第112話 隣人とご飯


 ザーザーと強い雨が降りそそぐ、夕方6時半すぎ、あかりの部屋に突如インターフォンが鳴り響いた。


 突然、響いたその音に、飛鳥とあかりは、一瞬顔を見合わせると、玄関の方へ視線をおくる。


「お客さん?」

「あ、はい……」


 あかりが、立ち上がり玄関モニターを確認する。すると、その画面をみて、心なしか表情を曇らせた。


 モニターに写し出されたのは、どうやら男性のようだった。20代前半くらいの男性。飛鳥はそれを見て、あかりに問いかける。


「え? お前、まさか彼氏いるの? 俺、勘違いで修羅場迎えるとか嫌なんだけど」


「ち、違います! 彼氏とかいません! この人は、隣に住んでる、大野さんといって……」


 どうやら、お隣さんらしい。


 飛鳥は、とりあえず修羅場にならずにすみそうだと分かると、我関せずを決め込み、玄関に歩いていく、あかりの後ろ姿を横目で追いかけた。


 テーブルの上の紅茶をとると、極力気配を消し、部屋の奥で一人待つ。


 すると暫くして、あかりが玄関を開けたのか、その先の声が聞こえ漏れてきた。


「こんばんは、大野さん。あの、どうしたんですか?」


「こんばんは、あかりちゃん。実は実家から野菜がおくられてきたから、おすそわけしようかと思って、カボチャとか、ニンジンとか?」


「え? あ……」


(……あれ? あかり、カボチャ苦手だったよね、確か?)


 どうやら、その男は野菜をおすそわけするために訪ねてきたらしい。


 今どき、珍しいな……などと飛鳥が思っていると、男の目的が段々見えてきた。


「あかりちゃんさ。今度、いつなら空いてる?」


「え?」


 どうやら、男はあかりをデートに誘いたいようで、野菜はそのためのきっかけ作りのようだった。


(なるほど……あの人、あかりに気があるのか?)


 なんとも分かりやすい。


 すると飛鳥は、紅茶を飲みながらじっと耳をすます。聞けば、あかりは好きでもない男に、一方的に好意を寄せられているのか、返事に困っているようだった。


 しかも、相手は隣に住む男。はっきりいってあかりは、危機管理が全くなっていない。


 助けてもらって偉そうなことは言えないが、今日だって、いくら具合が悪かったとはいえ、逃げ場もない女一人の家の中に、男(飛鳥)を招き入れているわけで、そんな、あかりが、隣の男に好意を寄せられているなんて、下手したら部屋に押し入られるのではなかろうか?


 ──なんて、思考が一瞬だけよぎる。


「あの……すみません。まだ予定がわからなくて…」


「そっか、あ! じゃぁさ、今からうちにご飯食べにこない?」


「へ?」


「ちょっと作りすぎたんだ!」


 そしてこの男、なかなか積極的だった。

 デートを断られ、最終手段にでも出たのか?それは食事を理由に、あかりを自分の部屋に招き入れようとしていた。


「まだ、夕飯作ってないみたいだし、今からおいでよ!」


「あ、いえ、いいです。ご迷惑ですし……っ」


 そして、無駄に人がいいあかりやつは断りかたも下手だった。


 相手を傷つけまいと言葉を選ぶ結果。相手には迷惑していることが一切伝わらず、結果ドツボにはまっていく。


(アイツ、大丈夫か?)


 なんか、ちょっと、聞いていられなくなってきた。


「迷惑だなんて、そんなことないよ! あかりちゃん、この前シチュー好きだとかいってたよね?」


「え?! そんなこと、言いました?(いや、シチューは普通に好きだけど)」


「俺、そこそこ料理上手なんだよ! それに一人で食べるより、二人で食べたほうが美味しいしさ~」


「あの……っ」


 あかりは、顔をひきつらせる。


 ここ最近、大野からの誘いを断り続けていたせいか、はじめの頃はあっさり引いてくれていた大野も、次第に食い下がるようになってきた。


(どうしよう……っ)


 必死に断る口実を探す。だが──


「じゃぁ、準備して待ってるから、すぐ来てね!」


「え!? あの、大野さん!?」


「あかり」


「!?」


 瞬間、有無を言わさず約束させようとしてきた大野に会話を遮り、飛鳥が声をかけた。


 ずっと奥に引っ込んでいた飛鳥が、部屋から出て顔を覗かせると、金髪碧眼の異常に整った顔だちをしたその美青年を見た瞬間、大野は硬直する。


「え? あかりちゃん……こ、この人は?」


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