第134話 情愛と幸福のノスタルジア⑧ ~後悔~


「俺、本当は知ってたんだ。飛鳥が、モデルしてたの」


 カップを握る手に、更に力がこめると、侑斗は声を重くし呟いた。


 ゆりは、そんな侑斗の横顔をみつめ、ただ黙って、その話に耳を傾ける。


「本屋に寄った時に、飛鳥が表紙の雑誌をたまたま見つけたんだ。すぐに分かった。飛鳥だって」


 それは、家にあまり帰らなくなって、もうすぐ離婚しようという、12月のころ。


 たまたま目に付いた、子供服の通販雑誌。


 そこには、前より少し成長して、おしゃれな服装で綺麗な笑顔を浮かべた息子の姿があった。


「でも、飛鳥、写真の中で、本当に綺麗に笑ってたんだ。だから嫌々モデルしてるなんて思いもしなくて……むしろ、俺がいなくても、こんなに笑えるのかって思ったら、このまま最低な父親として消えるのもいいかなって思って」


「……」


「だから、あの日、最後に家に帰った時、飛鳥が何か言いたそうにしてたのには気づいてたのに、俺はそんな飛鳥の手を振りほどいて……酷いことを言って突き放した」



 ──俺の子供じゃない──


 そう、言った時の、飛鳥の顔がわすれられない。


 呆然と俺を見つめて見開かれた目が、酷く震えていて


 今にも泣き出しそうで



 非情になろうとおもったのに


 最低な父親であろうとしたのに



 結局、俺自身が耐えきれなくなって



『ごめんな……飛鳥』



 そう言って、中途半端に優しくして



 また、飛鳥から逃げた。




「本当はあの時、ちゃんと飛鳥の話を聞いてやればよかった。そうすれば、閉じ込められてたことも知れただろうし、飛鳥が逃げ出すことも、君が刺されることも、きっと、なかった」


「……」


「俺、いつもそうなんだ。間違った選択ばかりして、後にならなきゃ気づかない。君に言われた通り、俺は、飛鳥の気持ちなんて全く考えてなかった。結局、俺もあいつらとなにもわらない、自分のことしか考えられない──最低な親だった」


 そういって、苦痛に顔を歪める姿は、いつも息子の前で明るく振る舞う父の姿とは、また違った姿だった。


 ゆりは、手にしたコーヒーカップをテーブルの上におくと、膝を抱え、侑斗の顔を下からそっと覗きこむ。


「後悔、してる?」


「……」


 見上げるゆりと目が合うと、侑斗は、なにも言わず、ただ小さく頷いた。


 ──後悔しかない。


 あの時、こうしていたら

 あの時、あーしていれば


「たら」「れば」を並べたら、キリがない。


 今更、戻れるはずもないのに


 どこからダメだったのか?

 どうしてこうなったのか?


 どう選択したら、よかったのか?


 なぜか、そんなことばかり、考えてしまう。



「何一つ、間違わずに、生きていけたらいいのにね?」


「──え?」


 すると、ゆりが侑斗を見つめ、小さく呟いた。


「私もねーあるよ。選択失敗したこと。とりあえず、もしタイムマシンがあるなら、小4の自分に『その義親だけは、絶対やめとけ!』って、いいに行きたいかな」


「……」


 にっこりと、自虐交じりに言葉を放つゆりは、その後侑斗から視線をそらし、少し遠くの方を見つめた。


「でも、その時は、それが一番いいと思ったんだよね」


 膝を抱え呟くゆりのその顔は、なんだかとても悲しそうな笑顔だった。


「きっと、間違わずに生きていくことなんて、できないんだよ。後悔しても、しなくても……でも、その間違った選択が、今の自分を作って育ててくれたんなら、それが本当に間違った選択だったのかは、きっと死ぬまでわからない」


「……」


「たとえ、今がどんなに苦しくても、その間違った選択の先に、もしかしたら、すっごく幸せな未来が待ってるのかもしれないし……なら、侑斗さんのその選択も、本当に間違いだったのかは、まだわからないんじゃない?」


「お前すごいな。前向きすぎて感心するよ」


「えーなにそれ、なんかバカって言われてるみたい~」


「……」


「え!? ちょっと、なんで今黙ったの!? マジでバカだと思ったの!?」


「いやいや、違います。断じて」


 侑斗は、自分の横で声を荒げたゆりを軽くあしらうと


「ありがとう、ゆりちゃん……ゆりちゃんと一緒にいると、なんだか元気が出るよ」


「っ……」


 侑斗が優しく微笑むと、ゆりはほのかに頬を赤く染めた。


 すると、その後室内は再び静かになって……



「あ……」

「え?」


 急に何かを思い出したのか、侑斗は突然、仕事でつかっているビジネスバックの中を漁り始めた。


 ゆりが、その行動を不思議そうに見つめていると、その後侑斗は、ゆりの前に何かを差し出してきた。

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