第382話 ハンバーガーと制服


「ねぇ、飛鳥兄ぃ! あの制服、可愛いと思わない!?」


 そう言われ、華が指さした方をみれば、そこには、可愛らしい制服を着た女性店員たちの姿があった。


 ハンバーガーショップのロゴが入った店員服は、オシャレで健康的で、とても爽やかさかな印象だった。そして、それには飛鳥も素直に同意する。


「あー、確かに可愛いね」


「そうだよね! じゃぁ、あれにすれば! 日頃、無駄にスマイルふりまいてるんだし、飛鳥兄ぃには、ピッタリじゃない!」


「無駄に?」


 きっと、売れば0円ではないであろう兄の笑顔を、無駄になどと吐き捨てた妹に、飛鳥はこれまた、にこやかな笑顔を浮かべた。


「俺が、いつ無駄な笑顔をふりまりたの?」


「え? だって飛鳥兄ぃ、いつも笑顔でしょ?寝ても覚めても笑顔でしょ?」


「寝てる時は笑顔じゃないよ。ていうか、あの服、どうやって調達するの?」


 ちょっとだけ現実的な話になる。


 そう、女装するためには、、その服を調達しなければならない。だが、あの店員服は、明らかに非売品!きっと簡単には手に入らない。


 だが、華はその問いに、平然と答えた。


「何言ってんの? あのお姉さんたちに『制服、貸してください』っていえば、飛鳥兄ぃなら、99%貸してもらえるでしょ?」


「お前、何言ってんの?」


 まさかまさかの、直接、借りにいけ!?

 ありえない解決策を出した妹に、飛鳥は軽く戦慄する。

 

「お前な! 見ず知らずの男に、いきなり『制服貸して下さい』なんて言われて、貸す女の子がどこにいるんだよ!?」


「えー、大丈夫だってー。飛鳥兄ぃなら、(イケメンに限る)って言う無敵スキルが発動するから!」

 

「どんなスキル!? てか、発動しても使わないから!」


 確かに、これだけの美男子。笑顔でお願いすれば、貸してくれる女子はいるかもしれない。


 だが、しかし! 見ず知らずの女性の服を借りたいなんて、世間一般的に見れば、明らかに怪しいやつで、しかも、その借りた服を、その男が着るとなれば、もはや変態と言われてもおかしくないレベルで、危ないやつになる!


「貸してくださいなんて言わないから、絶対! てか、顔がいいのを利用して、そーいう無理なお願いするのは良くないと思う」


「散々、その顔を利用し尽くして来た人が、なに言ってんの?」


「あはは! じゃぁ、華ちゃんは、大事なお兄ちゃんが、変態扱いされてもいいのかな〜?」


「されないでしょ! その顔なんだから!」


「顔は、関係ないだろ!」


「あるよ!!」


 あーでもない、こーでもないと、兄と妹が言い争う。

 だが、そんな二人の姿を、葉月は、さっき飛鳥から奢ってもらったアップルパイを食べながら、のほほんと見つめていた。


 華と仲が良かったため、小学生の時から、よく神木家にお邪魔していた葉月。だからか、華と飛鳥の小競り合いは、これまでに何度も見てきた。


 そして、その度思うのは


(相変わらず、漫才でも聞いているみたい)


 ──ということ。


 だが、ここは神木家の中でなく、店の中だ。しかも、これほどのイケメンが女子(似てないから妹と思われない)と揉めていれば、それなりに人目に付く。

 

 そう思った、葉月は


「ねーねー、そういえば私、まだ飛鳥さんの好きな人のこと聞いてないんだけど、どんな人なの?」


「「え?」」


 唐突に話をふれば、飛鳥と華は声を重ね、同時に葉月を見つめた。


「あ。そういえば、葉月にはまだ話してなかったね、あかりさんのこと」


「あかりさんて言うんだ」


「うん。飛鳥兄ぃの二歳年下で、同じ大学の後輩なの! あ、この前、一緒にお花見に行った時の写真あるよ! 見る?」


「おー! みたーい!」


 これだけモテ散らかしてきた飛鳥が、好きになった人。だからこそ、その相手も気になった。


 だが、その後、華が自分のスマホを手渡せば、その中にいた女性を見て、葉月は目を見開いた。


(あれ、思ってたより……)


 写真の中には、穏やかでおっとりした雰囲気のお姉さんがいた。


 可愛らしい人だ。普通よりは、きっと綺麗な方。だけど……


(うーん……思ったより素朴な感じ……飛鳥さんの彼女として、認められるかといわれると……っ)


 ちょっと首を傾げる。もちろん、自分の話ではなく、ではの話だ。


 飛鳥は、小学生の頃から絶大な人気を誇るトップクラスの美男子。


 そして、それだけの人気を誇ってきたからこそ、トップクラスの女子でなくては、きっと世間は納得しない。


(うーん、大丈夫かなー……あ、でもこの人、にも似てるかも?)


 だが、それと同時に、そんなことも思った。


 神木家のリビングと華の部屋には、亡くなる前に撮った『神木 ゆり』の写真があった。


 その写真は、葉月も何度も見てきた、双子の母親の写真。


 だが、その写真の中の若い"ゆり"と、この"あかりさん"は、どことなく雰囲気が似ている気がした。


(へー……男の人って、なんだかんだ母親と似た人を好きになるとは言うけど、まさか飛鳥さんもとはね)


 あごに手を当て、その画像をじっくりと見つめる。


 やはり、神レベルの美男子とはいえ、所詮は人の子。母親の面影を、無意識に追いかけてしまうのかもしれない。


 それに、その画像の中のあかりさんは、とても優しそうに笑っていて、華とも仲がいいのが伺えた。


 見れば見るほど、写真越しに人の良さが伝わってくる。きっと、このあかりさんは、素敵な人だ。


 それは、なんとなくだが、葉月にも理解でした。


 なにより、この人は、あの飛鳥さんが、好きになった人で、こんなにもお兄ちゃんを大切にしてきた華が、飛鳥さんの彼女になってほしいと、認めた人でもあるから……


(あかりさんが、世間の反応とか、気にしない人ならいいけど……)


 二人が付き合ったあとのことに、多少なりと不安を抱きつつも、葉月は、話題を戻す。


「飛鳥さんて、意外と癒し系が好きだったんですね!」


「え?」


 すると、その言葉に、今度は飛鳥が首を傾げた。


「癒し系?」


「だって、どう見てもそうでしょー。めちゃくちゃフワフワした感じの人だし、優しく包み込んでくれそう! 胸も大きいし!」


「え!? 飛鳥兄ぃ、胸が大きい人が好きだっだの? 知らなかった!」


「なんで、そんな話になるんだよ」


 すると、いきなり胸の話に切り替わり、飛鳥は、ハンバーガーにかぶりつきながら呆れ果てた。


 妹とその友人から、好きな人の話でいじられるとは、なんとも居心地が悪い。


 だが、その話は、その後も尽きることなく


「ていうか、葉月、聞いてよー! 飛鳥兄ぃ、あかりさんから、一切、男として見てもらえてないんだよ!」


「え!? なにそれ! こんなイケメンな飛鳥さんを、男として意識しないとかありえる!?」


「それが、ありえるんだよー!! 見た目が女の子すぎるせいで、女友達だと思われてるの! それなのに、今度は女装だよ! ますます、男としてみてもらえなくなる!! ねぇ、女装しながら、男として意識させる方法って、なにかないかなー!」


「………………」


 何を言ってるんだ、この妹は?


 酷く嘆き悲しみ葉月に助けを求めた華の横で、飛鳥は、もくもくと食事をしながら、つっこんだ。


 女装しながら意識させる方法。そんなものあるわけが


「あ! あるある、一つだけ!」

「え?」


 だが、そこに葉月が閃いた。


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