズまで行け!いう双子に隆臣は困惑しました。


 なぜなら隆臣は、まだそこまでの覚悟がないからです。


「ちょっとまて!俺がキスしたら、飛鳥絶対怒るだろ!魔王以上に恐ろしいことになるぞ!」


「でもキスしないと、世界が滅んじゃう!」


「ねえ、そのお兄さん、眠り姫のことを一番愛してる人じゃないの?」


 すると、エレナが口を挟みました。


「え? 一番?」


「うん。私、お母さんから、12番目の魔法使いがかけた魔法の話を聞いてるの。姫の眠りを覚ますのは、この中で、もっとも姫を愛する者のキスだけだって…」


「もっとも?」


 この中で、もっとも姫を愛する者。

 その言葉に皆は顔を見合わせます。


 エレナは魔女だし除外。

 あかりは、飛鳥とは初対面です。

 そして隆臣は、一番とは言いきれません。


 となると──


「じゃぁ、答えは簡単だな。この中でもっとも飛鳥を愛してるのは、華と蓮…お前達『家族』だ」


「「え?」」


 双子は驚きました。


 確かに自分たちは姉が大好きです。まさに家族愛でなら、この場にいる誰にも負けないでしょう。


 ですが……



「よし! 華、お前が行け!」

「えぇぇ!?」


 瞬間、蓮が華の肩を叩きました。

 行け!ということはつまり、キスをしろということ。


「ちょ、なんで私が!? 蓮が行きなさいよ!」


「バカ! 弟の俺が、姉の唇にキスするとか、色んな意味でやばいだろ!」


「私だって、妹だし! それに女同士だし!」


「大丈夫! 最近、百合な話はやってるから! 姉妹で百合っていう禁断の関係に突き進むのアリだとおもう!」


「どこ目指してんの!?この小説!」


「ていうか、確実に俺より華の方が姉貴のこと愛してるだろ!こっそり城を抜け出して、イチゴつみに行ったくらいだし!」


「っ……」


 華は二の句が告げなくなりました。そしてその後、華はあかりに助けを求めます。


 ですが、あかりとて、ここは華が一番適任かと思ったようで…


「華ちゃん…私も華ちゃんが、一番お姉さんのことを思ってると思う」


「そんな…あかりさんまで!」


「いい、華ちゃん。今は姉だなんて思っちゃダメ。彼女は『魔王』よ。そして、あなたは魔王を倒しに来た『勇者』…この設定でいきましょう」


「設定!?いや、でも魔王を倒す方法、キスしかないんですよね!?」


「華、時間がない。もう腹をくくれ。お前のキスに、この世界の未来がかかってるんだ」


「え、ちょっと待って!?」


 隆臣にそう言われ、華はベッドで眠る飛鳥に目を向けます。


 ですが…




 ◇


 ◇


 ◇




「あー……むりー、できないー……っ」


「?」


 午後10時前──


 風呂に入った後、リビングのソファーでうたた寝をしている華をみて、飛鳥は眉をひそめた。


 今日は、桜聖高校の文化祭があり、華のクラスは『眠り姫』の劇。


 そして、蓮のクラスはコスプレ喫茶をし、飛鳥とエレナはそれを見学に行ったのだが、この美人すぎる兄の騒動に巻き込まれた華は、色々な意味で疲れ果てていたようなのだが……


「兄貴。華、寝てるんだよね? 寝言?」


「うん。どんな夢みてんだろ? 時間がないとか、魔王がどうとか」


「もしかして華さん、怖い夢なのかな? なんか苦しそう」


 うなされる華を見て、同じくリビングにいた蓮とエレナが、心配そうに華を見つめた。


 だが、その後華を起こそうと、飛鳥が優しく揺すり起こすが、眠りが深いのか起きる気配はなく…


「はぁ……蓮、そこのドア開けて」


「え? なんで?」


「こんな所で寝てたら、風邪ひくし、このまま部屋に連れてく」


 そう言うと、飛鳥は眠る華を抱きあげた。


 華奢なわりに、軽々と妹を抱き上げた兄を見て、蓮が感心しつつも扉を開けると、飛鳥は、そのまま華の部屋へむかった。


 ◇


 その後、部屋につけば、そこはとても薄暗かった。


 カーテンの隙間から、淡い月あかりが差し込んでいるだけ。そして、そんな中、飛鳥は起こさないように、華をそっとベッドの上に下ろす。


 だが……


「ふぇ…たすけてぇー…っ」


「?」


 どうやら余程怖い夢を見ているのか、未だにうなされ続ける華を見て、飛鳥は心配そうに眉をひそめた。


(本当、どんな夢みてるんだよ)


 今にも泣き出しそうな華の声。それを聞いて、ふと思い出した。


(そう言えば、昔……)


 あれはいつだったか、まだ、お互いに幼かったころ。


 華が、夜中に泣きながら目を覚ましたことがあった。


『ひく、うぅ…ぇ、お兄ちゃぁん…っ』


『大丈夫だよ、華』


 怖い夢を見てパニックになったのか、なかなか泣き止まない華。そんな華を暫く抱きしめて、背中を摩ってやったことがあった。


 だけど、その後、寝るのが怖いと言い出した華は


『お兄ちゃん、チューして……!』


『はぁ?』


『だって、この前読んだ絵本は、お母さんがチューしてあげたら、怖い夢見なくなってたもん!』


『……いや、それは…っ』


 あくまでも物語だから──

 そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 正直、キスごときで悪夢を見なくなるなら苦労なんてしないし、そんな「おまじない」に効果なんて全く期待できない。だけど…


 お母さん──


 その言葉を言われると、どうしても弱くなる。



 なぜなら、華と蓮には、もう…



 お母さんがいないから──




『……わかったよ。じゃぁ、目閉じてて』


 なんだか少し気恥ずかしくて、そう言って華が目を閉じたのを確認したあと、まだ小さな華の額に、そっとキスをしてやった。



 ◇



 ベッドに眠る華を見下ろしながら、そんな幼い頃のことを思い出して、飛鳥は目を細めた。


「疲れてるくせに、なに、うなされてるんだか……」


 ボソリと呟いて、苦しそうな華の髪を梳き、頭を撫でてやる。


 どうか、これ以上、華が悪夢にうなされることなく、優しい眠りにつけますように──…


「ゆっくり休めよ、華」


 そう言って、飛鳥は軽くベッドの上に乗り出すと、華の前髪をかきあげ、幼い頃と同じように、優しくキスをする。


 月明かりの中──


 二つの影が重なり、それがまた離れれば、不思議と表情が柔らいだ華を見て、飛鳥は、ほっとしたように微笑んだ。


「おやすみ…」


 再度、華の頭を撫でて微笑む。


 飛鳥のその瞳は、まるで、我が子を慈しむ母親のような、そんな、慈愛に満ちた眼差しだった──




 ◇


 ◇


 ◇




「おはよう~」


 そして、次の日──


 元気ハツラツといった様子で起きてきた華に、エレナや侑斗、そして蓮か声をかけた。


「おはよう、華さん! よく眠れた?」


「うん!ぐっすり!ごめんね、遅くまで寝てて!」


「いいさ。昨日は文化祭で、大分疲れただろう」


「でも華、昨日うなされてなかったっけ?」


「そうなのよ、蓮! なんかね、私のせいで世界が崩壊しちゃう、すっごーく怖い夢見てたような気がするんだけど、なぜか、全然覚えてないんだよねー」


「覚えてないなら、それでいいんじゃない?凄く怖い夢だったんでしょ?」


「うん! なんでかなー、怖い夢みてたのに、不思議と目覚めもスッキリ!」


 起きてきた華と、夢について語る家族の傍ら、キッチンにいたエプロン姿の飛鳥は


(案外、効くんだな。あの、おまじない…)


 そんなことを思いながら、朝食を作っていたとか。




 番外編・終

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