第487話 射的と父親

「わー、スゴーイ!」


 小学校の校庭にて、屋台の前で、エレナが嬉しそうな声を上げた。


 あの後、芦田さんのダンスを見ながら、たこ焼きやポテト、わたあめなどを食べた。


 そして、射的屋の前で、可愛いぬいぐるみを見つけ、侑斗がそれを、見事ゲットしてくれたからだ。 


「どうぞ、エレナちゃん」


「わ〜、かわいい〜! 侑斗さん、射的、得意なんだね!」


「いやいや、得意ではないよ。今回は、たまたま上手くいっただけで」

 

「ねぇ、侑斗。そういいながら、しっかり命中させてくるから、あなたは、既婚者でもモテたのよ」

 

「なんだ、いきなり! トゲドゲしいな!?」


 ミサの言葉に、侑斗は思わず叫んだ。


「あのさ、娘が欲しがってるぬいぐるみを、しっかり、ゲットしてやったんだから、もっと喜べは!」


「そうね。それには感謝してるわ。エレナ、良かったわね。に、ちゃんとお礼を言っときなさい」


「うん! オジサン、ありがとう〜!」 


「ちょっとぉぉ!! 今の今まで『侑斗さん』呼びだったのに、秒でオジサン化したんだけど!?」


「なに言ってるのよ。あなた、もう47でしょ。立派なオジサンじゃない」


「あーそうですねぇー。じゃぁ、お前のことも、今度から、と言えと、子供たちにいっとくわ!」


 共に40代の二人が、にこやかに論争をする。


 すると、そんな二人のやり取りを聞きながら、エレナが、くすくすと笑いだす。


「ふふっ」


「どうしたの、エレナ」 


「うんん。なんか、がいたら、こんな感じなのかなぁーって」


「「え?」」


 それは、とても無邪気に。


 それでいて、楽しそうな笑みで告げられ、侑斗とミサはあっけにとられた。


 エレナには、父親がいない。

 だからこそ、父親と出かけたことなんて、一度もないのだろう。


「……なぁ、エレナちゃんのお父さんって、今、なにしてるんだ?」


 すると、侑斗がミサに、こそりと問いかけた。


 エレナの父親とは、エレナが生まれてすぐに、離婚してしまった。


 だからか、ミサは、侑斗から視線を逸らすと


「知らないわよ。別れたきり、連絡なんてとってないもの」


「まぁ、そうだよな? 俺たちだって、ずっと連絡とってなかったし」


 別れたあと、相手が、どうしてるかなんて、気になることはあっても、連絡まで取ることはない。


 だからこそ、思う。


 今こうして、別れた相手と夏祭りを楽しんでいるのは、奇跡に近いことだと──


「つーか、二人目の夫とは、なんで別れたんだ?」


「え?」


 すると、侑斗が、更に問いかけてきて、ミサは眉をひそめた。


 言えない!!

 ていうか、絶対に言いたくない!!


 前の夫(侑斗)のことが忘れられなくて、その罪悪感から、離婚しただなんて!!


「そんなこと、あなたに話す必要ないでしょ!」


「え!? ご、ごめんなさい!」


 いきなり、キツく睨み返されて、侑斗が狼狽する。


 どうやら、逆鱗に触れてしまったらしい。


「そう怒るなよ。ちょっと気になっただけだ。つーか、ミサは美人だし、その気になれば、もう一回くらい結婚できるんじゃないか?」


「ふざけてるの? これから、年頃になっていく娘がいるのに、再婚しようなんて思わないわよ」


「あぁ、確かに、それもそうだな。エレナちゃん、可愛いし、きっと、お前や飛鳥と同じような美人に成長するんだろうな」


「…………」


 どこか納得するように呟いた侑斗を見て、ミサは、目を細めた。


 確かに、飛鳥もエレナも、私に似て、とても綺麗に成長してる。


 でも、そのせいか、時々、不安になることがある。


「ねぇ、侑斗。この子たちは、幸せになれるかしら?」


「え?」


 それは、どこか、弱々しい声だった。

 にぎやかな祭りの音とは、対照的な切ない声。


「私、時々、心配になるの。エレナと飛鳥の将来を考えて」


「将来?」


「えぇ……特に飛鳥は、私の美貌と侑斗の社交性を、根こそぎ受け継いできたような子なのよ。きっと、


「お前、なんてことを言うの!?」

 

 まともな結婚はできない!?

 それは、さすがにいいすぎでは!?


「あのなぁ! いくら俺たちが失敗してるからって、飛鳥まで、そうなるとはかぎらないだろ!」


「そうね。でも、飛鳥は眩しすぎるのよ」

 

「え?」


「私と同じ顔をしていても、私とは全く違う。内面から滲み出るような輝きを放ってる。でも、だからこそ、あの子は、より強く人を惹きつけるの。だけど、そんな男と一緒になったら、きっと女の子は、不安になるわ」


 自分が、侑斗に対して不安を感じていたように、飛鳥の彼女になる人も、同じような不安を抱くかもしれない。


 いや、むしろ私以上に、その不安は大きく、色濃くなるかもしれない。


「光が強ければ、闇は更に濃くなるでしょ。だから、飛鳥が、魅力的であればあるほど、不安はどんどん大きくなって、私のように、束縛するようになるかもしれないし、浮気を疑って、ひどい言葉を投げかける場合もあるかもしれない」 


 普通の女の子が、王子様のような男の子と結ばれるシンデレラストーリーは、とても夢のある物語だ。


 でも、大抵の物語は、そこで終わって、その後のストーリーが語られることは、ほとんどない。


 ハッピーエンドを迎えた、その先の人生の方が、すっとずっと、長いというのに──…


「飛鳥は、魅力的すぎるのよ。だからこそ、心配なの。きっと、恋人ができようが、結婚してようが、あの子に色目を使ってくる女は山のように現れるわ。それでも、飛鳥を信じて、愛し続けてくれる子が、この先、あらわれると思う?」


「……っ」


 その言葉に、侑斗は、苦々しげに唇をかみ締めた。


 確かに、飛鳥は、これまで、たくさんの告白を受けてきて、その中の数人と、付き合ったことがある。


 だけど、その誰とも、上手くいかなかったのは、彼女たちが、不安を抱いたからだ。


 飛鳥を、信じてくれなくなったから──…


「それは……っ」


 思わず、言葉に詰まった。


 あかりちゃんは、どうだろうか?


 できるなら、そうはなって欲しくない。


 飛鳥が、あそこまで、思いをよせる相手だからこそ──…


「エレナ?」

「え?」

 

 だが、その瞬間、ミサが声を上げた。


 キョロキョロと辺りを見回すミサは、血の気が引いたように青ざめた顔をしていて、侑斗は、何事かと、エレナを見つめる。


「え?」


 だが、そこにエレナはいなかった。


 今の今まで、傍にいたはずのエレナは、なぜか、忽然と姿を消していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る