第329話 あかりと神木家

「こんにちは、神木さん」

「え?」


 突然、現れたあかりに、飛鳥は瞠目する。

 だが、あかりの隣にエレナがいるのを見て、すぐさま察したらしい。飛鳥は、再びあかりをみつめると


「もしかして、送ってきてくれたの?」

「はい。もう、暗くなってきたので」


 時刻は、夕方5時前。

 真冬のこの季節、世間はもう薄暗い。


 飛鳥は、エレナを心配し、ここまで送り届けてくれたのだと理解すると、今度はエレナを見つめた。


「エレナ、あかりの家にいってたんだ。友達の家っていってたから、てっきり同級生かと……」


 さっき「迎えに行こうか」と連絡した飛鳥。だが、まさか、それがあかりの家だったとは。すると、エレナは少しだけ頬を赤らめながら、手にした袋を差し出してきた。


「あの……実は、これを作っていて」

「?」


 さしだされたのは、可愛いピンクの紙袋だった。

 そして、それを受け取れば、中にはケーキの箱が入っていた。


「え、ケーキ作ってきたの!?」


「う、うん。私、飛鳥さんたちにすごくお世話になったから、なにかお礼をしたいと思って、あかりお姉ちゃんに作り方を教わって、自分でつくったの」


「自分で!?」


 なんて、いじらしい! お世話になったお礼に、わざわざケーキを作ってきてくれるなんて!


「エレナちゃん、お菓子作りすごく上手でしたよ。初めてとは思えないくらい、手際もよくて」


 すると、今度は、あかりがそう言って、飛鳥は、思いのほか感動してしまった。


「そっか、ありがとうエレナ。ケーキ作れるなんて凄いな。早速、みんなで食べようか。あかりも、どうぞ」


「え?」


 瞬間、飛鳥がエレナの頭を撫でながら、そういえば、あかりは驚き、目を瞬かせた。


「え、いえ、私はただ、エレナちゃんを送り届けに来ただけで……っ」


「そういうなよ。せっかくエレナが作ってくれたんだし」


「そうだよ、お姉ちゃん! 私、お姉ちゃんにも食べて欲しい!」


「……っ」


 金髪の兄妹から、食べていけと説得され、あかりは困り果てる。だが、エレナのこの目を見れば、流石にNOとは言えず……


「あ、じゃぁ……お邪魔しても?」


「いいよ。どうぞ、あがって」


 伺うあかりを見て、飛鳥がにっこり笑って答えれば、エレナは、その横で、嬉しそうに笑った。


 

 ◇


 ◇


 ◇



「あー、あかりさんだ!」


 そして、その後、三人がリビングに行けば、あかりが来たのが見えて、華がパタパタと駆け寄ってきた。


 なんだかんだと華は、あれからよくあかりとスーパーで会うらしく、こちらは、こちらで酷くあかりに懐いていた。


「あかりさん。どうしたんですか!?」


「俺が誘ったんだよ。エレナが、あかりの家でケーキ作って来てくれたから、みんなで食べようと思って」


「え!? ケーキ!?」


 飛鳥の言葉に、華がケーキの袋を受け取り、驚きの声をあげる。


「ウソ、エレナちゃん。一体なんのケーキを!?」


「えと、ガトーショコラだよ」


「ガトーショコラって……凄いよ、エレナちゃん! 小四でガトーショコラ作るなんて、天才なの!?」


「え!? ち、違うよ! あかりお姉ちゃんの教え方がよかったからだよ!」


「そんなことないよ! 私、飛鳥兄ぃに教わっても全然上手く出来なかったもん! それとも、飛鳥兄ぃの教え方が悪いのかな!」


「は? なんだって?」


 華の発言に、にこやかな飛鳥が、鋭くつっこむ。まさか、自分の教え方のせいにされるなんて!?


「なんで、俺のせいになるんだよ」


「ていうか、片や小4でガトーショコラ作る妹と、片や高1で、兄にクッキー作らせる妹……同じ妹とは思えないよね」


「蓮、そこ比べてやるな」


 そして、その横で、蓮がぽつりと呟けば、飛鳥が苦笑いをうかべた。


 まさに、さっきまで兄にクッキーを作らせていた華とは雲泥の差だ。だが、ここは比べるべきではない!


 なぜなら、華だって、昔にくらべたら大分、料理が上手になってきたから!


「あれ、あかりちゃんだ?」


 すると、そのタイミングで、今度は、父の侑斗ゆうと欠伸あくびをしながら、リビングにやってきた。


 昨夜から朝にかけて、仕事をしていた侑斗は、昼過ぎから蓮の部屋で仮眠をとっていた。


「こんにちは、お邪魔してます」


 侑斗がリビングに入るなり、あかりが丁寧にお辞儀をする。すると、それを見て侑斗は


「いらっしゃい。正月ぶりだねー」


「はい」


「お父さん! 今日、エレナちゃんが、私たちのためにガトーショコラ作ってきてくれたの! みんなで一緒に食べよう!」


「なんだと、ガトーショコラ!? 凄いな、エレナちゃん!」


「えへへ……ありがとう」


 侑斗が褒めれば、エレナは更に頬を緩ませ、幸せそうな顔をした。


「あ、そうだ。あかりちゃんは、今日は、用事とかあったりするの?」


 すると、侑斗は、またあかりに語りかけ


「いえ、特には」


「そうか。なら、今日は、うちで夕飯を食べていきなさい」


「え?」


「あ、それいいね! じゃぁ、ケーキは食後のデザートにする?」


「え、ちょっと待って華ちゃん! いくらなんでもそこまでは……っ」


「えー、いいじゃないですか~。みんなで食べた方が賑やかでいいし!」


「でも……」


 詰め寄る華に、あかりが申し訳なさそうに、飛鳥を見つめた。本当に、エレナを送り届けるだけのつもりだったのかもしれない。だが、みんなの意見には飛鳥も賛成で


「用事がないなら、食べていけば」


「そうですか……あの、じゃぁ、よろしくお願いします。あと、なにかお手伝いできることがあれば、言ってください!」


「そんなの気にしなくていいよ。あかりちゃんは、お客様なんだし、飛鳥と話でもしてて」


「そうですよ! 二人でゆっくりしてて下さいね!」


 すると、あかりは華に背中を押され、飛鳥の前にたたされた。再び目が合えば、なんだか少しだけ気恥ずかしくなってくる。


(あかりがうちにいるって、なんだか、変な感じだな……)


 前にあかりが家に来た時は、まるで隠すように部屋の中に押し込んだ。だけど、今こうして、家族にうけいれられているあかりをみたら、素直に嬉しくなった。だが、あかりは


「あの、神木さんと話すことなんて……」


「ん? なにそれ。俺とは話したくないってこと?」


「そ、そんなことはないですが! 改めて話と言われると」


「まぁ、無理に話さなくてもいいし、ゆっくりしてればいいよ。帰りも、俺が送っていくし」


「え? それは、さすがに」


「でも、夕飯食べて、ケーキまで食べたら、帰り遅くなるだろ?」


「そうですけど、大丈夫です!一人で帰れます!」


「そこは素直に『ありがとう』でいいんじゃないの?」


「っ……でも、そこまでしてもらうのは」


「いいよ。むしろ送らせて。女の子が一人で夜道を歩くものじゃないし」


 そう言って、また飛鳥が笑えば、あかりはしばらく考えたあと


「わかりました……では、お言葉に甘えて……っ」


 


 明日は──バレンタイン。

 これは、そんなバレンタイン前日の夜のお話です。



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