第330話 団欒と期待

 その後、あかりも交えて夕飯を終えた神木家では、華がガトーショコラを切り分ける準備をしていた。


「何等分にしようかな?」

「何等分て、今いるのは、6人だけど」


 蓮が答えると、華は少し考えたあと、今度は父の侑斗に話しかける。


「ねぇ、お父さん、明日ミサさんのところに行くんだよね?」


「ん? あー行くよ」


「じゃぁ、エレナちゃんのガトーショコラ持って行ってあげてよ!」


「ミサにか? そうだなー。エレナちゃんが初めて作ったケーキだし、喜ぶだろうしなぁ」


「だよね~、よし、そうと決まれば、うちのお母さんの分と合わせて、8等分だね!」


 うちのお母さん──そう言って華は、ゆっくりと形を崩さないようガトーショコラに入刀していく。


 そして、そんな華の話を聞いて、あかりは、ふとリビングにある『ゆり』の写真に目を向けた。


 チェストの上には、卓上タイプの仏壇があった。


 品のあるオシャレなもので、このモダンな雰囲気のリビングでも、違和感なく置かれていて、写真の隣には花も生けてあった。


 きっと、この家族は、亡くなった母親の分も、こうして切り分けて、いつもお供えしているのだろう。


 家族の一人として、決して、忘れることがないように……


(ゆりさんって、とても若くで亡くなってるのね)


 写真の中の"ゆりさん"は、とても若い人だった。華とどことなく似ていて、だけど華よりも、落ち着いた雰囲気の人。


 そして、彼女が、幼い時の神木さんを助けてくれた──とてもとても、大切な人。



「あか……さんも、……いいですか?」


「え?」


 瞬間、賑やかなその空間のなかで、突然、蓮が話しかけてきた。


 一瞬、あっけに取られて、あかりは硬直する。


 よく、聞こえなかった。

 いいですか?とは、なんの話しだろう。


 聞き返す?


 いや、でも夕飯の時も、何度か聞き返したし、また、聞いて嫌な顔をされてしまったら?


「う……うん。いいよ」


 直後、あかりは、何か分からないまま了承する。悟られないように明るく笑って。


 だが、変な返答になっていないか、こころの中は、微かに動揺していた。


「華、あかりさんも、だって」

「了解!」


 すると、あかりの返答を聞いて、蓮が華に話しかけながら移動し始めた。


 どうやら、先程の話は「コーヒーでいいですか?」ということだったらしい。


(そうか、飲み物の……よかった…)


 安心したように、あかりは、胸を撫で下ろす。だが、その姿を、飛鳥が少し心配そうに見つめていた。



 ◇


 ◇


 ◇



「あかりお姉ちゃん! 今日は、ありがとう!」


 その後、みんなでガトーショコラを食べ終えた頃には、夜の9時になっていた。


 コートを着て帰る準備をすませたあかりに、エレナが抱きつきけば、あかりは、にこやかに挨拶をする。


「私の方こそありがとう。エレナちゃんのガトーショコラ、すごく美味しかったよ」


「えへへ! あかりお姉ちゃんのおかげだよ! 帰りは気をつけてね! あ、でも飛鳥さんがいるし、大丈夫かな?」


 そして、エレナの話題に上がった飛鳥は、まさに今、出かける準備をしていた。


 コートを羽織り、財布や携帯など必要なものを手にしながら


(そういえば、エレナって、あかりのことは『お姉ちゃん』なのに、俺のことは未だに『飛鳥さん』だよね?)


 俺の方が、ちゃんとした"お兄ちゃん"なのに?


 そんなことを思っていると、今度は、神木家の面々か代わる代わる話しかけてきた。


「飛鳥兄ぃ! ちゃんとあかりさん送り届けてきてね!」


「あと、女の子に間違えられないように、フード被っていったほうがいいよ」


「間違えられても、返り討ちにできるから大丈夫だよ」


 何の心配をしているのか、蓮の言葉に飛鳥が、率直に返すと、最後に侑斗が


「そうだ飛鳥、一応言っとくけど、送り狼にはなるなよ?」


「ホント、なんの心配してるの!」


 飛鳥の肩を叩きながら、余計な忠告をしてきた侑斗。


 狼に襲われないように送って行くのに、俺が狼になってどうする!?


「全く、ふざけてないで、片付けしといてね。あかり行くよ!」


「あ、はい! 皆さん、今日はお招きいただきありがとうございました!」


 飛鳥が玄関に向かうと、あかりはぺこりと頭を下げたあと、飛鳥の後に続いた。


 その後、二人が、玄関から出ていったのを見送った四人は


「あー! なんかドキドキしてきた!」


「ホント、なんだろう。この未だかつてない緊張感」


「まぁ、あの飛鳥に、好きな子が出来たわけだしなー」


「飛鳥さんたち、上手くいくかな?」


 なんとか、二人っきりにはできた!


 さりげなく!

 それでいて違和感もなく!


 だが、進展して欲しい気持ちと、万が一進展した時の複雑な感情が入り混じって、こちらの方がドキドキしてきた!


「ねぇ、あかりさん、お兄ちゃんにチョコとか用意してるかな~」


「どうだろうな。まぁ、本命はないだろうけど、義理くらいは」


「あー、それは諦めた方がいいな」


 双子の話に割り込み、侑斗が口を挟む。


「諦めた方がいい!?」


「どういうこと!?」


「実はさっき、あかりちゃんに、さりげなく『飛鳥にチョコあげたりするの?』って聞いたんだよ。そしたら、あかりちゃんなんて言ったと思う?」


 そして、侑斗はあかりと話した時の回想に入る。



 ◇◇◇



 それは、夕飯の準備中。


 すき焼きをするため、子供たちがキッチンに集まり、リビングの方に、あかりと侑斗だけが残った時だった。


 何か話しを……と考えた末。


『あかりちゃんは、飛鳥にチョコあげたりするの?』


 出てきた言葉が、それだったのだが、あかりはその後、ニッコリと笑うと


『いえ、多少考えたりはしたんですけど、神木さん、大学ですごい人気者なので、きっと明日たくさん貰うと思います。だから、私からの義理チョコなんてなだけだろうなって……』


 こんな悲しいことがあるだろうか!


 意中の相手から、自分のチョコが邪魔だと思われているなんて!!



 ◇◇◇


「なんか、お父さん泣けてきちゃったよ。飛鳥昔からモテてたけど、まさか、あの綺麗な顔のせいで、本命からギリでもチョコ貰えないなんて」


「ていうか、私たちの知らない間に、なに聞いてんの!?」


「女子大生にチョコがどうとか聞くなんて、めんどくせーオッサンだって思われたら、どうすんだよ!!」


 泣きそうな侑斗の傍で、双子が顔を青くし叱咤する。


 あかりさんに「この親&妹弟、かなり面倒臭い!」なんて思われたら、兄の恋は、きっと叶わないからだ!


「もう! お兄ちゃんの将来がかかってるんだから、お父さんは余計なことしないでよね!」


「え? なにそれ! ちょっと酷くない!?」


「ねぇ、華さん。将来って、結婚とかってこと?」


 すると、その言葉にエレナが反応する。


 興味ありげに見上げるエレナは、少しだけ頬を赤らめていて、小学生らしい可愛い反応だ。


「あはは……結婚はまだ気が早いかな? でも、好きな人と結婚できたら、きっと幸せだよね?」


「そっか、そうだよね……じゃぁ、私も飛鳥さんの恋が上手くいくように応援する!」


「うん! 今日は、エレナちゃんのおかげで二人っきりに出来たし、あとは、お兄ちゃん次第だね!」


 まさに、今日告白してこい!……とでも言うような華だが、そんな家族の期待を一心に受けているなんて、肝心の飛鳥は、全く気づいていないのであった。

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