第332話 絶望とラブレター

 ──ピピピ、ピピピ。


 次の日の朝。

 あかりは、ベッドの中で目を覚ました。


 2月の寒い朝、冷たい空気を感じながら、もぞもぞと身じろぐと、あかりは目覚ましを止め、暖房のスイッチを入れた。


 部屋が温まるまで、まだしばらくかかる。


 二度寝するかと、再び布団の中にもぐるが、ふと目を向けた先で、昨日飛鳥から貰ったお菓子が目に止まった。


 可愛らしくラッピングされたキューブ型の箱が、クラフト紙で出来たオシャレな紙袋にはいってる。


 中身はクッキーで、神木さんが、自分で作ったらしい。


(……凄いもの、貰っちゃった)


 大学の人気者。

 綺麗で優しくて、オマケに賢い。


 彼に恋をしている人の話を、これまでに何度と耳にしてきた。


 みんなが、彼に憧れていて、まさに、ピラミッドの頂点に立つような人で、それを思えば、あのクッキーが、どれほど『貴重』なものなのか、考えずともわかる。


「自覚してくださいって、言ったのに……っ」


 すごく、驚いた。


 まさか、バレンタインにクッキーを貰うなんて思ってもなくて、しかも、そのお返しに、時間が欲しいなんて、桜を見に行こうだなんて……


(あれじゃぁ、まるで……デートに誘ってるみたい)


 思わず、頬が赤くなって、あかりは布団の中でうずくまる。


『自分がモテる人間だと、もっと自覚してください』と、前にもいったはずなのに、彼は、未だに変わらない。


 それどころか、前よりも、ずっと──



「はぁ……」


 深くため息をつくと、あかりはゆっくりと起き上がった。


 まだ、部屋は温まってない。

 だが、目はすっかり覚めてしまった。


(まるで、毒みたい……)


 彼の言動や行動は、全てが甘い毒のよう。


 そばに居ると癒されて、不思議と甘えたくなってしまって、その心地の良さは、じわりじわりと、身体の中に浸透して、気づいた頃には、彼なしじゃ、生きられなくなってしまいそう。


 でも、勘違いなんてしない。


 彼は、誰にでも、あんなことをする人で、あの言葉にも、深い意味はない。


(きっと、またエレナちゃんや、華ちゃんと一緒に、お花見に行こうってことだよね?)


 そうに、決まってる。

 むしろ、そうじゃないと──困る。


「……寒い」


 起き上がったからか、ふいに冷気が肌をさした。


 今日は、一段と冷える。

 そして、こんな日は、思い出してしまう。



 ──夜中に届いたLIMEのメッセージ


 ──シャワーの音


 ──振り積もった、真っ白な雪




「………大丈夫」


 勘違いなんてしない。あの時、思い知った。


 私はと。

 恋なんてしても無意味だと。


 誰かを好きになっても、その先に待つのは



 ──身を切るような『絶望』だけ。











 第332話 『絶望とラブレター』










 ◇◇◇


「あー、もうヤダ!!」


 桜聖高校、一年C組にて──

 登校した華は、机に突っ伏し声を上げた。


 今日はバレンタイン。朝から、気合いを入れてきたが、兄へチョコを渡したい女子たちから逃げに逃げながらの登校となった。


「お疲れ~、華! 今年も凄いね!」


 そして、そんな華の頭を、友人の中村なかむら葉月はづきがよしよしと撫でる。もはや、毎年恒例ともいえる光景だ。


「葉月~! もう、なんで私たち、朝からこんな目にあわなきゃいけないの!?」


「あんな美人なお兄ちゃんがいるんだから、仕方ないじゃん。しかし、高校でもこうとはね~。せっかく、飛鳥さんのことバレないようにって忠告してあげたのに」


「それは、飛鳥兄ぃがいけないんだよ! いきなりお弁当とか持ってくるから!」


 そうなのだ。全ては入学してすぐの時、兄がお弁当を持って来たのが始まりだった。


 まぁ、あれは華が忘れてしまったせいでもあるのだが……


(あ、そうだ! もう、いっそのこと、お兄ちゃんには、好きな人がいるから、その人以外のチョコは受け取りません!!って言えば!)


 あーー!! いや、落ち着け!


 そんなこと言ったら、絶対に『好きな女、誰だ!』って話になるし、そうなったら、あかりさんが危ない!!


「あー、やっぱり、耐えるしかないのか~」


「ほらほら、華! 疲れは、チョコでも食べてふっとばしなさい。はい、バレンタイン!」


「キャー! 葉月~もう、大好き! 私も作ってきたから、交換しよう!」


 葉月がバッグからお手製のチョコを取り出すと、華は兄が作ったクッキーを、あたかも自分でつくってきたかのように振る舞い、交換する。


 嘘をつくのは良くないが、もし、ここで兄が作ったなんて言ったら、余計に渡す相手が増えてしまうし、なにより、チョコの争奪戦が始まってしまう!


 ちなみに葉月は、華の作るお菓子は、大抵兄が手伝っていることを知っているため、今回のバレンタインも、多分兄が作ったのだろうとお見通しだったりする。


「キャー! 今藤さん、ついに告白するんだ~!」

「?」


 すると、そんな二人の背後から、今度は女子たちの声が響いた。


 やはりバレンタインだけあり、本命チョコを持って、告白をする生徒も少なくはなく、朝からみんなして、浮き足立っていた。


「こ、告白するんだ」


「今年は、何組のカップルができるんだろうね」


「うん、ちょっとソワソワしちゃうね」


 同い年なのに、しっかり好きな子がいるクラスメイトを見つめながら、華は頬を赤らめる。


 なんだが、自分よりも、すごく大人に見える。


(いつか私も、好きな人が出来て、告白したりするのかな?)


 兄に、好きな人が出来た。

 みんな、変わって、大人になっていく。


 なら、いつか、私や蓮も、そうなってしまうのかな?


(なんだか想像できないな……)


 誰かを好きになる。

 そんな自分が、想像できない。



 ◇


 ◇


 ◇




 その後、一日は過ぎ去り、あっという間に放課後になった。


 華とは別のクラスである蓮は、1年E組の窓際の席から、航太こうたに声をかけた。


さかき、部活行こーぜ」


「あ、ごめん蓮! 先行ってて」


「ん? なんか用事?」


「あー、ちょっとな。先輩に、少し遅れるって言っといて」


「わかった。じゃぁ、先行っとく」


 指定の鞄と一緒に、ユニフォームなどが入ったリュックを肩にかけると、蓮はその後、教室から出ていった。


 すると、蓮が去ったのを確認したあと、航太は、辺りを確認しつつ、ブレザーのポケットに手を突っ込む。


(……参ったな)


 ポケットから取り出したそれは、ピンク色の手紙だった。


 今朝、机の中に入っていたのだが、明らかに女の子だと分かる字で『放課後、視聴覚室まで来てください』と書かれていて、今日がバレンタインであることを考えれば、これが、なにかは一目瞭然。


(まさか、ラブレター貰うなんて……)


 自分のことを、好きな女の子がいる。


 そう思うと、なんだかとても恥ずかしくなって、蓮にも、誰にもバレないように、隠してしまった。


 だけど、この"差出人不明のラブレター"をみて、素直に喜べないのは、その字が、ではないと、確信したから。


(神木の字は……もう少し、まるっこかった気がする)


 期待なんて全くしてないし、望みなんて一欠片もないのは、もうわかってる。


 それなのに、もしかしたら……なんて思う自分に、苦笑する。


(バカだな。早く神木のこと、忘れないといけないのに……)


 忘れないといけない。

 

 忘れて


 前に進まなきゃいけないはずなのに──

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