第416話 美しさと凶器
「愛って、凄く醜いよね」
何気なしに発された言葉は、決して肯定的な言葉ではなかった。
世間が『愛は美しい』と語る中で、それは、明らかに真逆の訴えだったから。
「……醜いって」
すると隆臣が、少々、困惑ぎみに呟く。
グラスに入った氷が、カランと音をたてる。すると、ややあって、飛鳥は、そのグラスに口付けながら、また話し始める。
「なんていえばいいのかな? 愛は美しいものだけど、それだけじゃないよなって……俺は、愛が凶器になるのも、よく知ってるよ」
「…………」
「愛してるから、父さんは蓮華を施設に入れようとして、愛してるから、ミサさんは、俺を閉じ込めた。戦争や争いだってそうだよ。愛がきっかけで起こることもある。俺は、愛のせいで人が傷つくのを、よく知ってるから、今の俺の愛情が、あかりを傷つけているなら、俺はもう、あかりに近づくべきじゃない」
愛は、表裏一体だ。
決して、美しいだけのものじゃない。
その裏には、醜い現実も、たくさん隠れてる。
だからこそ、今の自分が、どうなのかを考える。
愛によって傷ついてきたからこそ、傷つける側には、回りたくない。そう思ったから──
「昨日、あかりに言われたんだ。『もう耐えられない』って『その気持ちは、私には辛すぎる』だから『サヨナラしてほしい』って……」
ずっと、強いと思っていたあかりの弱々しい声は、今も頭の中で響いていた。
泣きながら、拒絶する声。
友達でいたかったと、嘆く声。
きっと、今のあかりにとって
俺は『凶器』でしかなくて──
「じゃぁ、諦めるのか……あかりさんのこと」
すると、隆臣が、苦渋の表情を浮かべながら、そう問いかけた。
きっと、心配しているのだろう。まるで自分のことのように苦悶する隆臣をみて、飛鳥は、はっきりと答える。
「『愛してる』って言葉は、都合のいい免罪符じゃないよ。例え、それが本物の愛だとしても、加害を正当化する理由にはならない」
虐待や体罰が、愛を理由に許されることがないように。そんな理由、傷を受けた側からすれば、関係ない。
これは愛だと言って、傷つけてきた人間を、許す必要はない。
なら、あかりを傷つける可能性があるなら、もうこれ以上、傍にいちゃいけない。
「答えは、もうはっきり出てるよ。この恋は、終わったんだって、でも……」
だが、そう口にしたあと、飛鳥は、一度言葉を止め、またお酒を口にした。
答えは出た。それは、確かなこと。
だけど、あかりの家を出てから、ずっと考えていた。
まるで、出口の無い迷路を、さまよってるみたいに、ぐるぐる、グルグル、ぐるぐる、グルグルと、ひたすら考えまくっていた。
おかげで、蓮華やエレナには、心配をかけるし。
今はこうして、隆臣まで巻き込んでいるし。
だが、答えは出たのに、未だに、その答えを受け入れることができないのは──
「アイツ、俺のこと好きだよね?」
「は?」
瞬間、喉をついて出た言葉に、隆臣が、ぽかんと口を開け、瞠目する。
「す、好き?」
「うん。あかり、俺のこと、絶対好きだよね。あんなに顔赤くして、恥じらって……それなのに、友達でいたいってなに? マジで、意味がわかんないんだけど! オマケに、優しくすればするほど離れていくし、女装姿は見たいとか言い出すし! てか、俺がどんな思いで、女装したと」
「…………」
まくし立てるように語る飛鳥は、どこか苛立ってるように見えた。
いや、ほのかに頬を赤くしているのは、照れ隠しか、はたまた酔ってるからか?
しかし、これは、予想外の反応だ。
てっきり、落ち込んでいるのだと思っていた。
だが、もしかして、これは……怒ってる!?
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139555503548279
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