第475話 狭山さんと美男美女


(へー、けっこう賑わってるなー)


 仕事を終え、スーツから私服に着替えた狭山さやまは、Tシャツにジーンズと言ったラフな格好で、榊神社へやってきていた。


 この街で暮らして、約4年。

 初めて、この祭りに来た。


 すると、そこは大きすぎず小さすぎず、程よい規模のお祭りで、ごった返すことなく、穏やかな人並みが続いていた。


(やっぱ、いいもんだなぁ、こういう空気)


 まさに、夏といったところだ。

 

 そして、この夏も仕事三昧で、どこにもいかなかった狭山は、夏らしい夏を満喫していなかった。


 というわけで、わざわざ夏祭りにやってきたのだから、今日は、ひとしきり羽目をはずそう!


 ……と、思ったのだが、狭山が、神社の鳥居を抜けた瞬間、その先に、ひどく目につく集団がいた。


 『見るな』といわれても、吸い寄せられるように視線が向いた。


 そして、それは、知り合いだったからではない!


 あの美貌が、自然と人々の目を釘付けにしてしまうのだ!


(か、神木くん!?)


 そして、誰よりも目に付いたのは、やはり、絶世の美男子と謳われる飛鳥だった。


 もう、オーラからして違うのだ!


 しかも、瑠璃色の浴衣が、とても色っぽく、夕陽の色に似た金色の髪が、よく映えていた。


 そして、その隣には、狭山お気に入りの喫茶店の店員、隆臣くんがいて、その前には、神木家の双子の妹弟もいた。


 だが、今日は、それだけではなかった。

 

 なんと、その隣には、狭山が担当していた元・モデルのエレナと、その母親であるミサまでいた。


 しかも、ミサとエレナの浴衣姿も、素晴らしい出来栄えだった!


 白地に金魚の柄が描かれた浴衣は、親子でお揃い。


 しかも、可愛らしさと上品さをミックスさせた、今時なコーディネート!


 さらに、着ているモデルが最高級なため、このまま写真をとれば、夏の親子コーデとして、ファッション誌に載っていてもおかしくないくらいだ。


(……さすがだな、あの三人……かなり目立ってる)


 そして、一悶着あったわりに、同じ空間にいる親子を見て、狭山はしみじみと目を細めた。


(色々あったけど、もう、大丈夫なのかな?)


 ミサさんの傍で、エレナちゃんと神木くんが笑ってる。


 その姿を見て、狭山は、ほっと息をついた。


 特に、モデル時代のエレナは、どこか大人びた笑顔を作る子で、まるで人形のようでもあった。


 だが、今のエレナの笑顔は、子供らしい無邪気さがある。だからか、狭山は無意識に目頭を押さえ


(っ……良かったね、エレナちゃん! 元マネージャーとしても嬉しいよ!……あれ? あの男の人は、誰だろう?)


 だが、その後、狭山の視線は、ミサのそばにいた男性へと注がれた。


 そして、その男性は、どこかで、見たことがある気がした。


(誰だっけ? あ、そうだ! ミサさんの写真に載ってた人だ!)


 それは、かなり、昔の話である。

 

 モデルの仕事の打ち合わせ中に、ミサの手帳から、ヒラリと一枚の写真が、抜け落ちたことがあった。


 そして、そこには、黒髪のイケメン男性と、金髪碧眼の赤ちゃんが載っていた。


 それは、幼少期の神木くんと、ミサさんの前夫の写真だったのだが……


(あ! あの人は、神木くんのお父さんで、ミサさんの別れた夫だ!)


 写真の記憶と人物が一致して、狭山は、ぽんと手を叩いた。


 だが、これは、一体、どういう状況だろう?

 別れた二人が、一緒にいるなんて!?


(もしかして、なんやかんやあって、寄りを戻したとか!? ミサさん、写真を持ってたってことは、別れても、好きだったんだろうし……)


「きゃー、神木くんが、浴衣着てるー!」

 

「カッコイイ、綺麗~!」


「!?」


 だが、その瞬間、背後から、ザワザワと騒ぎ声が聞こえてきた。


 みれば、どうやら、人だかりができ始めているようだった。


 ムリもない。

 あれほどの美形集団が、入口付近でたむろしているのだ。


 そして、このままでは、神社の入口が、人混みで埋まってしまう!?


 そんな気配を察すると


「神木くーん!!」


 すぐさま行動にでた狭山は、飛鳥に呼びかけた。


 すると、狭山に気づいたのか、飛鳥は、にっこりと天使のような笑顔を浮かべて、手を振りかえしてきた。


「狭山さん、久しぶり! 元気だった?」


「元気だよ! ていうか、君たち、この状況見えてる!? こんなに顔のいい集団が、入口に固まってちゃだめだろー! ていうか、分散して! 二組に分かれて行動して!?」


 全員合わせて、9名。

 なかなかの大所帯だ。


 そして、このメンバーが集団でいると、否応にも人目を引いてしまう。


 そんなわけで、狭山が『その輝きを分散させろ!』と助言をすれば、飛鳥も、何となく察していたらしい。


「あー、やっぱり? 俺もヤバそうだなーとは思ってた」


 せっかく、みんなで来のに、一旦、バラけなくてはならないのは、残念な話だが、今、このタイミングでの集団行動は、明らかに避けた方がいい。


 すると、飛鳥は、双子に向かって


「というわけで、二手に分かれよっか」


「えー、せっかく、みんなできたのに!?」


「仕方ないだろ。このままじゃ、ちょっとした騒ぎになるよ」


 残念そうな華を、飛鳥が慰めながら、状況を確認する。そして、その話には、隆臣も賛成らしい。


「華、今は来たばかりだから目立ってるが、時間が経てば、みんな慣れるだろ。しばらくの辛抱だ」


「はぁ、そうだよね……お兄ちゃんがいると、いつも普通には楽しめないんだよなぁ。ラビットランドに行った時なんて、ラビリオくんより目立ってたし!」


「しかたないじゃん、華。あの顔なんだから。それに、今回は、ミサさんとエレナちゃんもいるし」


 蓮が、諦めたように答えれば、華は『確かに!』と納得する。


 兄だけでもヤバいのに、兄に似た美人が二人もいる!


 ならば、さっさと二手に分かれて、この事態を収束させなくては!?


 そう思った飛鳥たちは、その後、どの組み合わせで、分かれるか話し合うことにした。

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