第383話 名画とウェディングドレス


「あ! あるある、一つだけ!」

「え?」


 だが、その後、葉月が閃いた。


 あまりの無理難題に、あっさり解決策を導き出した葉月に、飛鳥も驚く。

 

 本当に、女装しつつ意識させる方法があるのだろうか? もし、あるならば、試してみたい。

 だが、そんな飛鳥に葉月は


「飛鳥さん『ヴィーナスの誕生』とか、どうですか!」


「え?」


 ヴィーナス……そう言われ、飛鳥は一人思考する。


 皆さんも、一度は目にしたことがあるだろう。

 『ヴィーナスの誕生』 とは、ルネッサンス期のイタリアの画家サンドロ・ボッティチェッリが手懸けた作品で、女神ヴィーナス(アフロディーテー)が、成熟した大人の女性として、海より誕生した姿を描いている世界的にも有名な名画である。


 そして、飛鳥は、一万年に一人と言われるほどの美男子!まさに、神々の中でも最も美しいと言わる女神といわれるヴィーナスは、うってつけの神様だろう!


 だが、その名画の中で佇むヴィーナスは、誕生しただけあり、服と言われるものを一切身につけていなかった。

 

 そう、つまり……


「俺に、になれってこと?」


 笑顔も忘れ、真顔で返せば、葉月はその後、テヘッと可愛らしく笑ってこたえた。


「だってー、さすがに全裸になれば、男だって意識するかな〜って」


「ああ、なるほど!!」


「なるほどじゃないよ! お前、なに感心してんの!?」


 その後、ハッと目を輝かせた華に、飛鳥は素早く突っ込んだ。相変わらず、この女子高生たちのノリにはついていけない!


「あのさ。全裸って、もう女装じゃないよね?」


「でも、あかりさんを意識させるには、有効な手段だし、なにより、飛鳥さんの裸体だったら芸術としての価値あり! いつか、絵画になってもおかしくないとおもう!」


「絵画にはならないよ。てか、芸術どうこうの前に、女の子の前で全裸になったら、通報されるよね。俺の人生終わるよね?」


「飛鳥兄ぃ、大丈夫だよ! あの優しいあかりさんが、飛鳥兄ぃを通報するはずないもん! せいぜい、ゴミでも見るような目で見られるくらいだよ!」


「いや、待って! ゴミレベルまで落ちたら、俺の起死回生もう見込めないよね!?」


 またもや、トンチンカンなことを言い出した華に、飛鳥は盛大に吹き出した。


 ただでさえ『女友達』という立場なのに、そこから『変態ゴミ』にまで落ちたら、通報はされずとも、あかりには嫌われてしまいそうだ!


「大体、そんな方法で、意識してもらっても俺は嬉しくないよ。それより、そろそろ出るよ。モタモタしてると帰り遅くなるし」


 その後、飛鳥は、残っていたポテトを全て食べ切ると、店をでる準備をはじめた。

 だが、華は少し不満そうに


「えー、じゃぁ、ヴィーナスやらないの?」


「やらないよ」


「もう! あ、じゃぁ、ハンバーガーショップの制服は、保留ね!」


「え!? 保留!?」


「そう! いい! 今から、ショッピングモールに着くまでに、飛鳥兄ぃに似合いそうな服を、いくつかピックアップしておくの! そして、最終的に一番似合いそうな服を選ぶ!」


「…………」


 ぐっと拳を握り力説する華に、飛鳥は苦笑いを浮かべた。


(まだ、これが続くのか……)


 だが、女装服選びは、まだ始まったばかり! 飛鳥は、軽く後悔しつつも、女性客たちが、うっとりと飛鳥に見惚れている中、静かに店をさったのだった。



 *


 *


 *



 そして、その後、ハンバーガーショップを後にした飛鳥たちは、ショッピングモールに向かって、アーケード街を歩いていた。


 バスで行くのも考えたが、バスを待つのも、歩いていくのも、そう変わらなかったため、歩きながら服を探しつつ、向かうことになった。


 そして、アーケードの中には、様々な店が立ち並んでいた。だが、ここは隣町。たまにしか訪れない地域だからか、前に来た時とは、また店も様変わりしていた。


 だが、そんな背景をみつめつつ進むのだが、当然のごとく、飛鳥は目立っていた。


 歩く度に、髪がなびく度に、飛鳥に見惚れて、誰もが振り返る。


 だが、そんな最中、華が不意に立ち止まった。


「わぁ、綺麗ー」


 その声に、飛鳥と葉月が同時に目を向ければ、華の視線の先には、純白のウェディングドレスがあった。


 きっと、結婚式のドレスなどを扱う、貸衣装屋さんだ。ショーウィンドウに飾られたウェディングドレスは、とても美しく、煌びやかだった。


 あまり肌を晒さない、Aラインのドレス。

 それには、細かい刺繍が施されていて、その細かな装飾の全てが、花嫁特有の清楚な雰囲気を醸し出す。


「へー、ウェディングドレスか……華も憧れたりするの?」


「うん、そりゃ憧れるよー。いいなー、私も、いつか着てみたい!」


「………」


 華が、満面の笑みで言えば、飛鳥は複雑な心境を抱いた。


 そりゃ、いつかは訪れるだろう。

 華が、ウェディングドレスを着て嫁ぐ日だって……


 とはいえ、まだ心の準備は出来ていない。


「ねぇ、飛鳥兄ぃ! ウェディングドレスにしない!」


「は?」


 すると、華が飛鳥の腕に擦り寄りつつそう言った。どうやら、次の女装服の候補として、ウェディングドレスを提案しているらしい。


「ウェディングドレスを? 着るの? 俺が?」


「あー、確かに金髪碧眼だし! 飛鳥さんなら、絶対、似合うね!」


 すると、葉月が華に同調するように、そういって、華は「でしょ〜」と誇らしげに笑ったあと


「そしてね、私、いいとこ閃いちゃったの!」


 だが、その後、閃いたなどといい、ワクワクと胸を躍らせる華をみて、飛鳥は軽く警戒する。


「何を閃いたの?」


「もう、そんな疑いの目でみないでよー。あのね、飛鳥兄ぃ! 飛鳥兄ぃが、このウェディングドレスを着たあと、ってどう!?」


「え?」


 ──あかりに?


 その言葉に、飛鳥は、改めてウェディングドレスを見つめた。すると、その瞬間


『飛鳥さん、似合いますか?』


 なんて言って、ウェディングドレスを着て、頬を赤らめる、あかりの姿が過ぎった。


 そして、その妄想に、思いのほか胸が高鳴る。


(どうしよう……めちゃくちゃ、似合うかも……っ)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る